6.文学部
「中学生のときに通っていた塾で、一ヶ月程同じ授業をうけただけだ。さっきは向こうがよく私の名前を覚えていたなと驚いたよ」
彼はずっと一位で、私を気にするきっかけがあるとは思わなかったからだ。顔はともかく名前まで覚えてられているとは驚いた。
そう告げると、彼女は顔を明るくさせた。
「ということは、ホントに知り合いなんだね。ただの知り合いかあ。なあんだ、よかった」
「そうだ、塾で一緒になったというだけで、それ以外の接触はなかったさ」
「うん」
「口を交わしたことさえない」
特に含みを持たせて言ったわけではなかったけれど、彼女にはそれが引っかかったらしい。小さい顔のなかのくりくりとした眼を大きく開いた。
「え、まさか、一度も?」
「一言も、ないな」
「えー、それなのに、覚えてたって、なんだか、うん」彼女は何度か唸って「凄いね」とだけ言った。
「彼の話はそれくらいでいいだろう。過去の話はもういい」
「あ、そだね。過去ってなんだか暗いイメージあるもんね。未来はこう、光り差す地平線、って明るいイメージあるし、未来の話をしよっか」
「ああ」
「未来って言ったらあれだよね、空飛ぶ車とか。地方では車必須だし、需要高そう。まあ一家に一台レベルの普及になるころには、わたしたちおばあちゃんになってるかもしれないけど。一体どうなってるんだろう」
「そうだな。四、五十年先のことは遠すぎて想像が出来ないな」
「じゃあもっと近い未来の話ね。ゆうっちは放課後何か予定ある?」
「ああ。部活動見学に行こうと思ってる」
「え、どこどこ?」
見学だけだ。まだ入るとは決めてない。
心の中で自分に言い聞かせる。
「文学部」
「わたしも一緒に行っていい?」
「もちろんだ」




