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迷宮の王をめざして  作者: 健康な人
二章・四人の敗北者編
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人形の魔法

 手近な家のドアを開け適当に家の中を調べ、質素ではあるがしっかりとした造りの木造ベッドに魔女を横たえさせる。一人で使うには大きいベッドだったので、そのままここで寝るようにとソフィーに促し彼女を横にさせた。

 そして椅子を適当に持って来てソフィーの近くに腰掛けるため背中に背負った長大な槍を――あの爺さんがかつて愛用していた“魔女の従者”の武器を手に取り、杖のように石突の方を床につく。

 そして……無言。

 俺だけでなくソフィーも何を話して良いのか分からないのか、何とも言えない沈黙がばを支配する。

 なので何か会話の糸口になるものはないのかと思いながら、とりあえず頭の中で魔女の城で起こった事を整理していこうとし――


「私は――いえ、私たちは……一体どうなるのでしょうね」


 ――誰に向けた物でもないような、そんなソフィーの言葉が耳に届いた。


「どうなるって……別にどうもならないだろ。実際こうして生きてるわけだし」

「ですけど、お爺ちゃんがあの人を引き受けてくれたのは――私たちに考える時間をくれるためだと思います。私だけで逃げるのかどうか、それを決める時間を」

「……そうか? 俺は、そうは思わんがなぁ」


 俺のその言葉を聞いたソフィーはくすくすと上品に笑い、何時も通りに言葉を紡ぐ。俺の言葉を信じてくれた一人の女の、確かな親しみが込められた笑みがそこにはあった。


「惚けなくてもいいじゃないですか。でも……あんな事があったのに、ザックさんは変わらないんですね」

「あんな事ってのは何の事だ? 今日は少し色々ありすぎてな、どれの事か分からん」


 だから俺は、少しばかりの恥ずかしさを感じソフィーの言葉を適当にはぐらかした。

 そして特別な力が()()()、作りが良い唯の一級品と化した長大な槍と長剣に少しだけ視線を落とす。

 長剣はソフィーの命を救い、長大な槍は魔女の命を救った。結果唯の一級品に成り下がってしまったが、この武器は己の役割を正しく全うしたわけだ。


「ただまあ……どれの事でも、俺は大した事ぁやってねぇよ。因縁っつうのか? それに決着をつけるべき時に決着をつける事が出来る物を俺が持っていたって、言っちまえばそんだけだろ」

「でも、ザックさんはその因縁というやつを最良の形で終わらせてくれたじゃないですか。それはきっと、ザックさんにしか出来なかった事だと思います」

「そんな事――」

「ありますよ。お爺ちゃんもそう言っていたじゃないですか」


 ソフィーにそう言われ、爺さんの言葉を思い出す。

 すると確かに、ああなるほどと、直ぐに気付く事ができた。


「ああ、確かにそうだな……だってあの人、お前と会ったのこの前だし――」

「私が好きなのは、ザックさんですからね」


 恥ずかしい事を俺に被せて口にするなよと、そう思いながら――これでよかったのだと、そう思える自分がいることを誇らしく思った。



  ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇



 そう言えば、さっきの質問はどういう意味だったんだ?


『祝福とは望んで受けた制約の事、呪いとは望まず受けた制約の事ですよ。今回の例を出すならだれだれの事を話せない、と言う制約も主の事を喋りたくないからと自ら施す場合と絶対に誰にも喋るなって施される場合の二通りがあるでしょう? その違いです』


 なるほど、と。

 俺たちはスイとかたり人の老人を引き連れたまま、そんなやり取りをしながらザックたちが入って行った民家に足を踏み入れた。

 民家の中には横たえられたまま気を失っている魔女――レーヌと、横になってはいるが意識があり、ザックと話しているソフィーが視界に映る。

 何を話していたのかは聞き取れなかったが、俺たちが家に足を踏み入れたからなのか二人こちらを振り向き真剣な表情を作った……ように感じられた。

 しかしそう思えたのも一瞬。俺が何かを考えるよりも早く、ソフィーは口を開いた。


「……私に聞くべき事があると、そういう事なのだと思ってもよろしいですか?」


 先ほど行ったかたり人の老人とのやり取りの意味が分からないままだが……まあ、一応はソフィーの言う事に間違いはない。魔女の話も聞くことが出来てはいないが、結局は聞く順番が入れ替わっただけなので大した問題ではないはずだ。

