5.1
「才能」
塾から出て、まだ落ちようとしない太陽の光を背中に浴びながら、一人で歩いていた。私と同じ方向に帰宅する生徒もいるが、まだ陽が落ちてないからか、遊びであったり買い物であったりで直接家に帰るものは少なく、私の周りに人はいなかった。
私が塾の上位層と拮抗する実力をどうにか持てているのは、このわずかな差を積み上げてきたからだと思う。
そうだと信じてここまでやってきた。
「その一言で片付くのか」
地面に視線を落とす。自然と拳に力が入っていた。
もちろん彼らが冗談で言っていただろうことは十分理解しているつもりである。冗談であるに違いないのだ。しかし、頭で理解してもそう素直に受け入れられるほど心は冷静ではいられなかった。
照れ隠しのために彼は才能のおかげと言ったかもしれない、という考えを頭の中に浮かばせる。努力をしたことは何も恥ずかしがることはないが、才能だけで物事を達成することが努力して達成することよりも格好良いという風潮が学生の間であることは確かだ。男子ともなれば、それが顕著なのだろう。女性の私には理解しがたい感覚ではあるけれど。
「そうだ。照れ隠し。彼の実力は努力に裏打ちされている」
自分に言い聞かせるように、独り言ちる。
今日が彼の努力の姿は見たことない。まだ授業をうけた姿を見ていないのだから当然の話だ。これから私と彼は同じ教室で、同じ授業を受けることになる。どんなに隠そうとしてもそれで彼の努力を垣間見ることが出来るだろう。
彼の友達は彼のことを勉強していないと口にしていたが、それは学校で見た光景のはずである。学校は学ぶ所で、勉強が本分の場所ではあるが、日本は中学校までは義務教育だ。彼が別の場所で勉強を重ねていたとしても学校には行かねばならない。だから、彼の友達には彼の努力の姿が見えていなかったのだ。
だが塾なら話は別だろう。
進学塾に通うことに何ら強制力はないだろうし、自らの意思で学ぶことを目的としてやってきたはずだ。彼ほどの実力なら嫌々ながら親に塾に行かせられるという自体は起こらないはずだ。
「そうだ、そうだとも」
口に出して、一人で頷く。
更に努力を積み上げることが出来たら、私は彼のところまでいける。
彼を目標にして、より前に、一歩を踏み出すのだ。
そんな希望を胸に秘めて、前向きな気持ちで私は帰宅した。
それが簡単に壊れるとは夢にも思っていなかったから。