7.3
それから彼女とは全く会話をしなかった。
彼女は時折私に視線を送るが、私は可能な限り反応を返さなかった。
彼女との関係は終了したのだ。
終わらせた関係を再度始める必要はない。
ただ前に進めばいいだけである。
そうしてあっという間に放課後に時間が進んだ。
一人で過ごす時間は簡素で、自分が必要なものだけで周りの時間が流れる。
きっと彼女といたときより、前に進めているからだろう。
「ひろっち、いる?」
クラスメートの雑談で騒がしい中、教室の入り口から通る声が飛んで来る。彼の声だった。
「あ」
彼女は私を一瞥し、彼に視線を移す。
彼女が何をしようと、彼が何をしようと、今の私には関係が無い。視線を下ろしたまま、帰り支度を始める。今日は文学部が無いので学校に留まっている理由が無いのだ。
彼は彼女を発見したからか、教室に足を踏み入れて、彼女に近づいてくる。
「昨日のこと、伝えてくれたか?」
彼は単刀直入に訊ねる。
「ああ、うん。伝えたら、すぐとも役者として動いて欲しいって。脚本修正して登場させるから一日時間欲しいとも」
「噂に違わぬ行動力というのか決断力というのか、驚愕するな。俺自身はまだ会ってすらいないのに」
彼女は困った笑みで答えた。
「まあタケさんは自分の直感を信じて動く人だからね」
「よくわかった。本当は映像の編集とか裏方のほう経験したいんだが、ぺーぺーに役者をさせてくれるだけでもありがたい」
力強い笑みで彼は返す。彼の中のエネルギーがいつでも活動できるように滾っているように見えた。
「柔軟だね、君も。えと、言い忘れてたんだけど、大人の人多くて主にその人たちの予定に合わせるから、平日の夕方とか急に活動するとかあるけど、大丈夫、だよね?」
「ああ。問題ないぜ」
それから二人は連絡先を交換して、彼は去った。
「えっと」
彼女が顔を彼に向けていた方向から動かさず、視線だけを私に寄越した。
そこでようやく私は、自分がいつの間にか手を止めて二人の会話の様子をただただ眺めていたことに気づく。視線を再び下ろすとすぐに済むはずの帰り支度は半分しか進んでいなかった。
手だけを素早く動かして勉強道具一式を鞄にしまい、鞄がしっかり閉まっていることを確認して、席を立つ。
また明日、が交わされることはなかった。




