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迷宮の王をめざして  作者: 健康な人
二章・四人の敗北者編
67/72

語る想いは……

遅くなって申し訳ありませんでした。


誤字修正しました  7/7

 青い月に照らされた崩れた城の頂上部、対峙しているのは二つの影。

 一つの影はその部屋で一段高い場所に作られた玉座に腰掛け、もう一方の影を見つめる死人のように青白い肌を持つ長髪の女。

 一つの影はほぼ体全体を隠す外套を羽織っており、外套から覗く僅かな隙間に見えるのも鎧。まるで正体を隠すかのように念入りに姿を隠しており、外見は当然の事して性別すら分からない。


 しかし女は正体不明であるはずの影に向かって、まるで久しぶりに再会した友人に声をかけるかのように嬉しげに声をかけた。


「ああ、ようやく見つけましたよ。私に足りないモノはあなただったのですね」


 青い月光に照らされた死人のような女が口を開く。

 女の声は間違いなく美しい音色であるはずだが、そこには魂の輝きが無かった。

 一言で言い表すのであれば、それは燃え尽きてしまった後の残り滓。真っ白になってしまった灰が、月光のもたらす青い光を受ける事で辛うじて青と言う色を保っているかのようであった。


「――――」


 しかし正体不明の影は女の言葉に応えない。

 人違いだと否定する事もなければ、久しぶりだと返事を返すわけでもない。

 特に警戒しているような雰囲気は無く、どちらかと言えば疑念が先行しているような雰囲気を発している。言葉を発していない正体不明の人物の雰囲気をそれをあえて言葉にするならこうである。


 ――どこかで会った事があったか?


 と。しかしそれは女に向けられた疑念ではあるが、女に問おうとしている疑念ではない。

 どちらかと言えば自分……記憶を掘り返してこの女の事を思い出そうとしている感じである。それでいて一人にしか見えない人物が、誰かに確認をしているような間があった。

 一言で言えば意識が女に向いていないのだ。最初から返事をする気が無いとも言えるかもしれない。


「会った事はありませんが、私はあなたを知っています。この『眼』でずっと見ていた、と。そう言えば分かってもらえますか?」

「――――」


 しかし女は正体不明の人物の雰囲気を読んだかのように会話を続ける。だがそれは正しくない。何故なら女は――


「ええ、聞こえていますとも。会話くらい出来なければ知識を交換する事すらできない。それは、とても不便な事ですから」


 正真正銘、会話をしているのだから。


「――――」

「謙遜するのはやめてください。あなたのその肉体はとても素晴らしいものですよ? 誇っていいと思います。まあ私以外に魂の入れ替えを行える存在が居た事にも……とても綺麗に魂が肉体に定着している事にも、正直驚かされましたがね」

「――――」

「『悪霊』である事を隠していると『聞いた』から、わざわざあの人間を引き離したのですが……まあ、あなたがそう言い張るならそれでもいいでしょう」

「――――」

「確かに、少し話がそれたかもしれませんか。では言いたい事だけ言わせてもらいましょう。……私はあなたが望む容姿を持った入れ物を作ります。あなたは私の魂を入れ物に定着させてくれればそれで良い。どうです? あなたは人と共に行動する程度には人に未練があるのでしょう? 悪い取引ではないと思いますが」


 両者を見た時、話しているのは女だけだ。

 女が言葉を発し、区切り、しばらくしてまた女が口を開く。

 それを繰り返しているようにしか見えないが、女の言葉を聞く限り会話らしきものは成り立っている風に見える。


「――――」

「……信用できませんか? まあ当然の反応と言えばそれまでですが……これを見てもまだ、信用できないと言いますか?」


 そう言い女が腕を振るう。

 すると玉座に腰掛けている女の横の空間が縦に裂け、そこから質素ではあるが美しいドレスを身に纏っている、青い瞳を持った女が現れる。


「ソフィー、この方にご挨拶なさいな」

「……お久しぶりです、と言うほど久しぶりなわけではありませんが……まあ形式上はお久しぶりです、と言う事になるのでしょうか。こんにちは、名も知らぬ討伐者様。先ほどご紹介いただいたソフィーと申します」

「――――」


 玉座に腰掛ける女にそう言われた女……ソフィーは、正体不明の人物を討伐者と呼び挨拶をした。

 片足を斜め後ろの内側に引き、もう片方の足の膝を軽く曲げ、背筋は伸ばしたまま挨拶をするその様はどこか貴い人物のような気品が漂っている。

 その様子に満足した玉座に腰掛けた女はどうだと言わんばかりに言葉を続ける。


「見事なものでしょう? この子は私の人形の中で最も出来が良いお気に入りなの。容姿が良いのは当然のこととし、知能も技術も気品も何処へ出しても恥ずかしくないものですし、力も安定性もそれなりのものです。他の出来損ないと比べたならば、人格と言えるモノも安定していますから、それこそ『完成形』と言える完成度ですが……まあ、そろそろ寿命でして」