 ……結局話を聞くのはジズドだし、問題は無いだろう。


『……レクサスさん、アリエルさん。レーヌさんは気を失ったままのようですが、ソフィーさんは大丈夫そうです。ですから、先ほどの事を考える前にソフィーさんから話を聞いてもいいでしょうか?』


 そしてジズドもそう思ったのか、先にソフィーから話を聞くつもりらしい。


 まあ、俺としては何の問題も無い。


(私もだ)

『ありがとうございます。では、こう伝えてください……「老人から大体の話は聞いたから、単刀直入に聞きたい。あなたは【何】ですか?」と』


 俺はジズドの言葉をそのまま紙に書きソフィーに伝える。


「そういう言い方をするという事は、お爺ちゃんが“喋れない”事を聞きたいと、そういう事なんですよね?」

『そうなりますね』


 ジズドの意に答え、ソフィーの言葉に頷いて答える。

 するとソフィーは少しも表情を変えず、なんでもない事を語るかのように己について語り始めた。……のだが――


「そうですか……分かりました。魔法については私も殆ど知りませんが私の――魔女の過去について、私が知っている事は全てお話しましょう。面白いと感じるのかは分かりませんが……私と魔女の命を救われた恩もありますから」


(くくく……ジズドよ、この娘、中々に面白いな?)

『まあ、レクサスさんにその気が無いから間違ってはいないんじゃないですか?』


 ――何故だかアリエルたちが茶々を入れているようだが、まあ別にいいだろう。


「私は何と言いますか……一言で言ってしまえば、魔女の――彼女の“搾りかす”です」


 どういう事なのだろうか?


『出来るだけ詳しく続けてください』


「そうですね……私たちの――【魔女】の魔法は、中身()を入れ替える魔法なんです。分かりやすく言えば、器の中身を移し変える行為に似ていますね。感覚としては肉体が器、魂が水です。器が劣化すれば別の器に()を移し変える。その器が劣化すれば次の器にと、それを繰り返す事で(肉体)を入れ替え不老と不死を両立させる。彼女が考え出した【不老不死の魔法】とはそれでした」

「しかしどれだけ注意を払ったとしても、水を入れ替える際にはほんの少しではありますが移し変える前の器に水が残るでしょう? その水こそが、魔女に欠けてしまった(記憶)そのものなんです。一度や二度であれば大した量ではありませんが、器を変える回数が増えるほど失われていく水は増えていく」


『つまり……元の器に残った()をかき集めた存在がソフィーさんであり、元々ソフィーさんはレーヌだったと、そういうことですか』


「そうなります。でもお爺ちゃんは完全に人形の魔女の魔法を使いこなせる訳じゃありませんから、全ての零れてしまった()を集められたわけじゃないのですけれど。ですからおじいちゃんが集めた魔女の魂を人形に入れ、それを彼女が調整してようやく自立できるようになった……つまる所不完全な魔女の分身、私はそういう存在です」


『なるほど……ですがその話を信じるなら、ソフィーさんは不老不死の知識を多少ではあるかもしれませんが持っていてもおかしくない、と。そういう事になりますよね? 搾りかすだの不完全な分身だのといっていますが、他の人形とは違って話も通じます。私にはあなたが人形には見えません』


