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迷宮の王をめざして  作者: 健康な人
二章・四人の敗北者編
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前兆

 ソフィーの話を聞いた後、魔女が目覚めるまではしばらくこの村に滞在する事になるだろうと、そう思っていた。しかし魔女が目覚めるよりも早くソフィーが目覚めた上、体調もそこまで悪くないらしいと言う。

 そしてソフィーはこれからの生活の事も考え、これからはザックの家で厄介になるらしい。そのため都市の紹介だ何だかんだを兼ねて一度迷宮都市に戻るという話だ。……次の探索は出来ればザックが落ち着いてからにしてくれないかと、そうも言われた。


 ……まあそんな事を言われても、俺としては個人の生活にまで一々口出しするつもりは無いので好きにすれば良いだろう、ぐらいにしか思わなかったが。

 探索にしてもそうだ。次に俺が向かおうと思っていたのは王都だから、場所が分からないと言った事にはならない。……ザックはゆっくりしていればいいと思う。


 そんな風にザックたちと別れ、何をするでもない日々を少しばかり過ごした時であった。

 ようやく魔女が目を覚ました。そして彼女の知識は、俺を――



  ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇



「……ここ、は……」


 魔女レーヌは、己の喉が長く使用されていないが故に上手く動かせていない事を自覚し意識を覚醒させた。



 視界はぼやけ、耳も少し逝かれている。己が内にある魔力は必要最低限の量しか残っておらず、これの不足で“この体”が十全に機能していないのであろう事を瞬時に理解できる。しかし――


「…………」


 ――しかし、生きている。

 あれ程の力の差、そしてあの怪物が放っていた夜の闇さえ塗りつぶす殺意の念。

 私の命を刈り取る死神が形を持って現れたとしか思えない絶望的なあの状況から、どのような奇跡があれば五体満足のまま生き残る事ができるというのだろうか?

 その疑問に突き動かされるように、気を失う直前の記憶を何とか辿って――


「――――」


 ――思い出した。

 己が、何故生き残る事ができたのかを。


「――――そうだ、私は……」


 己が生きている原因、それに思い至ったその瞬間、私は胸がつまる想いだった。

 あれは、誰だったのだろうか。私は、間違いなく私を助けてくれたあの存在を知っている。

 確か……昔馴染みだったはずだ。ずいぶんと昔から知っている、そのはずだ。だというのに――


「名前……」


 名前が、思い出せない。

 名前だけではない。

 私は私を助けてくれた人物を“知って”いるし、昔馴染みだという事も“覚えて”いる。ずっと昔に大事な“約束”をした事も、おぼろげではあるが覚えている。

 しかし……それ以上の事が、何一つとして思い出せない。

 まるで記憶が欠けてしまったように。

 私はあの人物を知っているが名前を知らず、昔馴染みだと言う事は覚えているが彼との関わりを覚えていない。そして……“約束”の内容が思い出せない。何を約束したのか……大事な約束だった事は覚えているのだが、内容は何も浮かばない。


 そんな風に、何とか己の記憶の海の中からあの人物についての情報を探る。

 しかし――見つからない、思い出せない。

 まるで闇に手を伸ばしているようだ。


「――……起きた、のか……」


 そんな風に考えていると部屋の扉が開く音が聞こえ、少し硬くなった老人の声が聞こえる。

 その声に釣られ視線を動かすと、扉の前には枯れかけと評するのがぴったりの老人が扉を開けた姿勢のまま固まっていた。

 そして何故だか、私はその姿に――私を助けてくれた男の姿を幻視していた。

 しかしそう思ったのも一瞬で。

 瞬きするよりも早く、精巧な男の幻は何処にでも居る老人へと変化してしまう。


 ――考えすぎて、頭でもおかしくなってしまったか。


 そんな事を考えた私は自嘲した笑みを浮かべ、老人の声に答えることにした。


「ええ、なんとか。ですが……私は、何故生きているのでしょうか?」

「……助けたのはワシではない故、詳しくは知らんよ。感謝の気持ちがあれば……ソフィーに出会う事があれば、その子に伝えてやってくれ」

「あの子が……」


 老人の言葉を聞きなるほどと、少しばかりの納得が頭をよぎる。

 完成品に近いあの子であれば、私の力がここまで消耗していても生きていてもおかしくは無い。

 しかし、それと同時に疑問も残る。

 私が勝てない相手であれば、あの子が勝てる道理はない。それは無論、逃げるという行為を指しても同じことだ。運よく生き残ったから運よく逃げ延びる事ができるような容易い相手でも状況でもなかったはずだ。だというのに、そんな状況から何がどうなれば私を生還させる事が可能だったのだろうか?

 ……

 少しだけ考えを深めてしまうが、これ以上は考えた所でどうしようもない。

 少なくともこの人物は私を害する気は無いと、それは理解できた。


「見ず知らずの私を助けていただき、本当にありがとうございます」


 故にとりあえずと、そう思い感謝の言葉を伝えたのだが……その言葉を聞いた老人の動きが一瞬だけ止まる。


 ――私は、おかしな事を言っただろうか?


