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迷宮の王をめざして  作者: 健康な人
二章・四人の敗北者編
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魔女の城の城下町

誤字修正しました  5/25

 そんな、やる気が無いとしか思えないスイの一言が、内側から湧き上がってくるような飢餓感に似た何かを霧散させた。


(『まずは』森を抜けると言ったはずだ。当然、次はここの主を探す)


「……デモ……ココ、アブナイ……」


 だから帰らせてくれ、と。

 そう再び言葉を続ける事こそ無かったが、間違いなくその意思が宿っている言葉を俺たちに投げかけている。


(それぐらい分かっている。用があれば声をかける故、それまではザックと共に後ろに隠れていろ)


「…………ワカッタ……」


 何時もよりも僅かに長い沈黙の後、了承の返事をしたスイは俺の後ろへと引っ込んでいった。

 スイが後ろに控えてくれるなら、何かに惑わされる事はなくなるはずだ。嫌がっているスイには悪いが、やはり道に迷わないという事は安心できる。


 ……それで結局の所、ここが魔女の城で間違いないのだろうか?


『ほぼ間違いなく魔女の城ですが、確証はありません』


(確証など無くとも入れば分かるだろう)


 まあ、確かにその通りだな。

 ここでいくら考えたところで答えなど出ないのだし、ザックに注意してから入ってみるか。


 ザック、気になる所はどんどん言ってくれ。それと、危ないと思ったら俺を盾にしてかまわない。


「盾って……んなことしていいのかよ?」


 お前に死なれる方が問題だからな。


「そうかい。じゃあ、そうさせてもらうわ」


 まあ、俺を傷つける事ができる存在などそう居るわけでもないしな、と。

 ザックが返事をしたのを確認し、自分なりの結論を下して町へと足を踏み入れた。



  ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇



 開いた城門を一歩潜ると夜の闇が一瞬で取り払われ……それと同時に、轟音と共に城門が落下した。そして退路がなくなった代償とでも言わんばかりに、一瞬で夜と昼が入れ替わる。

 町の中央であろう城の真上に存在する青い月が、昼の太陽のように町を支配していた。

 ……そして俺たちが町に足を踏み入れたのと同時に、幽鬼のように何かを求めて彷徨っていた男たちがグリン、と凄まじい勢いで一つの方向を振り向く。男たちの何も映していないかのような瞳が見ているのは、当然のように俺たちであった。


「……か…………だ……だ……」

「…………ら……………だ……」

「……か…………だ…ら………」


 何かをぶつぶつと呟きながら、ゆっくりとこちらに近づいてくる。

 じゃりと地面で足をこすり、何も無い所で躓き転ぶ。そして受身を取る事無く顔から地面にぶつかりながら、ぶつぶつと何かを呟き続ける。這うように腕を使って俺たちの方を目指し、ゆっくりと上げられた顔には涙さえ浮かんでいた。

 はっきり言って、かなりやばい。狂気を感じる。これは最早人ではないのだと、一瞬で理解できた。


「からだ、からだ、からだ、からだ、からだ、からだ、からだ、からだ、からだ」

「からだ、からだ、からだ、からだ、からだ、からだ、からだ、からだ、からだ」

「からだ、からだ、からだ、からだ、からだ、からだ、からだ、からだ、からだ」


 体。

 近づいてきた幽鬼のような男たちが発していたのは、その一言だけであった。

 飽きる事無く延々と体、体と喋り続けている。


(体? 何の事だ?)


『……見たところ肉体の欠損はありません。この人たちの言う体と言うのは、肉体の事を指しているのではないのでは?』


 アリエルとジズドがそんな事を話している中、地面を這いずる男が俺の脚に触れた……瞬間、男の肉体が砂になったかのように崩れた。

 さらさらと風化し、風が吹いていないはずなのに空気に溶けるように形を崩す。男がいた場所に残ったのは、ぼろきれのような布と色々と欠けてしまったせいで元の形から外れている武具だけであった。

 そしてそれと同時に、何かが俺の体の中に流れ込んできたような気がした。それは一滴だけ水を口に含んだかのような、そんな感覚だ。


「お、おお……おおおぉぉおお…………」

「おおおおぉぉぉ……おおおおぉぉ……」


 崩れ去った様子を見た他の男たちが、涙を流していた。

 その涙は『歓喜』なのだと、何かが俺に語りかけてくる。


(食ったのか?)


