第二話 開戦
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東京、渋谷駅跡地。
かつての趣など片っ端から薙ぎ払われた廃墟、その一部。
縦穴の構造をしており、『最強の生命体』とやらも地下に埋まっているらしいから、地下鉄が走っていた名残である線路を伝って行くのが手っ取り早そうだが、地下には獰猛で強力な蟲が蠢いている可能性がある。
それこそ反撃の取っ掛かりもないような怪物と遭遇するくらいなら、地上から突撃するほうがいくらかマシだろう。
というわけで。
浅木らは地下駐車場で見つけた大型乗用車に乗り込み、渋谷駅の入り口に佇んでいた二メートルクラスのアリを巻き込む形で文字通り『突撃』した。
轟音が炸裂する。
壊れかけの建物へトドメを刺すように真っ正面からすべてを粉砕するように突撃した大型乗用車から六人の男女が出てくる。
「さぁて、ド派手にいきますか」
おっさんが刀とサブマシンガンを携えて嘯く。
その頃には浅木と飛鳥がサブマシンガンを掃射。アリを全身穴だらけにする。
浅木はサブマシンガンを肩に担ぎ、呆れたように呟く。
「ったくよ、ちっとは隠密行動とか心掛けようぜ、おっさん」
「先手必勝。立ち塞がる奴は全員ぶちのめせばその内『最強』を発掘できるだろ?」
「チッ。相変わらずだな」
見たところ蟲どもの姿は見えない。
奴等の強味は『数』と異常な繁殖能力だ。
一殺したら三〇出てくるような怪物だが、逆に言えば『数』さえ少なければ既存の兵器でも対抗できる。
それこそ突き抜けて異常進化した個体か『クイーン級』が現れなければ、だが。
「はいはい、さっさと行くわよ。時間との勝負なんだから」
「わーってるよ。で、地下っつったってどこに行きゃいいんだ?」
浅木の疑問に相原初美がオドオドと声を上げる。
「あ、あの……地下に線路があって、そこに秘密の隠し場所がある、みたい……です」
「ふぅん。じゃあ地下鉄ってやつを探せばいいのか」
「あ、あのっ」
移動のために足を踏み出した浅木へ、相原初美は困惑したように手を伸ばす。
ぎゅっと服の袖を掴み、震えながら問いかけた。
「どうして、ですか……?」
「あん?」
「どうして、そんなに簡単に人を信じられるんですか?」
相原初美は信じられないものを見るような顔で、
「支配階級が変化してから、人類の九割以上は死んでしまいました。蟲の被害も甚大でしたけど、それ以上に『食料や水、居住空間などを奪い合う人間同士の殺し合い』で死んでいった人のほうが多いです。それなのに、どうして……?」
「…………、」
相原初美とは出逢って数週間しか経っていない。顔見知りなのか怯えているのか、あまり多くのことは話していないし、背中を預けられるほどの信頼関係が築けているかと言えば頷くことは出来そうにないが━━━
「多分、『信じたい』んだよ」
浅木はそう答えた。
まるでそんな自分に呆れるような声音で。
「つーか相原が嘘つく理由なんてどこにもねえだろ。じゃあ信じるしかねえだろ」
「でも! 例えば少しでも食いぶちを減らす目的があるかも……ッ」
「それならそれでいい」
ガシャン、とサブマシンガンを構え直し、口元を好戦的に歪め、少年は平然とこう言った。
「おっさんじゃねえが、立ち塞がる奴は全員ぶちのめせばいいだけだ。敵対するなら容赦しねえが」
そこで浅木は袖を掴む華奢な手へ自分の手を重ね、
「お前が俺たちを『信じてくれる』なら、俺はその信頼に応えてみせる━━━守ってやるよ。絶対に」
「浅木、くん……」
そこで近くに瓦礫に隠れていた下へ続く階段を見つけた飛鳥たちが後ろのほうで呑気に喋っている浅木と相原初美へ声をかけた。
「はいそこっ。イチャコラしない!」
「イチャコラなんかしてねえよ!」
叫び返し、浅木は相原初美の手を掴む。
「んじゃ、行くか」
「……はいっ」
相原初美がその手を握り返してくれたのが何よりの返事だった。
「浅木っ」
飛鳥の悲痛な声が耳に響いた。
それが最期だった。
ずぼっっ!! と。
浅木の背後から強靭な『顎』が突き出された。
それは引き裂くように大きく開かれ、左右から刃のごとき顎が閉じられた。
スパンッ!! と軽い音が鳴り、浅木の身体が真っ二つに両断された。
鮮血が噴水のように飛び散る。
下半身が転がり、残った上半身が相原初美のほうへと振り子のようにぶつかる。
「い、いやぁああああっ」
思わず手を離してしまった。
浅木だったものが風化した床へ転がり落ちる。
そこで相原初美は怪物を目撃する。
長い黒髪の少女がいた。
大和撫子風の少女は見た目だけなら相当の美少女だったが、ただ一点の異形が彼女の異常性を示していた。
両手。そこに生える黒の刃。
ギザギザとノコギリのように尖ったソレはどことなく『顎』のようにも見えた。
「あはっ」
怪物はにこやかに微笑み。
次の瞬間には振り上げた華奢な足を霞むほどの速度で振り下ろした。
ドゴンッ!!!! と辺り一帯が、正確には足元がひび割れ、次の瞬間には落とし穴のように床が抜けた。
落雷のような音と衝撃だった。
しばらくの間、気を失っていたかもしれない。
とにかく、飛鳥は鼻につく腐敗臭とネバネバした粘液によって目を覚ました。
綺麗好きな飛鳥にしては珍しく鼻につく気色悪い臭いも体にこびりつくも気にならなかった。
脳裏に浮かぶのは両断された浅木の姿。
この理不尽な世界で今日まで共に生き残っていた仲間の死。
「あ、ああああっ」
浅木と飛鳥は世界が変化してから生まれた男女だった。
こんな世界でも愛し合った大人たちが足掻き、もがいて、この世へ生誕させた命だった。
そう、大人たちが言う幼馴染みだったのだ。
「ば、か……この、大馬鹿野郎!!」
ねばつく金髪も落下の衝撃で悲鳴を上げる身体も全部が全部吹き飛んだ。
「ああああああああああッ!!」
瓦礫で三方は塞がっていた。
周囲を見て回るため仲間たちと一定の距離を空けていたからか、見える範囲には誰もいなかった。
ただ、一体。
まるで唯一空いた道を塞ぐように降りてきた黒髪の少女を抜かして。
『クイーン級』。
異常進化した蟲の中でも飛び抜けて異様な怪物。
言語を理解するほどの『脳』を持つ高位生命体。
蟲の領域を凌駕した少女は悠然と微笑みながら飛鳥の懐へ飛び込んできた。