2.1
「すごい偶然でしょ。ほら、嘘じゃないよ」
彼女はスカートのポケットから可愛らしい手帳を取り出し、そこに記されている彼女のプロフィールの欄を机の上で広げる。そこの氏名欄に私と同一の姓名の漢字を発見した。
「そうだな。驚いたよ」
「は、反応それで終わり? 全然驚いているように見えないよー。もうちょっと驚くかと思ったのに」
「そうかな。これでも驚いているよ。ついでに言えば君が当然のようにその手帳を取り出したことにも驚いている。プロフィール手帳だったか、確か」
彼女の開いたままの手帳を人差し指で軽く叩いた。小学生の頃女の子の間で流行っていたのを思い出す。
「うん。知り合った人の名前をどんどん書いていこうと思って。で、あなたが一番最初です。どうぞ」
その手帳に収納されていたボールペンを取り出し、私に手渡される。ここに書いて、と彼女の横のページに書くよう促された。
あくまで彼女にとって私は同姓同名というだけの存在だ。名前さえ書けば後はすぐにどこかに行くだろう。私には他人に興味を持たれるほどの価値は無い。
「あ、名前の下に住所もついでに。血液型とか好きな食べ物とかも書いてくれちゃっていいよ」
「いきなり住所もか」
「嫌なら別にいいから」
慌てたように付け足される。舌を出して無邪気な様子が伝わってくるが、何か怯えのようなものがちらりと見えた気がした。ただ私は他人の感情を読み取るのは得意ではないので勘違いかもしれないが、そうだったとしてもわざわざ追及する程興味は持てない。
「構わないよ」
特に嫌というわけでもないので、自分の住んでいるマンションの住所を書く。ついでにB型、羊羹と指定欄に書き加える。
書いたページにペンを挟み、「はい」と彼女に返した。
「ありがとう」
彼女は明るく笑い、そのまま別の人のところへ行くと思ったが、席から立とうとはしなかった。私が書いたページを開き、ペンを手帳の収納スペースにしまっても動こうとはしない。プロフィール欄を埋めに回るような行動に走るかと思っていた。
「他の人の元へ行かないのか」
純粋な興味で訊ねてみる。
「うん。まだひろっぴとの話は終わってないしね」