 いや、食ったと言うよりは勝手に口の中に入ってきたと言うか……


『口の中に入ってきた?』


 ……言葉にするのは難しい。


 俺は食っていないのに、何時の間にか食っていた。

 言ってしまえばこれだけの話なのだ。これ以上の事をどう伝えたらいいのか分からない。


「……おい、大丈夫なのか?」


 そんな風にアリエルたちと話し、この感覚をどう伝えるべきかを考えていると心配……と言うよりは不安そうな調子の声でザックが話しかけてきた。

 その問いに問題ないと言う意味を込めて頷いておく。


「はぁ、びびらせんなよ。怨霊か何かに乗っ取られたのかと思ったぜ」


 ……怨霊?

 怨霊……怨霊か。


 もしかしたらこいつら……怨霊なのか?


『でも同属って感じはしませんよ? とは言え正気には見えませんし、狂っただけの人間じゃないんですか?』


 アリエルはどう思う?


(何となく歪な感じはするが……まあそれだけだな。おそらく人間だろう)


 アリエルとジズドが同じ意見か。

 そうなると、こいつらは人間と言う事になるんだろうが……ザックの発した怨霊と言う言葉が気にかかる。……一応、ザックにも聞いてみるか。


 ザック、お前はこいつを何だか分かるか?


 俺の脚を、涙を流しながらべたべたと触りまくっている男たちを無視してそんな事をザックに問いかける。


「俺が分かるのは、こいつらの見た目は人だって事ぐらいだな」


 怨霊には見えないか?


「怨霊……? ああ、俺が言った事あれか。ありゃあんたが急に動かなくなったから言っただけだ。肉体が滅ぶまで酷使して、それから別のやつの体を乗っ取るっつうのが怨霊だろ? あんたが乗っ取られてないんなら怨霊じゃないんだろ」


 ……それはまた、何ともいえない判断基準だな。


「まあ、とりあえずの害が無いんならこいつらは無視でいいじゃねぇか。俺はこいつらよりは女が気になる。この女たち、なんで何も反応しねぇんだ? 俺からすれば何も反応しねぇこいつらの方が不気味だぜ」


 ザックにそう言われ、俺はようやくこの町に女が居たことを思い出した。

 男たちが蠢く下ばかりを気にしていたが、女たちが気になり視線を上に向ける。


 視線を上げたそこに映った光景は、ザックが言ったように確かに異常であった。

 女たちは、俺たちなど目に入らないとでも言わんばかりに何事も無いかのように町を歩いている。

 風化した男の事も、そこに立ち会った俺たちの事も、全てを無視して。

 食材を買っている女は買い物を続け、仲良く話している女は笑顔を貼り付け話を続けている。客を呼び込む女の声は止むことなく、代わる代わるに品揃えを確認している女もまた同じく……視界に映るありとあらゆる女たちが、それぞれの役割を持ってこの町を回していた。

 その様子を見ていると、こう思ってしまうのだ。


 まるでそうする事が当然であるように。定められた役割を全うするだけの、人形のようである、と。


 町を眺めた俺の思考の片隅に、誰の物とも分からないそんな思いが心に浮かんだ。

 そして思考に浮かんだその思いを、何故だか無性に確認したくなった。この町に住んでいるモノたちは、本当に人形なのかと言う事を。


 ザック、この女たちからこの場所について何でもいいから聞いてくれないか?


