2.3
可愛い生き物を見ると癒されるけれど、心が緩んでしまう。緩みきってしまえば私はもう立ち上がれる気がしない。歩くことを止めた居心地のいい場所で留まって動かなくなってしまいそうだ。
だって私は、弱いから。
普段そういう可愛いものと触れ合うときは遠くからだったり間接的だったりで、心が完全に休まらないようにしているのに。こんな近くに、それも不意にやられたら、当然破壊力は大きいに決まっている。
「わかった。だからその目で見るのはやめてくれ。頼む」
片手を彼女の視線と私の視界の間に持ってきて、遮る。そのまま腕を伸ばして彼女の頭を撫でたい衝動に駆られたが、何とか耐えた。
「ほんと? やったー」
彼女は手帳を振って無邪気に喜ぶ。
このまま彼女と一緒にいたら危ない。
そう判断した私はまだ手をつけていないプリントに手を伸ばし素早く折りたたんだ。プリントを重ねてまとめ、立ち上がる。
「そろそろ私は行くよ」
プリントの端を机で揃えて片手で持ち、椅子を机の下に入れる。
「うん。それじゃあ、また、また明日ね!」
「ああ」
笑顔で手を振る彼女に返事だけで返し、教室から出た。
階段を降りながら、頬に手をあてて表情を確認する。感情が表に出やすいのは顔だ。顔が平静を保てていれば、緩みはないと思って良いはずだ。
少なくとも彼女とは一年間同じ教室で過ごすことになる。
「今から彼女は他の同級生と話すだろうし、私への関心は薄れるだろう」
私へのとっかかりは姓名の漢字が同じという小さなものしかない。趣味や性格といった凹凸は小さくありふれているとっかかりでも多く触れることで関心はそちらへ向かうはずだ。
「それに」
私みたいな駄目な人間は、人と関わっている余裕はないのだ。
心の中でそう付け足した。