第一話 死闘前の静寂
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廃墟と化した東京の一角に彼らはいた。
地下の駐車場らしき場所で座り込んでいるのは薄汚れた六人の男女だ。
その内の一人、拾った学ランを着た青年は干し肉を食い千切りながら胡散臭そうに手元の紙束へ目を通す。
「何回読んでも信じられねえなあ。『プロジェクトカブト』だか何だか知らねえが、こんなもんを信じて渋谷駅跡地まで突撃するなんざ自殺行為だろ」
「でも、それしか希望は残っていない。武器にだって限りはあるし、そもそも私たちだけで蟲どもから逃げ切れるはずがない」
そう言うのはセーラー服姿の女だ。
蟲の異常進化から数十年経った地球には学校はおろか政府や国さえ崩壊しているのだが、できるだけ年齢に合わせた格好をするよう心掛けているからだ。
一種の逃避なのかもしれないし、十代の彼らには『普通の日常』とやらは闘争の日々なのだが、仲間の大人たちにとっては違うらしい。
確かに存在した『日常』の欠片だけでも残していたいようだ。
「がははっ。まぁいいじゃないか。このまま逃げてたっていずれは殺されるんだ。それなら最後の希望に賭けようぜ」
最年長のおっさんが豪快に笑いながら学ラン姿の浅木の背中を叩く。
咳き込む浅木の唾が向かいのセーラー服姿の飛鳥の顔にべったりとこびりつき、次の瞬間には平手が飛んできた。
スッパンとイイ音を鳴らしながらコンクリートの床へ転がる浅木を赤の眼鏡をかけたキャリアウーマンのような風貌の女性が冷めた目で見ていた。
名を楠原零。
ほっそりとした体躯に似合わず、この中では一番の実力者だったりする。
その隣でぐーすか寝ているのは元軍人の蛍原。こんな世の中だからか彼が異常なのか、コンクリートくらいなら拳で粉砕できたりする。
そして。
研究所の生き残りでレポートを後生大事に抱えていた相原初美。
気弱そうな彼女は一応二〇代後半らしいのだが、外見だけなら高校生でも通りそうだった。
彼女は研究所の廃墟の地下で一人隠れ潜んでいたのを浅木らに保護された経緯がある。
その際、彼女が持っていたレポートの内容を信じて彼らは東京まで来たのだ。
『プロジェクトカブト』。
所々紛失していたり、破れていたりしていたが、要約すると渋谷駅の地下に『最強の生命体』が眠っていて。
ソレは異常進化の仮定で死んだ蟲の細胞を埋め込んだ新人類で。
ソレを目覚めさせれば、蟲どもを殲滅できると予測演算では出ている━━━らしい。
すべてはレポートに書いていたこと。
命を賭けるには心許ないが、他に蟲どもへ対抗する手段は存在しない。
現時点で『安息』を手にするには絶大な力、つまり最強の戦士をこちらへ引き込むくらいしかないのだ。
だから━━━
「決行は明日だ。クソ蟲どもへ一泡吹かせてやろうぜ」
おっさんは獰猛に笑う。
拳を突き出し、宣言する。
「蟲どもに人類は九割以上喰い殺された。生き残りは俺らだけかもしれない。だが! それも今日で終わりだ。地上を我が物顔で闊歩する蟲をぶっ殺すために、『プロジェクトカブト』によって生み出された生命体を獲得してやろうぜ!!」
「ハッ。他力本願すぎだろ、おっさん」
浅木は適当な調子で吐き捨て、『だが』と繋げ、拳を突き出す。
「手段なんてどうでもいいよな。結果的に蟲どもをぶちのめせるなら、何にだって頼ってやろうじゃねえか」
コツン、と拳が合わさる。
それを皮切りに次々に拳が出されていって、最後に相原初美がおずおずと拳を差し出した。
都合六の拳が合わさる。
最後におっさんは確認するようにこう言った。
「反撃といきますか」