 唐突に動きを止めた老人の姿に、そんな風な小さな疑問を抱く。


「……まあ、お互い知らん仲ではないのでな。少し待っておれ、お前さんの話を聞きたいと言っておった男を連れてくる」

「……あぁ……はい、分かりました」


 男。

 なるほど、ソフィーとあの化け物、どちらとも懇意にしていた探索者の男が居たな、と。

 少し前に考えていた疑問が氷解すると同時に、私は先ほど感じた小さな疑問を霧散させていた。

 今回私が生き残っているのは、端的に言えば幸運だ。

 何がどう転ぶか分からないとはこの事かと、そんな事さえ思った。しかし――――


「――――」

「お前さんと話したいと言っておった男じゃよ。筆談になるが、まあ気にせんでほしい」


 ――運が良い、などと言う考えは完全に霧散した。

 老人が連れてきたモノは、見間違えようの無い怪物。

 立ち昇る圧倒的な殺意こそ収まっているが、闇夜を塗りつぶしたその身に秘める圧倒的な力は幾分も衰えていない。いや、むしろ強くなっている。

 私の“蒼月の瞳”を喰らったからなのか、底の見えない闇が一段と深くなった様な錯覚さえ感じさせらる。

 そんな怪物と目が合った瞬間、私は全てを理解した。

 私は奇跡的に助かったのではなく、助けられるべくして助けられた(捕まった)のだな、と。



  ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇



 さて……魔女が固まっているようだが、これにどう話しかけたものか。


『気分はどうだ? とかで良いんじゃないですか? 一度は決着をつけましたし、無意味な抵抗はしないでしょう』


 確かに抵抗はしないかもしれないが、どう考えても最悪以外の返事はありえないだろ……まあ、単刀直入に用件だけ聞けばいいか。

 あまりごちゃごちゃと考えたり言葉を並べるのは苦手だしな。


 ――俺の配下になるつもりはないか?


 こんな物だろう。

 俺の心情を一言で表してくれている。


 そしてその文字を見た魔女は硬直を解き、胡散臭い者を見るような視線と雰囲気で恐る恐るといった感じで言葉を紡ぐ。


「……――配下……? それは契約的なと、そういう意味ですか?」


 それで間違っていないと、その意味を込めて頷く。


「つまりは私を――不老不死を極めたこの私を配下に欲すると、そう言いたいわけですね?」


 その言葉に続けて頷く。

 そしてこちらの言いたい事を伝えるため、口に出す事ができない事を紙に書く。


 ――俺は、お前の持っている知識に興味がある。それを見せるか語るかして欲しい。


 ジズドたちとは既に話し合っており、これが俺たちが魔女に伝えたい全てであった。

 つまり魔女の知識を――不老不死に手を伸ばしたとされるその知識の深さを知りたいと、そういうこと。


「わかりました、と。そう言いたい所ですが……お断りさせてもらいましょう」


(ほう?)

『これはまた……』


 ――どういうつもりだ?


 ここで断ったとしても、意味など無いだろう。

 無駄に命を散らすだけだと。そうは思わないのだろうか?


「言葉が足りませんでした。私の知る不老不死の法は、未だに完全とは言い切れません。……それこそ、今のあなたの状態の方が幾分か【不老不死】に近いのではないですか?」

「まあ、つまりはあれですよ……役に立たぬと烙印を押される事が目に見えている以上、私はこの法をあなたに教えるつもりはありません」


 何故断られたのだろうか?


 誇りと言うやつなのか?


『そうなのかもしれません。考えてみれば、この人は不老不死に関連する事しか覚えていないのですから、その事をすんなりと教えてくれると思うには安易すぎたのかも知れませんね』


 なら、どうするか。

 俺としては魔女の不老不死が役に立とうがそうでなかろうが、こいつを配下に出来ればそれでいいのだが……

 …………

 ………………まずはその事を伝えてみるか?


 ――別に、お前に完璧な不老不死を求めているわけではない。


「ならば余計に“はい”とは言えません。あなたからしてみれば見た事も無い魔法、ちっぽけな魔法程度の認識なのかもしれませんが……私にとってこれが全てなんです。だと言うのにそれは不要だが私だけを己の下に置きたいなど――馬鹿にしないでほしいものです」


 ……めんどくさい女だな、こいつは。


『……案外、彼女のようにこだわりを持つ人間であれば、こんなものなのかもしれませんね。魔族のように本人を打ち倒す力さえあれば配下に出来るわけでもないのですから。今までが簡単すぎたとも言えるのかもしれません』


 ならどうしろと?


『手っ取り早く私が取り込んでしまうか――あるいは、彼女がこちらにつきたいと思わせるしかないんじゃないですか?』


 その方法が浮かばないのだが……ジズドが取り込んでしまえば、魔女を生かしている意味がかなり薄くなってしまう。

 当然、配下の数も増えないままだ。それは避けたいのだが……

 ……

 …………いや、あるじゃないか。魔女が興味を持っていたことが。


 ――なら、こうしよう。俺の力に一度触れても良いから、お前は俺の配下になれ。


『レクサスさん?!』

(この女にそこまでする価値があるか?)