「ん? まあ、かまわねぇが……話す相手はあんたが選んでくれ。こいつならいきなり襲い掛かってきても絶対大丈夫だ、って言い切れるやつで頼む」


 ……どれだけこの女たちを怖がってるんだ、ザックは。


『まあ、何があるか分かりませんからね。この場所や人について、ある程度予想が付くまでは手を出さないのが普通でしょう』


 ……確かにそうだな。

 まあとにかく、話す相手を選ぶとするか。相手は……ちょうどよく一人で居る事だし、あそこの女でいいか。


 かなりの数が足元に集まってきたためいい加減鬱陶しく感じたため、男を適当に払いのけて一人で歩いている女に近づく。

 しかし女に近づいてみて気付いたが、女の瞳は意思を宿さないガラス玉のようであった。その表情は俺の心に浮かんだ『人形』と言う感覚を後押しする。


「……なあ。こいつ生きてんのか?」


 どうやらザックも同じ疑問を感じたようだ。

 まあ、この女の状態を見れば当然か。何も映していないこの目は、どう見ても死人のそれだ。探索者や討伐者をやっていれば一度は目にするだろうそれなのだ。


 とにかく話してくれ。そうすれば分かる。


「そりゃそうだけどよ……まあ、とにかく話してみるか。その代わり、変な事にならないようにちゃんと頼むぞ?」


 その言葉に頷き、ザックの横に控える。

 俺の動きを確認したザックは、一度深呼吸すると知り合いに話しかけるような気軽さで女に向かって話し始めた。


「おねぇさん、ちょっと聞きたいことがあるんだが、今時間いいか?」


『……これは流石に、不自然すぎませんか?』


 ……確かに、俺とザックのやり取りを目の前で見て何の反応もしないような女にかけるような言葉ではないと思うが、全く知らない人間に話しかけるならこんな物じゃないか?


 ザックが女に話しかけた瞬間、作り物のようであった女の瞳に意思の光が宿る。

 そして俺とザックを交互に見回し、何かに納得したような笑顔を見せて口を開いた。


「ここは魔女の城の城下町、その入り口ですよ!」


 と。

 聞いてもいない事を口走り、再び表情と意思の光をなくして道を歩いていった。


 そんな、ある意味において男の行動よりも意味の分からない女の言動に呆けてしまい、俺たちは女が立ち去っていくのを見送ってしまう。


「……なあ、今の……ありゃ、なんだ?」


 そして俺より早く立ち直ったザックが、当然の疑問を口にした。

 ……とは言え、聞かれたところで俺も分かっていないのだが。そう、俺は女の反応が理解できず、この状況を何も理解していない……はずなのだが――


 分からん。もう少し試してみるぞ。


 俺の直感は、これを繰り返すのが正解であると告げていた。


「……マジか。俺としちゃ、ここの女にゃもう関わりたくないんだが……」


「おおお、おおおおおおお……」


 そんなザックの返事に合わせるように、俺の脚をべたべたと触っていた男の一人がまたしても砂になって消滅した。


「……そっちも何かおかしな事になってるしよ」


 男より女が気になる。お前もそう言っていただろう。


「いやまあ、確かにさっきはそう言ったがよ……さすがに二回続けてってなると無視するわけにはなぁ」


 問題ない。


「いや、問題ないって……」


 大丈夫だ。


「……ほんとに大丈夫なのか?」


 ああ。


「……はぁ……分かりましたよ。適当に話せばいいんだな?」


 ああ、頼む。


『ザックさんじゃありませんが、本当に大丈夫なんですか?』


 大丈夫だと言っただろう。それとも、俺がおかしくなったように見えるのか?