「――――」

「魂の乖離とでも言いましょうか。魂は時間と共に力と輝きを増していくのに対し、肉体は時間と共に衰え劣化していく。言ってしまえばそれこそが生物を死へと追いやる過程なのですが、私たちはその事を理解しながら完全には克服できなかった。こうして劣化し難い肉体を作り出してみたのですが、成長する魂との差はどうしても生まれてしまう。そうなると、やはり魂の乖離は起こってしまう。寿命は格段に延びましたが、永遠には程遠い」

「――――」

「……また話がそれてしまいましたか。話を戻して一言で言ってしまえば、私も入れ物を欲しているのですよ。こうして幾つもの『人形』を作り出してしまうぐらいには本気で、ね。……まあ結果はここに来るまでに見た通り、この子以外は失敗作ばかりでしたが」

「――――」

「ですが私はこのような『入れ物』を作る事ができる。しかし『中身』を『入れ物』に永久的に定着させる事はできない。逆にあなたは『入れ物』を作る事はできないが、『中身』を『入れ物』に定着させる事ができる。ですから手を組もう、知識の交換をしようと言っているのです。あなたは人間の容姿の入れ物を手にし、私も安定している体を手に入れる事が出来る。利が一致しているのですから、裏切りはありえないと信じてくれましたか?」


 一方的に話し続けていた女が言い切ったと言わんばかりに満足そうに口を閉じる。

 女が口を閉じた事で部屋の中に静寂が訪れ、廃墟のように見える部屋の中を青い光が緩やかに満たしていく。そして次の瞬間――


<お前如きが失敗作(連中)を語るなよ>


 空間全体を揺らすような『声』が辺りに響き渡った。



  ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇



 正直に言えば最初はこの女を見た時の思いと言えばずいぶんと馴れ馴れしい女だ、何処かで会った事があったか? まあ玉座に腰掛けているのだからこの魔女の城の主、つまりは魔女なのだろう、と。その程度の認識であった。


 だが女が俺と会話が出来る、知識の交換が出来ると言い出した辺りから訳が分からなくなってきた。

 こちらの意思が伝わるのであれば、と思って返事を返してみたがどうにもかみ合っていない。


 分からない、何の事だ? つまり何が言いたいんだ?


 それを繰り返し口にしたのだが、女は一人で納得して言葉を続け、何を言っているのか意味が分からない状況が悪化していく。

 ソフィーが現れた時点で俺の混乱は頂点に達し、女が話す言葉の難解さも頂点に達している。俺には、この女が何を言っているのか全くわからなった。……しかし女が発する言葉の中、そこだけ女の声が大きくなったかのようにはっきりと聞き取れる言葉が存在していた。


 ――失敗作。


 そしてその言葉を聞いた瞬間、俺の中で何かが燃え上がった気がした。そう――


 ――雄雄しく猛る、猛火のような怒り(意思)が。


 だからなのだろうか。

 女の言葉に答えるように、俺は言葉を口にしていた。


<お前如きが連中を語るなよ>


 俺が言葉を発した事で、静かに燃え広がっていた怒りの感情は怨霊と言う形を得て世界に現れる。

 これまで感じた事のない凄まじい密度を持っているそれは、純粋な殺意と憤怒のみで形作られた夜の闇さえも黒く染め上げる漆黒。

 そして俺が纏った漆黒から立ち昇る、この女を殺させろと言う怨嗟の声。

 死にたくないと言う怖れから来る(防御的)物ではない、殺させろという純粋すぎる必殺(攻撃性)の具現。

 この怨霊たちは、目の前の女を殺せるのであれば感涙を流しながら悪魔()に魂を捧げるだろう。


 しかし、女は俺の様子を見ても態度を崩さない。

 むしろ俺の様子を見てさらに目を輝かせ、これこそを見たかったとばかりに声を出す。


「あなたの能力の本質はそちらでしたか。広げるのでも大きくするのでもなく、重なり合いながら深く重く落下していく。なるほど、そんな姿をしているわけです。あなたは人にならないのではなく、なれないのですか。ああ、確かに致命的な間違いです。言い訳のしようも無く完全に見誤ってしまいましたよ」


