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ブレイク  作者: 湯城木肌
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10.浴槽の中で

 一辺三メートルの正方形の天井に、小さな四角形が整然と敷き詰められている。

 湯気のせいで視界が曇っているが、円い照明と四角の換気扇は、見えた。

 帰宅後、食事を済ませた私は、浴槽に浸かって膝を抱き、顔を上げてぼんやりしていた。


 私は今、一人だ。


 小さな風呂場なのだから当然といえば当然である。

 だが、いつもと違う感覚だった。

 文学部の過去作品で見た中の、「壁」を思い返す。


 私の前に壁はなく、代わりに、私は冷たい沼の中にいた。

 沼の中で私はもがいた。だが、やっとのことで沼から外に顔を出せたと思ったら、そこは暗闇がずっと続いていた。

 暗闇の中、私は自分が立って踏みしめることの出来る大地を探していた。暗闇に目も慣れ始め、辺りが見えるようになってきた。

 彼女と出会ったのはそんな時だった。


 暗闇に目が慣れ始めてきていた私は、彼女の存在など気にせず、ただ闇雲に大地を探した。彼女は私に近づきはするけれど邪魔にはならなかったから、気にしないでいいと思っていた。

 けれど、彼女が離れた今なら気づく。

 

 彼女は私の太陽だったのだ。

 彼女の明るい光は私の周りを照らし、温もりを与え、手助けをしてくれていた。

 そのことに少しは気づいていたのだとは思う。

 けれど彼女はみんなの太陽で、あらゆるところを照らし、皆に暖かさを与えているとしか、考えていなかった。私は望む望まざる関係なくその恩恵を受けているに過ぎず、なくても私がやることには支障はないのだと考えていた。

 けれど実際に無くなると、気づいてしまう。彼女から発せられたエネルギーを糧に私は動けていたのだと、そうでなくては私は既に凍え死んでいたのだと。

 

 私は、どうしようもなく彼女を、太陽を望んでしまっている。

 例え近づきすぎて焼かれても、私の信念を曲げることになったとしても。

 そして、彼女と離れて、別のことにも気づく。

 彼女は明るく人気者で、誰とでも仲良くなって、いつも周りには人がいる。 彼女の笑顔が途絶えることは無い。

 いつも一緒にいたはずの私がいなくなっても、変わらずに。


 そう、太陽は私に向けて光を放ってなんていなかったのだ。

 太陽は温かく明るいのではなく、本当は熱く眩しい。

 全てを照らしていただけであって、強力すぎたために遠く暗闇にいた私には温かく明るく感じていただけだったのだ。

 今考えてみれば、簡単に辿り着く結論だった。

 どうやら太陽の熱のせいで頭がやられていたようだ。

 瞼を閉じる。

 

 それは、違う。ただの妄想だ。本当は、分かっている。

 彼女がそんな人ではない、ということは。

 だが、私が、自分を正しいと信じて疑わない私が、それを否定する。私の弱い心の芯を守ろうと、私を肯定しようとする。

 言い訳をしてしまう。

 自分は正しいと。周りが正しくないのだと。

 言い訳をしないように、と考えるとその言い訳がまた頭に浮かぶ。

 

 でも。でも。でも。でも。でも。

 こんな自分が嫌だ。

 仲直り、なんてどのようにすればいいのだろう。

 謝って、彼女は許してくれるだろうか。

 

 今更こんなことを考えるなど、今朝の段階では本当は何も考えていなかったのではないかと、思う。ただただ、逃げているのだ。

 逃げだと分かっているのに、思考は止まってくれない。逃げる脚は回転を上げていく。

 

 そもそも友達づくりなんてしたことがない私が、仲直りの方法など知っているはずもない。

 彼女は友達が多い。そのような経験をしたことが何回かあるはずだ。

 

 そうだ。何も私が謝る必要はない。

 彼女が謝れば私は当然許す。だから、彼女が謝ればいい。


「……………………はぁ」


 何故、このような思考回路をしてしまうのか。

 ほとほと自分が嫌になる。

 だからといって、自分から謝ることは出来ない。


「――――――――」


 そっと、彼女の名前を呼ぶ。

 あだ名ですら呼んだことのない彼女の名前を、今初めて呼びかけた。

 反響し、彼女の名前を呼ぶ声が、私に戻ってくる。


 体が震える。

 目頭が熱くなる。

 ここで気持ちをぶちまけたい。

 

 だが、私を支えてきた何かが折れてしまう、そんな気がした。

 もしかしたら折ってしまったほうがいいかもしれない。

 そうも考えたが、私を守ろうとする私が制止させた。

 

 私はどうしようもなく、ダメだ。


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