「そうですね……その辺りの事が少し説明不足でした。何と言いますか……生存本能とでも言いましょうか、彼女は己が生きるために必要な知識は殆ど失っていないんですよ。不老不死の魔法、生命活動を行う肉体(人形)の作り方、彼女の持つ多種多様な魔術。そういった物は殆ど失っていません。つまり、その事を私は知りません。ですが代わりに、そうでない物の殆どを失っています。己の名前も友の名前も、恋人の――従者の名前も……己が何故あの地に城を構え、何をするでもなく時を過ごしているのかさえ彼女は覚えていない。始めは躊躇っていた命を冒涜する行為にさえ躊躇いを覚えぬようになり、事実彼女はそれを為した。……あなたも見たでしょう? 美しい女や感情を失ったような男、あれらが全て彼女が積み上げた成果なのですよ。意味を失った道を進み続けているだけの女、それが今の彼女です。……そして、そんな彼女を見て可哀想だなと思いながらその行いを止める事ができないもう一人の“彼女”それが私でした」


『……ではあなたが持っている物は魔女が失ってしまったものであると、そういう事ですか? そして……魔女が生きるために不要だと判断したものしか持たぬ故に不完全であると?』


「そうなります。【闘鬼】ゼンの英雄譚、【凪の風王】ヴァレイの面白おかしい研究過程、【白翼】プルクラの優しさと夢――【人形の魔女】レーヌのかつての想い、その全てを私は知っています。ですがその全てが、彼女が生きるためには必要の無かったものです」


『では何故、あなたは彼女に従っていたのですか? そこまで理解しているのなら、彼女に従う意味など無いでしょう?』


「そういうものだったから、と。そうとしか言えません。ザックさんに出会うまで、私はその事に疑問を覚える事さえありませんでした。だって、彼女は私でもあるんですから。彼女の人生の記録を見ただけの私からすれば、確かに現状に心痛むものはありましたが全て終わってしまった事でした」

「私が知る彼女が駆け抜けた記録は色褪せず、確かな熱を持っていました。ですが、それだけです。彼女が恋したお爺ちゃんは私にとっては“恋人”ではなく“お爺ちゃん”で、彼女の人生は既に完結している一つの物語でした。私にとっては、彼女はそういう“過去”の人でした。そして“現在()”を生きているのは私で……私たちの過去(真実)を知っているからこそ、私は彼女の傍に居る事が当然だと思いました――ザックさんに、出会うまでは」

「ザックさんは本当に面白い人でした。色々な場所の色々な物語を聞かせてくれて、その事柄に対して己の見解を述べながら面白おかしく話をしてくれる、そんな話していてとても楽しい人でしたよ。そして、ザックさんの語る色々な話を聞いているうちに、私はようやく気付けました。――ああ、私がやっている事は唯の感情移入だったんだな、と。ずいぶんと昔に終わった物語の残滓をなぞって“人形の魔女”になったつもりになっているいるだけの“ソフィー”だったのだな、と。……好いた人が違うんですから、もう別人と認めるしかありませんよ」

「後は知っての通りです。どうするべきか決める事が出来なかった時にザックさんがあなたを連れてやってきて……私は得体が知れないだけのあなたよりも、良く知るが故に強さを知る彼女の力を恐れた所為で面倒な事になってしまいました。……その所為かおかげかは分かりませんが、最良に近い結果になったことは運が良いとしか言えませんが」


『なるほど……では、他の三人については何かありませんか?』


「お爺ちゃんが語った以上の事は、殆ど知りません。ただ……魔女の城の城門に三人組の石像があったでしょう? あれは特殊な術式がかけられており、像の持ち主に連動して傷つきます。つまり【闘鬼】ゼンは胸に穴を開けられ首を失っており、【凪の風王】ヴァレイは劣化を続けている……つまり老人となって生きている。そして――【白翼】プルクラは造られたばかりの姿のまま……つまり少なくとも外見上は怪我らしい怪我はしておらず、歳もとっていないと。そういう状態を指しています。……これ以上は憶測になってしまうので、私が知っている情報はこれで全てですね」


 ソフィーが話し終わったが、ジズドは次の質問をしない。


 もういいのだろうか?


