3.7
「恋愛もの、か」
白馬に乗った坊ちゃま王子様と夢見がちな桃色お姫様が見つめあう姿が一瞬浮かび、消える。
「あまり恋愛ものに触れたことはないのか?」
人の感情の機微に乏しい私でさえ、恋愛小説の人の心情の揺れ動きは充分楽しんでいる。私と同年代の女の子、特に彼女のような感情豊かな女の子は、恋愛ものの小説や映画に精通しているものだと思っていた。
「いやー、そうじゃない、と思うよ? 人並みには少女漫画は読んでたもん。小説も、まあ多少は」
十三の教室とかカーテン越しの紙飛行機とか、等と呟きながら彼女は自身の指を折る。
「そういうの、楽しめはするんだけど、経験がないんだよね。自分の人生の中で。タケさんから小さい頃を思い出せば一つや二つ出てくるものだろとは言われるんだけど、いくら記憶を遡っても、さっぱりで」
「そうなのか」
「そうなの。ゆうっちはある? そういう経験」
「ないな」
記憶を遡る必要性もなく、即座に断言する。片思いどころか気になる人さえいたことはない。未熟な私に他人に興味を持つ余裕は無いのだ。
「だよね。無い人には無いよね。そうタケさんに説明してはいるんだけど、『華の女子高生なんだから一度くらい探せばある。無いなら作って来い!』なんて言って聞いてもらえなくて」
ため息をついて彼女は話を続ける。
「それだけならまだいいんだ。でもさ、さっき入団させてくれって人がいたでしょ?」
「彼のことか」
彼のその発言を受けての彼女の思案顔を思い返す。
「うん。でね、彼が入るとブレイクに私と同世代の男の子が入った、ってなるんだ。あ、ブレイクに入ってる人は二十歳以上が殆どだから、そう、年齢が近しい男女が二人しかいないって状況になってしまって」
「ああ」彼女が困った表情を浮かべた理由を理解した。「なるほどな」
「うん、そうなの。そうなった場合、タケさんならきっとこう言うと思う」
一息を置いて、彼女は口を開く。
「『こいつと一度付き合ってみろ!』ってさ」