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迷宮の王をめざして  作者: 健康な人
二章・四人の敗北者編
69/72

~深淵に潜むモノ~

遅れた上にかなり短いです。

しかも長期更新後の他人視点になってしまい……


本当に申し訳ありません。


誤字修正しました 8/18

 闇が支配する暗い空間と、そこに渦巻く数々の意思。

 黒い渦の中に存在する魂だけとなった誰かたちの魂は、全てが【個人】と呼べる程度には自我を保ち己を確立している。

 そしてそれが当然の事であるように、肉体が死滅しても深い闇に落ちる事はなかったが……しかし命の輝きを放ちながら生を全うしているわけでもなかった。

 彼ら彼女らは別段崇高な理念や信念、或いは己の肉体を捨てて魂だけになってまで得たかった何か(憎悪や欲望)があったわけでもない。

 唯“死にたくない”と、大小の違いはあれ誰でも多少は持っているであろうその意思だけで死から逃れ続けていた。


 【知】を持つが故に【自己】の消滅を恐れる。

 【死】そのものが恐ろしいわけではない。【死】の先……己の【知】が及ばぬ未知の領域、誰も見た事がなく、しかし誰もがたどり着かなければいけないその場所()こそが恐ろしいのだ。

 その思い故に只管【死にたくない】と願い、共通するその意思だけを確かな拠り所をして完全な未知へと落ちる直前とも言える場所(深淵の闇)をたゆたう無数の魂。


 そして……そんな空間()の中にあっても、尚輝きを放っている三つの存在があった。

 一つは雷。

 視界を焼くような輝きを放ち、唯そこに在るだけで周囲の闇を焼き尽くす暴威の塊。

 一つは鉄。

 鍛え上げた戦士であろうとも持ち上げる事すら困難であろう、巨大な鉄の塊としか表現できない装飾のない無骨な大剣が闇の中に横たわり闇を払う火炎と暴風を纏っていた。

 そして一つは……人の形をした、闇。

 闇の中にあって尚暗い黒。実際に存在しているわけではないが、しかしそうとしか表現できない……全てを吞み込んでしまうが故に、絶対に見通す事の出来ない闇。そんな闇が人の形を取ったまま、黒い空間の中心に座していた。


 そしてこの空間は……それだけしかなかった。


 人型の闇自体が何かを為すわけではなく、これと言った目的を持っているわけでもない。

 腹が減ったから飯を食う程度の感覚以上の考えは持っておらず、触れたものを喰らっていたら何時の間にか己を構成する周辺の闇が大きくなっていただけ。闇にとって己の力などその程度の認識であった。

 とは言え、その闇は外に向かって広がるのではなく、世界に穴を開けるように渦巻きながら深く深く落下していくだけの……言わば、底無しの大穴と同じであった。近くに寄らなければ足を踏み外す事はなく、基本的には無害であった。


 ――そう、無害で“あった”のだ。


 深淵に在る闇の主が気まぐれで立ち寄った城に存在していた……魔性に落ちて久しい、古い女と関わるまでは。



  ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇



 肉を裂かれた。

 ――故にあの女の柔らかそうな肉を切り裂いてくれ。

 骨を砕かれた。

 ――故にあの女の華奢な体を圧し折ってくれ。

 死した後も肉体を……魂を弄り回された。

 ――あの女の魂を闇に落とし、永劫犯し続けてくれよう。


 ……悔しい……何故私だけが……何故お前は違うのか……お前も同じ場所に落ちて来いと。


 己の体の支配権を魔性の女――“魔女”に奪われたせいで逃げる事も逆らう事も出来ず……本来“魔女”が扱う事のできぬ【不老不死】の魔法を用いて中途半端に魂を弄り回された所為で死ぬ事すらできない。


 そんな、かつて強者として名を馳せ、何らかの理由の元に【不老不死】を求めた人間から生まれるのは――人であったころの祈りも願いも、誇りも矜持も……人間らしい【心】すらも吞み込む、自身が生んだ深い闇。


 だがしかし……それだけでは何も出来ない。

 目線だけで人が殺せぬように、殺害と言う行為を実行するための肉体を失って魂だけとなってしまっている者たちは、魔女を害する方法を失っていた。

 しかし……いや、だからこそ――行動という名の逃げ場を失った殺意はどす黒く濁り、泥の上から無理やり泥を重ねる続けるかのように魂にこびり付き【個】を失っても絶えることはない。

 まるで膨張を続けている風船のように積もりに積もって凝り固まり、目にするだけで憎悪に支配されてしまいそうな、夜の闇さえ塗り潰すほどの漆黒の殺意で自身の魂を黒く濁しながらも……殺意を抱く誰かたちは、凄まじい密度を持ったその殺意を魔女に向けることは出来なかった。