 だから、それを試すんじゃないのか?


「……それは、本気で言っているのですか?」


 ――お前が知った事を全て伝えるという条件はつけるがな。


 思い返してみれば俺は俺の事を知らないが、魔女との戦いの時に気付いた事だが出来る事は増えている。一からあれが出来るこれが出来ないと確認するよりは、こいつに調べてもらった方が手っ取り早い。

 己について知ることが出来ればそれでよし、できなければ今までと変わらない。何の問題も無いだろう。


『そんな約束事一つだけで教えるつもりですか? 危険すぎます』

(しかしレクサスが決めたのだ、そう反対するな)

『ですが!』

(落ち着け。知る事が出来たから再現できるわけではない。無論、対抗できるわけでもない。人間は“知”に比重が偏っている種族であるが故、それを見落とす……いや、理解しようとしない。全ての物事は再現出来る、対抗できるのだとな。それもある程度は真実だが、突き詰めてしまえばそれは不可能だ。レクサスに――私たちに対抗するためには文字通り“力”が不足している)

『たしかにそうかもしれませんが……』

(そうかもしれない、ではなくそうなのだ)


 アリエルが自信満々と言った感じでジズドの言葉を押さえ込んでくれている。

 ジズドが反論の言葉を探しているその間に、魔女はジズドより早く口を開く。


「その程度の条件で良いなら、今すぐ吞みましょう。ですので教えていただきたい。あなたの力、その秘密を。それを知る事が出来れば……あなたの配下になりましょう。無論、何をされても文句は言いません」


 ――俺の力は言葉に出来ないから、お前が自分で理解しろ。そして感じた事をお前なりの言葉で口にしろ。


 そう紙に書き込み、手を差し出す。

 手には闇が纏われているが、俺自身が何も喰うつもりが無いからなのか何時もより薄らとしている。


 魔女は俺の言葉が信用できないのか手を取る事を一瞬だけ躊躇ったようだが、その躊躇いも一瞬の事。次の瞬間には、魔女は差し出した手をとっていた。


「…………」


 そして、黙った。

 何かに驚くわけでもなく喜ぶわけでもない。石像のように固まり、俺が差し出した手を取った姿勢のまま、何を語ることも無く沈黙してしまった。俺としても手に触れているなと言う事以外変わった感覚は無い。しかしそう思った次の瞬間、互いの間に存在した沈黙が変化する――


「…………え……? これ……きゃぁっ!?」


 触れ合っていたお互いの――いや、()の手に存在した闇が()の意思に反して増幅し、弾けた。まるで魔女の傍に立つ事を拒否するような凄まじい衝撃で魔女の反対側に向かって弾かれた体は、民家の壁をぶち抜いて吹き飛び両足で地面を削って砂を巻き上げる事でようやく止まる。

 そうして人の居なくなった村の大通りに吹き飛ばされた俺は、()()体の内側から何かが込み上げくるような感覚が湧き上がってきた。

 安酒を飲みすぎた次の朝のようなそれは、既に形も残っていないはずの胸の奥がうずくような感覚だ。よく分からないが、今のこの状態はどうしようもなく気分が悪いと伝えてくる。

 しかし、気分が悪い原因は分かる。何故分かるのかは分からないが、本能とでも居べき何かが俺の体の中に()()があるのだと訴えかけてくるのだ。しかし体内に異物があるからやばいと思うような感覚があるわけではない。

 本当に、酒のようなものなのだ。

 これを吐き出す事無く体内に納め続ければ、この不快な感覚が少しだけ長く続くだろうと、言ってしまえばその程度の感覚。


 だからこそ――脅威を感じないからこそ、俺はこのよく分からない闇を腕から切り離したいと思った。……思ってしまった。

 その思いに反応するように、手で増幅を続けていた闇は俺から離れる。……それは俺に胃の中の物をぶちまける様な開放感と、既に腹に収めた糧を外に出してしまったため胃が軽くなるような感覚を同時に与えてくれる。が、当然それだけでは終わらない。


 俺の腕から離れた場所で滞空した闇は、宙に浮いたままその形を変化させていく。

 丸い形から人形のように。

 その人形には腕が二本あり、足が二本あり、頭がついている。人型なのだと言う事しか分からないが、しかし確かな形を持っているようなそんな【闇】が俺の眼前に出来上がった。そして闇はどんどんと人型に近づいていき、十分に人と言える形を取ると――


<てっきりあの時の娘が見つけるまでは出られんと思っておったが……まあ、出てこれた以上それ自体は些細な問題じゃろうな。久しぶりになるのか、悪霊の王よ?>


 ――何時か聞いた事がある強者(鉄の王)の声で、俺に話しかけてきた。






ご意見、ご感想、誤字脱字など気軽にご報告ください




今後の方針についてちょっとした報告があります。

ただ本編に直接関係するわけでもなく、更新期間の延期もありません。ちょっとした今後の予定のようなものです。


活動報告に書いておきますので、気になる方はお読みください。

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