民法8025条
「頼む……!待ってくれ!」
泣いて懇願するおっさんの頭を、僕は蹴りつけた。ぼきっと聞き慣れ親しんだ骨の折れる音がする。
おっさんは「ぶひっ」と鳴いて鼻血を噴き出しながら、電柱に激突した。
嗚呼、気持ちいい、清々しい。
衝動のままに暴れて、思うがままに虐げることを快感として感じることを人は狂っていると言うらしい。
食わず嫌いとはこのことだ。食ってはいないけれど。
一度この快楽にはまってしまったら出ることはできない。
……僕らがそうだったように。
「金ならいくらでもやる!」
「え?」
僕がじりっと近づくと、おっさんは財布を取り出してそう言った。
馬鹿か。
僕は金なんかいらない。たしかに生活費は必要だけれど、死ぬ気でバイトでもなんでもすれば間に合う。
ていうかあんたを殺したらがっぽりお金が入ってくるし。そしてあんたが死ねば、あんたの財布なんかどうとでもなるし。
「ねぇ、なんで僕がこんなことしてるか、わかるかな?」
「新手のカツ上げ、じゃないのか……!?」
「おー、凡人は怖いねぇ。カツ上げで犯罪犯す高校生なんかいないよ。いやまぁカツ上げも立派な脅迫罪とかだとは思うんだけどね」
「じゃ、じゃあなんだこんなことを!?」
「決まってんじゃん」
僕は折り畳まれたナイフを取り出して、開いた。
「民法第8095条、3人以上に同一人物の殺害依頼を受けた場合、執行職員はそいつを殺すことができる。なお、当法によって殺人を犯した執行職員を罰することはできない」
「は……?」
嗚呼、またその顔か。
誰に、誰達に自分の殺害を依頼されたのだろうと勘ぐっている顔。どうして不安や恐怖よりもそちらが優先されるのか、理解できない。
でも、考えてもわかることはない。なぜならわかる必要性がない。
「じゃ、そういうことだから。死のっか!」
僕は逆手に持ったナイフを振り下ろそうとすると、頬を銃弾が掠った。
「がっ!」
銃弾は心臓をきっちりと撃ち抜き、見事おっさんを討ち取った。
ちっ。
思わず舌打ちしてしまった。
楽しみを途中で邪魔されて、しかも美味しいとこどりするだなんて、それが喩え実の妹だとしても憎しみの対象になり得てしまう。
こつこつと足音を鳴らして歩いてくる麻弥は、サイレンサー付属の拳銃を右手に握っている。あれでおっさんを撃ち抜いたのだ。
「ねぇ、殺すよ?」
威圧感たっぷにそう言うと、麻弥はにっこり笑った。
「そんなこと言わないでよ、おにいちゃん」
だって、と続ける。
「わたしだって、殺したいんだからしょうがないじゃん。そもそものろまなおにいちゃんが悪いんだよ。さっさと殺らないから……」
「ちっ」
こいつの言っていることは理解に苦しむことはないが、正論を述べられると腹が立つ。
まぁ、良い。
今夜はまだあと一人残っている。それを殺せれば1日1人を守れなかったら起こる禁断症状を回避できる。
「はぁ。もういいや。行くよ」
「あ、そういえばさっきもう一人も殺しちゃったよ?」
「は?」
こいつ、本当に殺してやろうか。