 何故なら、自由に動く体がないのだから。

 故にどうしようもないほどに体を欲するのだ。


 ――そして……そんな彼らの願いは唐突に叶った。


 唯そこに在るだけであった魂を取り込み、生者(魔女)に害を為す事が出来る怨霊に変じさせた……悪霊の王と出会う事によって。



  ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇



 黒き殺意だけとなった無数の誰かの意思は、己を見つけ出した主の体の中で唯一つの意思だけを持ちその瞬間を待ちわびる。

 廃墟と化した城下町を進む度に己と同じ手合いを拾い上げるだけで、溜まりに溜まった殺意は加速度的に膨張してゆく。


 ――その事が、どうしようも無く心地よい。


 その思いに反応し、魂だけとなった己が闇に溶けてゆく。

 怨霊になっても自我を失わぬ事。

 それこそがたった一つのルールであるはずなのに、膨れ上がった殺意は他の一切を無視して力を増してゆく。より殺しやすくなるために、より己の手で殺したという実感を得るために……後戻りが出来ないことを知りながら、(怨霊)(魔力)が混ざり合ってゆく。

 考えなしであったが故に混じり物(意思)の無かった闇に不純物(殺意)が混じり、敵を()()ためにその密度を増してゆく。

 それは恐ろしい変化であった。

 闇を纏う悪霊の王すら気付かぬまま、死にたくない故に己を守るだけであった闇の鎧は、殺意を孕んだ必殺の矛へと変じていた。


 ――……死ね。


 辿り着いた場所で優雅に玉座に腰掛けている女が何かを口にしていた。


 ――死ね死ね死ね死ね。


 女の言を理解するつもりがあるものなど、誰一人存在しない。

 限界を超えて膨れ上がった殺意が弾ける瞬間を待つ、その事だけに意識を集中させている。

 そして僅かな言葉のやり取りの後、決定的な言葉が女の口から紡がれる。


 ――『失敗作』


 その言葉に、漆黒の殺意が一瞬だけ呆ける。

 次いで湧き上がるのは、歓喜。


 ――よくぞお前は我らが知る「魔女」のままで在ってくれたと。


 隠し切れぬ歓喜(殺意)の中、必滅の闇が世界に溢れ出した。



  ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇



 怨嗟の声を上げながら、蹂躙されるばかりであった弱者たちが強者()に群がっていく。

 強者は弱者を振り払う事もできず、為すがままに力を……いや、もっと大切な生きるために必要な何かを――命とでも言うべきモノを奪われているのが理解できる。


 弱者が強者に勝利する異常、死ぬべき側が死なない異常。

 しかしこれこそが当たり前なのだと言わんばかりに、率いる弱者で強者()を蹂躙する絶対者(悪霊の王)


 ――同じだ、己の時と。


 そんな事を思考するが……この大剣を振るっていた強靭な肉体は既に闇の中に溶けてしまっている。

 そのため思考するための頭はとっくに無くなっているし、表情を作るための顔も失っていた。

 しかしそれでもこの大剣は――かつて最強と呼ばれた魔族である男の魂は、もしも顔があれば苦虫を噛み潰したような表情を見せただろう。


 ――何故もっと上手く戦わないのか?


 最強と恐れられ、王と崇められていた過去に未練があるわけではない。

 彼の生涯最期の戦いとなったものは全力を尽くして臨んだ戦いであったし、だからと言って負けた事に悔いがあるわけでもない。

 むしろ誇りがあった。

 魔族に並ぶものが居なくなって久しい己を打倒した力強き死者の王、誇り高き最強種でありながら他者と共にある蛇竜。

 どちらも見事と褒め称えたい。

 しかし……ああ、何故なのか。

 この力強き悪霊の王は、少しばかり雑すぎる。


 それが若さから来るものであれば、時間が改善してくれる余地はあるだろうが……この王はその雑さを問題としない、全てを跳ね除けてしまいそうな圧倒的な地力を備えている。

 これでは成長の余地は無いだろう。それこそ、誰かに敗北を喫するまで。


 だからこそ彼は、悪霊の王が持つ力と能力を内側からじっくりと観察し……改めて惜しいと感じた。

 技術的に未熟な状態ですら己を打倒したこの王は、間違いなく“最強”に届き得る資質を備えている。

 しかしこのままでは圧倒的ではあるかもしれないが、己の知る“最強”を打倒するには……いくらか足りないであろうなと、彼は考えた。


 しかし……と、即座に己の考えを否定する。

 彼は悪霊の王の底も“最強”の底も見る事ができていない。どちらの方が上なのかなど、結局の所戦ってみなければ分からないのが実情だ。

 そして、だからこそ――――気になる。

 己の力を……いや、己の全てをモノにした悪霊の王が、己の知る“最強”に届き得るのかが気になる。


 だから、早く己を見つけてくれ。

 その時こそ――――最強を目指して羽ばたく、飛翔の時なのだから。







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