7.1
「あれ? 話それてる? まあとにかく先輩凄いよね。パワフルウーマンだよ」
「……そうか」
ほっとした。
彼女が今の話を止めてくれて助かった。少しずつだが平常心を取り戻していく。
苦しんでいる自分、そしてそれを冷静に分析する自分がいる。変な気分だ。
原因は分かっている。
彼女の言葉だ。
それが過去の記憶を呼び覚ます。
努力とは認められる必要がある。認められなければ意味をなさない。
頑張った。努力した。腐心した。尽力した。奮闘した。
いくらそう主張したところで結果を残さなければ簡単に切り捨てられた。
私の中の皆が、口を揃えて、見下ろす。
「本当に努力したの?」と。
だからもっと。
励んだ。心血を注いだ。専心した。格闘した。練磨した。
そうしてやっと結果を残して、努力は報われる。
努力とはそういうものであらねばならない。
これが私の経験から得た真実なのだ。
自己満足、という言葉はそれをあざ笑うものだった。
真実を否定した。そのことはつまり私の過去を否定したということ。私は人生を無駄に過ごしたことになり、それは私の存在への否定へと繋がる。
「大丈夫? 顔色悪いよ」
彼女は顔を近付け、心配そうにこちらを眺めてきた。
「大丈夫だ。少し目眩がしただけだ。気にしないでくれ」
それならいいんだけど、と彼女は胸を撫で下ろす。
「あ、今の話で思い出したんだけど」
「な、何をだ?」
驚いたために声が上ずった。
「タケさんが言ってたんだよ」
そこで一旦、言葉を切る。頭を傾け、目を髪の毛で隠す。いつもの彼女より低い声で口を開く。
「『私は自分のやりたいようにやる。そのために自分で立ち上げたんだから。人になんと言われようと、私はやると言ったらやるの』」
彼女はより入り込んだ様子で、続ける。
「『他人はとやかく言うわけよ。ワタシは認めないだとか、そんなの労力にあわないだとか。私は私の世界のルールで生きてる。他人のルールで測られても、私の世界が満たされてなきゃ、ダメなのよ』」
その言葉が全身を蝕み、先程の感覚が復活とばかりに勢いよく私を包み込む。
ふぅ、と息を吐いて彼女はいつもの通りの明るい彼女に戻る。
「ね、これ面白いと思わない?」
机上の空論、と切り捨てることが出来るほどそれは弱くない。理想論に近いけれど、タケさんはそれを実践し、結果も残している。否定は出来ない。
「面白く、ない……!」
何とか言葉を吐き出す。
私の中にはそれを認める証拠がずらずらと並んでいる。「認める」という選択肢がひとつだけ私の前に置かれている。
だが、選ばない。
選んだら最後、私は自分の過去を否定することになる。
例えオセロ盤上が限りなく黒を示していても、私は白が勝っていると主張しなければならない。主審が判決を下すまで、抵抗しなければならない。
あの努力は何だったのか。誰に責任を問えばいいのか。
いくら問うても返事は帰ってこない。泥沼の中へ吸い込まれるだけだ。
「それは、認められないんだ」
自分が何を言っているのかは分かっている。だが、否定しつづけなければならない。
「え、あ、ちょ、ちょっと、大丈夫? 何かおかしいよ。いつものゆうっちじゃない」
いつも癒される彼女の声がやけに耳にひっかかる。耳をひっかいて、離れない。
おかしい。おかしいとは私の人生のことかを言っているのか。笑ってしまえるほど滑稽だとでも言うのか。
「私は正しいんだ!」
「え……」
「笑いたければ笑えばいいさ。私はさぞ滑稽に見えるんだろう?」
言葉が止まない。私の中から言葉があふれ出してくる。
「ど、どうしちゃったの……? ゆうっちらしくないよ」
「君に、君に私の何が分かるというんだ!」
「だって、わたしたちは親友でしょ!」
シンユウ。
一瞬間を置いて、親友と変換する。
私と彼女は親友なのか。そもそも、友達なのか。
「ハ。君にとって私はたくさんいるクラスメートの一人なんじゃないのか」
「そ、そんなこと」
慌てる彼女に心が痛むが、私の口は動きを止めなかった。頭で整理する前に口が勝手に動いて、言葉を発する。
「だっておかしいじゃないか! 君は明るくて人気者、協調性もあって前向きだ。それに比べて私は暗くて厄介者、独りよがりで後ろ向き。そんな君が私と仲良くしたいと思うはずがない。同情、そうか、同情で私と仲良くしていたんだろう」
「ちが、そんなんじゃ」
「そうか。なら言ってみてくれ。どういう理由で、だ?」
「そ、それは」
目を伏せ、彼女は私から視線を外す。
「ほら、口籠ってしまうじゃないか! 否定できない。そうなんだな」
「だから、それは……」
彼女は言い淀み、行き場の無い手をおろおろさせる。
「もう、終わりにしよう」
椅子を下げて、席から立つ。
「君との関係は、今日をもって終了だ」




