9.6
『目の前に壁があった
行く先を遮る壁があった
私はいつも道なき道を歩いている
だから誰も見たことの無い壁によく出遭う
現れる壁は毎回違った
柔らかい壁
見えない壁
動く壁
熱い壁
反射する壁
壁への接し方はいくつもある
乗り越えたり
遠回りしたり
押したり
倒したり
今の私の目の前にある壁はそう簡単にはいかない
この壁はとても高く、広く、際限が無い
まさに壁だった
私に残された方法はただ一つ
壊すこと
道具は無い
あるのは培ってきた自身の体のみ
握った拳で壁を壊す
例え拳が砕けようとも
壁に穴が開くまで
壁を壊して前に進むまで
この先同じ壁が何度現れようとも
私は何度だって挑んでやる
壁は障害ではない
私が前進している証拠であり
私の味方だ』
「これは」
自由詩という部類であったはずだと記憶を探る。壁が何を指しているのかは分からなかったが、熱い想いで書いているのだろうとは思った。書き手の熱がそのまま読み手に伝わるかどうかは別として。
「それねえ」
部長はにっこりと笑って私に語りかけた。
「当時では有名だったらしい先輩の作品なの。その先輩は凄くてね、みんな一つの大会や文芸誌で出す作品は一、二作品なのに、違うテイストの作品を毎回十以上出していたらしいの。その誌発行時は確か、三十作品程書いていたの」
ページをめくり眺めると、確かにこの文芸誌だけで五作品が異なる文体や調子で掲載されていた。注意しなければ同一作者のものだとは思いもしないだろう。
「きっと感情豊かで独創性があって、自己がある人なのよ。妹の、ああ月曜の部活にいたあの元気な副部長さんがこの人の妹さんなんだけど、彼女から話を聞いてみても面白いから、今度聞いてみてね。作品と作者を結びつけるのは悪い時の方が多いのだけど、この人の作品は人となりを知れば知るほど楽しくなるの」
部長はゆっくりではあるけれど染み入る優しい声で語り、笑った。
部長はタケさんのことが、あるいは作品が好きなのか延々と語り続け、その日の部活は終わった。
私は考えた。
「タケさん」のとっかかりで彼女と話を出来るようにはならないか、と。
私は思った。
きっと今の私は、何を考えても全て彼女にたどり着いてしまうだろう、と。