『いえ、そうは見えませんけど……』


(ジズドよ。お前もザックも気にしすぎだ。例えこれが罠であったとしても、どれほど強力な猛毒でも湖に一滴垂らすだけでは全ての水を汚す事はできない。当然、その湖に住む怪物を殺す事など出来るわけがない)


『それは……まあ、そうかもしれませんが……』


 アリエルとジズドがそんなやり取りをしている間に俺の隣に立ったザックは、二人目の女に声をかけていた。

 ザックが声をかけた言葉は、先ほどのモノとほぼ同じ。

 そしてそれを聞いて笑顔と意思の光を浮かべ、女が口を開く事までは同じであった。


「町の中心にある大通りをまっすぐ進めば魔女の住む城につきますよ!」


 そして、語られた内容は異なっていた。

 しかしその後の反応は同じであり、再び意思の光と表情を失う。

 ……そして女の反応が終わると共に、俺に触れていた一人の男の体が崩れ去った。


「……もう一回か?」


 もう一回だ。次は続けて話しかけてくれ。


「ああ……」


 ……


「魔女に会うには強い力が必要なんだよ!」


「待て、お前は何で聞いてもいないことを答える?」


「…………」


「おい聞いてんのか?」


「…………」


 ザックに話しかけられた女は最初の一言だけを答え、それ以降は何の反応も示さなかった。

 ……そして再び、俺に触れていた男が崩れ去る。


「なぁ……」


 次からは一度話しかけるだけで大丈夫だ。続けてくれ。


「…………ああ、よし、わかった。そうだな。びびってばっかじゃ何もできねぇからな、うん。もう何もいわねぇよ。あんたが満足できるまで話しかけてやるよ」


 ザックは自分に言い聞かせるような言葉を発し、次の女に話しかけ続けた。


 ……


「魔女の城には正面門からしか入れないよ!」


「魔女の城は危ないから、近づいちゃダメだよ!」


「出口はないよ!」


 そして何人目かに話しかけた時、女たちの反応が変わった。

 話しかけていないはずの女たちも、その無表情な顔に微笑を浮かべ、その微笑を向けられた足元の男たちが全て砂に変わる。男たちの体であった物から黒い靄のような何かが現れ、俺とザックの体に纏わり付こうとし……一瞬で消滅した。

 まあ、要は俺の中に入ってきたのだ。こうも短時間で、何度も何度も同じ事が起これば流石に気付く。


 しかし女たちの笑みは止まらない。

 何時の間にか女たちの瞳は美しい蒼へと変わっており、その全ての瞳が俺たちの方を向いていた。

 作られたような美しい笑みを浮かべ、美しい不協和音を発し続ける。そしてお互いに顔を見合わせ、俺たちなど完全に無視して会話を始めた。……全ての女が、だ。


「魔女様に会わないとこの町からは出られないよ!」


「ずっとずっと、ここに居るんだ! 魔女様に会えないからここに居るんだ!」


「あはは、あはははは! あなた達も一緒だね! ソフィーたちと一緒だね!」


「でも違うよ? ソフィーたちとは形が違うよ? 魔女様とは違うよ?」


「でも一緒だよ? ソフィーたちのと一緒だよ? 私のお人形さんと一緒だよ!」


「ソフィーのお人形と一緒?」


「ソフィーたちのお人形と一緒!」


「でも……ソフィーのお人形がなくなってるよ? これじゃあ形がわからないよ! もう何も作れないよ……魔女様に怒られちゃうよぉ……」


「なら新しく作ればいいんだよ! 私たちのお人形! 久しぶりに新しくなったお人形! きっと強くて大きいお人形だよ!」


「そうだねソフィー! お人形が新しくなったなら、ソフィーたちも怒られないよね!」


「そうだよソフィー! そろそろ昔のお人形もぼろぼろになっちゃってたし、作り変えるにはちょうどいい時期なんだよ!」


「「「「そうだよね、ソフィー! やっぱりソフィーはすごいよ!!」」」」


「「「「当たり前だよソフィー! だって私はソフィーなんだもん!!」」」」


 お互いがお互いの言葉に答え、最後に上がるのは気味の悪い笑い声。

 それは出来が悪くて下手糞な人形劇だった。

 これは全てゴミなのだ、と。誰に言われるでもなく理解できてしまう。

 そして、そう思ったのは俺だけではなく……


(……いいかげんにその耳障りな声を上げるのをやめろ)


 アリエルの一声と共に、視界に映った女たちの首が鮮血と共に宙に舞った。




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