 そう言い、女が始めて玉座から腰を上げる。

 より俺を見下ろしやすいように、視点を上げて見下してくる。


「ですが、何処かでこうなる事を望んでいたような気もする。磨かなければ輝きは失われてしまう。そう、今の私のように」

<お前は、自らが輝いているつもりなのか? 俺にはお前が灰に見える。燃え尽きている。終わっている。形だけが辛うじて人の姿を保っているだけに見える>

「灰ですか。なるほど、中々的確なご指摘です。……ああソフィー、このお方の連れの方を殺しておきなさい。もう不要でしょう」

「…………はい」


 女がそう口にし、ソフィーは現れた時の行動を逆に行うように空間の裂け目に消えていく。


「……目の前で仲間を殺すように命令したというのに手を出さないのですね。それほどの力を垂れ流しておきながら、技を見せるのは嫌でしたか? 冷静なのか……それとも彼と彼女はその程度の重要性なのか。一体どちらですかね?」

<俺がソフィーを殺してしまったらザックも納得できないだろう>

「だから見捨てると?」

<いいや……>


 剣を抜き、振り下ろすと同時に女の言葉に応える。


<お前が死ぬほうが早い>


 言葉と共に地面が裂ける。

 俺が剣を振るった延長線に存在する物全てが夜のような漆黒に塗りつぶされ、後には何も残らない。

 壁は大きく裂けており空に浮かぶ青い月がより見やすくなっている。だが――


「手と口が同時に出るのは野蛮だと思いますがね。合図をしろとまでは言いませんが、せめて話し終わってから手を出してはどうです?」


 青い月が照らし出す光の中、女はなんでもないと言った風に宙に浮いている。

 食った(当たった)感覚は確かにあったはずだが、何故こいつは無事なのだろうか?


「……いきなり大声で話し出したと思えば次はだんまりですか」


 そんな事を女が口にしているが、こちらとしてはもう女と話すことなど何も無い。さっさと殺してザックの援護に向かうとしよう。


『石像の話を聞けてませんが、このまま殺してしまっていいんですか?』


 別にかまわないだろう。それにザックの事もある。聞きたいことがあれば、こいつを殺してからソフィーにでも聞けば良い。第一、こいつは不愉快だ。


『まあ、確かにソフィーさんが生きていれば何かは聞けますか』


 まあジズドが何と言おうとこの女は殺すつもりなのだがな。

 だから、さっさと死ぬが良い。


 剣を横に振り更なる一撃を加える。

 俺の一撃を受けた壁は完全にその形を崩しており、俺の視界を遮る物は何も存在していない。

 崩れ去ったこの場から見下ろすと、天空に浮かぶ青い月とそれを映し出す湖面が移っており幻想的な雰囲気を演出している。


 そして、そんな崩れ去った城の一部と湖の間には、未だに余裕の表情を浮かべている女が存在していた。

 先ほどの一撃も、最初に放った攻撃と同じように手ごたえはあった。あった筈なのだが、何故か女は生きている。一体どんな仕掛けがあるのだろうか。


「たった二太刀で私の城をここまで破壊するとは、呆れるほどの馬鹿力ですね。……ですが、技と呼べるようなものは何も無い。力で押すだけならばやりようなど幾らでもあります」


 ……だから何だと言うのだろうか? 勝ってしまえば何でも良いではないか。


 巨大な剣ではなく、長大な槍を。

 吹き飛ばし粉砕するための力ではなく、切り裂き貫く鋭さを。

 その思いに答えるように、俺が垂れ流している怨霊が俺の持つ剣を中心にして細長い棒のように収束していく。


 黒く細長い一本の槍と化したそれを、俺は女の体の中心目掛けて突き刺した。

 何の抵抗も無く女を貫き、突き刺さったそこから女を食っていく。だが――


「これでは私を殺すには足りませんね」


 何故だか女は平然としている。

 食った感触は確かに有るはずなのだが、全く効いている様子が無い。


「完全な支配には至りませんでしたが動きぐらいは封じる事ができましたし……どうやら私の勝ちのようですね」


 そう女に言われて気がついたが、俺が突き刺していたと思っていた怨霊の槍が殆ど動かなくなっていた。

 いや、怨霊の槍だけではない。

 体全体がかなり重くなっている。まるで何かが俺の動きを押さえつけているかのようだ。


「これで終わりです」


 女の言葉と共に青い月の輝きが増す。

 全てを覆いつくし、照らしながらどんどんと圧力を増していく。

 そんな青い月が放つ光に当たっていると、何故だか分からないが少しずつ力が抜けていくような感覚を覚えてしまう。まるで太陽に焼かれて水が欲しくなる感覚だ。理由は分からないが、何となく飢えのようなものを感じる。


(魔力の吸収か。レクサス、どうするつもりだ?)


