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別れ

「体育祭の時覚えてるでしょ。私やりたくなかったのに無理やりやらされたんだよ?」

 洋香は言った。ちょくちょくサボっていたくせに。私は洋香に同じ台詞をそっくりそのまま返した委員長のことをぼんやり思い出していた。

「人の話聞けよ」

 洋香が低い声を出した。私はこの声に抵抗できない。

「わかった。今度は私がやる」

 私は言った。ここには委員長はいない。逃げられない。これはある種のツケなのだ。


 私はやるからにはとことん完璧にこなしてやろうと思い、気が触れたように現地での交通手段や料金、降りる駅の名前を調べまわった。時には担任や親の手を借りて、私はついに完ぺきな計画を作り上げた――ような気がした。しかし洋香のようにサボったりはしなかった。なぜなら、洋香に怒られるからだ。彼女の機嫌を損ねれば、私は精神的に死ぬことになる。

 しかし、この行いがかえって裏目に出てしまった。

 何でもかんでも私が独りで身勝手に指揮を取ってしまったため、他のメンバーが手を貸してくれなくなってしまったのである。メンバーは私、洋香、保健室登校の安川さん、くじ引きで決めた男子三人。

 当日、何を聞いても「わからない」「なんでもいいよ」「班長が決めて」「どっちでもいい」しか言葉を発しないのだ。洋香に至っては、私が駅で迷えば「どの電車に乗るとか知らない。私は班長じゃないし」と言い、切符を買い間違えれば「あんたの指示のせいで切符買い間違えたんだけど。お金返して」などと言い出す始末。班の男子たちはひそひそ何か言っている。おまけに安川さんは欠席だった。

  確かに駅で迷ったのも切符を買い間違えたのも私のリサーチ不足が原因だ。しかし、それならどうして手を貸してくれないのか。少しくらい助けてくれても良いのではないか。そう思ったが、私は例の体育祭問題のとき、洋香に何か手を貸すようなことをしただろうか……?


 考えれば考えるほど、私は気が狂いそうになった。そして、実際に狂った。いや、正確には体調が狂ったと言ったほうが正しいだろう。その日の夜、私は高熱を出してしまい、非常勤講師と一緒にみんなよりも早く自分の家に帰された。

 自分の家に帰ると、どっと涙がこぼれ落ちてきた。私は寝室に敷かれた布団の中で、あれこれ考えた。自分はこれからどうするべきなのか。答えは一時間ほどでまとまった。

 洋香と縁を切ろう。高校に入る前に、今の生活を捨てよう。

 私の行動は早かった。実はこの時、私の頭は本当に少しおかしかったのかもしれない。

 私はみんなのいる教室に行くのをやめた。事情をすべて話すと、母は少しも反対せずに承諾してくれた。

 保健室には安川さんをはじめ、4人ほど生徒がいたため、私はカウンセラー室で勉強することになった。この時期になってくると期末テストの問題も難しいものは少なくなる。高校に進学する生徒に点を取らせるためだ。なのでそこまで血眼になって勉強する必要もなかった。入試対策は新たに通い始めた塾の先生がサポートしてくれた。

 自宅にはしょっちゅう洋香や波留から電話がかかってきたが、私が受話器を取るのは波留からの電話が来たときだけだった。当時、携帯電話を持っていなくて本当に良かったと思う。

 私がどの教室にいるのかわからなかった洋香は、カウンセラー室に来ることはなかった。万が一来てしまったとしても、極限られた人間以外立ち入ることができないので安心だった。そんな環境の中、私は気持ち悪いほど試験勉強に熱中した。勉強なんて好きでもなんでもなかったのに、後ろから洋香の影が忍び寄ってきているのを想像すると、ボケっとしているわけにはいかなかった。




 二月、私は電車で自宅から30分ほどの高校に合格した。合格祝いに父が当時流行り始めていたスマートホンを買ってくれた。

 しかし三月の半ば頃、由奈からメールが届いた。


『久しぶり。元気? 波留にメアド聞いたよ。私は隣町の学校に進学が決まった。洋香は地元の高校だって。まあ、あの人とはもう会ってないけど。そっちも気をつけてね。あの人結構色々と嗅ぎまわってるよ』


 私がメールの最後の文を読み終わった途端、激しく家の電話が鳴った。洋香からだった。

 もしかしたら、突然教室に来なくなった私を本気で心配しているのかもしれない。

 私は受話器を取った。

「もしもし?」

「裏切り者。そんなに私を悪者にしたいわけ?」

 洋香の低い声が聞こえた。私の中にあった淡い期待は一瞬にして消え去った。

「あのね、洋香」

 私は深く深呼吸した。ついに、この時がやって来たと思った。

「ごめんなさい。私たち、昔はあんなに仲が良かったのに。でもいつからか、洋香は私を友達として扱わなくなった。だけど、私は洋香に何も言わなかった。言えば解決したかもしれないのに、何も言わなかった。本当にごめんなさい」

 しばらくの間、沈黙が続いた。私はもう一度深く深呼吸し、かつての親友に言った。

「私たち、もうずいぶん前から友達じゃないの。そしてこれから先も、ずっと」



 

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