『ええ、聞きたかった事は聞けました。しかしそうなると……現状死んでいるのは【闘鬼】ゼンのみと、そうなるのですか……』

(そうなるな。しかし……ソフィーは特殊な術式と濁していたが、話を聞く限りそれは昔に流行った依り代の術式を流用したものだな。偶像を作り、本人と関わり深い然るべき場所にそれを置く事で像を本人と見なす術……だったか? 本来は家などに置いておき家族が安否を知る為のものだった筈だ)

『つまり一般家庭に出回る程度には簡易的なものであったと、そういう事ですか』

(そうなるな。だが“今は”特殊な術式らしい。しかも、これは女神が広めたと聞いた事があるが……本当に、王都はずいぶんと面白い所だな)


 ……ふむ、なるほど。


 要は王都の事を調べると、そういう事でいいのか?


『王都の事は調べますが……何にしても配下にするであろう魔女が――レーヌさんが先ですかね。【白翼】は――女神は、王都に行けばいいでしょうから。……少しばかり【人形の魔女】の知識とやらを見せてもらい、それから王都に向かえば十分ではないですか?』


 まあ、そうなるか。

 結局は魔女が目を覚ますのを待つことになりそうだな、と。

 そんな事を考えながら目を覚ます気配が無い魔女に視線を落とした俺は、時間がかかりそうだなと、少しだけそう思った。



  ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇



 ソフィーがあの人に自分の事を話し終えた。

 それを聞いたあの人は彫像のように動かなくなり、先ほどの事を整理しているかのように見える。

 しかししばらくしてソフィーが寝てしまうと、それに気がついたかのように嬢ちゃんを伴って部屋から出て行った。

 家の中には居るようだが……この部屋に戻ってくる気配はない。

 ……あの人なりに気を使ったのだろうか?


「ザック殿……ワシの武器を“使った”おぬしであれば、既に何となく理解しているとは思うが、改めて伝えておこうと思う――ワシは、もう長くは無い。おそらくおぬしたちが次にこの村に来る頃には、ここは誰もいない廃村になっているであろう」


 そんな事を考えていると、爺さんが不意に口を開く。そして、何故ソフィーが寝てしまった今言うのかと思える言葉を、何でもない事を語るかのように口にした。


「……何で、今言った?」


 だからこそ、疑問に思った。

 何でもないと思っているなら、何故このようにどうでも良い瞬間に今口にしたのかと。

 魔女の魔力が失われた事で祝福は完全に消え去り、己の魂を宿した武具から力は失われている。ソフィーに語ったように、因縁に決着をつけた爺さんの体が限界である事を、俺は既に理解していた。

 なのに、何故その事をソフィーに言ってやらないのか、黙っているのが良いとでも思っているのだろうかと。そう思った。

 そして、爺さんはその疑問に答えるように口を開く。


「ソフィーとて、そのぐらいの事は理解しておる。口に出さんだけじゃよ」


 そして、さらに言葉を続けるその姿は確かな傍観が覗いており――


「本当はそのまま消えるつもりじゃッたが……レーヌもソフィーも、二人が生きておるのを見たら、少しばかり未練が湧いた。まだ生きたい、死にたくないとの。しかし――ワシはもう終わった側の人間じゃ。これは覆しようが無い。じゃからこそ、ワシは“ここで終わる”のじゃと、あえて口にした。……未練少なく、死ぬためにの。すまんな、下らん事につき合わせてしまって」


 ――しかしまだ生きる事を諦めたくないと。余命を宣告された病人が見せるような捨てきれぬ未練が覗いていた。


「……察しが悪くてすまん、無神経だったな」

「いや、全てが終わった今になって生きたいなどと……みっともなくそう思ってしまうのじゃから、ワシこそが無神経よ」


 誰も死ななかったと、そう思った途端にこれだ。

 ままならないものだな、と。

 溜息をつきたい気持ちを抑えながら、俺は目を覚ます気配が無い魔女と疲れ果てたように眠っているソフィーに視線を落とし……少しだけ暗い気持ちになった。









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