 どうすると言われてもな。

 動く事が難しいのだから、取れる行動など一つしかない。


「生きるために魔力が必要なあなた達悪霊にこれは効くでしょう? このまま死ぬまで吸い取ってあげますよ」


 この女を枯らせば良いだけではないか。


<出て来い。お前たちはもう、女に触れているぞ?>


「いきなり何を…? なっ!?」


 俺の言葉に応えるように、細長かった黒い棒から怨霊が溢れ出す。

 鍛え上げられた屈強な男の人型、ここに来るまでに食った存在が、黒い泥となって女にしがみ付いていく。

 怨霊の槍が突き刺さっている腹から腰にかけて手を回し、槍を抜けないように固定している。重さを持っているかのようにどろどろと溢れ出している怨霊は、まるで女を湖面に引きずり落とすように落下しながら足を引いている。

 女の体に触れながら、上を目指して女の体を這い上がっていく。


「くっ……! 離しなさいっ! べたべたと気味の悪い!」


 女はそんな事を口にしながら怨霊を引き剥がそうと必死になっているが、次から次へと溢れてくる屈強な男の怨霊は女の細腕二本で対処できるような数でも質でもない。

 その事に気付き槍を引き抜こうとしているようだが、槍を押さえている太い腕のせいでピクリとも動かせていないようだ。


「力が、抜ける……? まさかこの怨霊、私の魔力を?」


 そうして女が怨霊と戯れている間に体から力が抜け去るような感覚が消え、代わりに体に力が張ってくる。そしてその感覚に合わせるように周囲が暗くなっている事に気がついた。

 何だと思い女から視線を外して上を見てみると、昼間のような明るさを提供していた青い月が輝きを失っている。何かの技だろうか?


 そんな事を考えて少しだけ身構えるが、その俺の警戒など知らんとばかりにアリエルが納得したような声音で言葉を発した。


(……なるほど、この女の力の正体は(あれ)か)

『どういう事ですか?』

(この女、己の力をあの青い月に移し替えていたようだ。……いや。これまでのやつの技を見る限り、力を移したのではなく自らの力と技で戦闘を有利に進めるための補助的な物としてこの月を作り出した、と言った方が正しいのかもしれんな)


 そんな事ができるのか?


(こうして実在しているのだ、不可能ではないのだろう。力の大本が女の体に宿っていなかった故にお前の業が効き難かった様だが……この女が色を出したせいで地力の差が出たな。食うつもりだった相手に逆に食われてしまえば小細工など意味はあるまい)


 そんな風に話している間にも月は輝きを失っていく。

 青から白へ。白から灰色へ。そして、灰色から黒へ。

 青かった月が黒く染まり、闇を照らすべき光を失った夜がその深さを増していく。

 それは夜の中でさえ目立つ、黒い点として天空に君臨する黒い太陽そのものだ。


「……なに、よ。この……力? 私は、こんなの……しら、ない……あなた……何を、やったの……?」


 そんな風に女よりも天に浮かぶ月の方に気を取られていた時、少しだけ腕に衝撃が走った。そしてそれに続くように下から声が聞こえる。

 その声に釣られて下を向いてみると、息も絶え絶えと言った体ではあるが、何時の間にか怨霊を振り払っている女が口を開いていた。


 驚いた。まだ生きていたとは。


(お前に全ての力を食い尽くされるぎりぎりのところで力を体に戻したようだな。まあその力も怨霊どもを振り払うために使って殆ど無いような状態故、死に体に変わりは無いが)


 なるほど。しぶとさはかなりのものと言う事か。

 とは言え、所詮は生き残っただけ。力を失いぼろぼろになっているその様はいっそ哀れなものだ。


 服ははだけて布切れになり胸元を隠す事すらできていない。青白かった肌は完全に死人のようなものになっており、生きているのか死んでいるのかの判断がつかないほどだ。

 呼吸をするのさえやっとと言った風を隠す事すらできなくなっており、何故生きているのかさえ疑問に感じてしまう。

 もはや玉座から俺を見下ろしていた雰囲気は欠片も存在しておらず、完全に格下の存在だ。


 だから俺は、この女に止めを刺そうと剣を振り上げ――








ご意見、ご感想、誤字脱字など気軽にご報告ください。



遅くなった上に、魔女を生かすか殺すかで未だに迷っててめちゃくちゃ中途半端になってしまった……本当に申し訳ありません。


じ、時間が無くてですね…(長いので言い訳は活動報告で)


次回で決着付けます。

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