かたり人
今回はちょっと短めです
少し修正しました 5/4
俺たちは特に何の問題もなく町に辿り付く事が出来た。
……
本当に、驚くほど何もなかった。
美しい見た目の女がこの人数。
護衛が居るとは言っても、その護衛も女。第一、護衛の数はそう多くない。いくら実力があろうが商隊全てを守りきる事は不可能だ。そして日用品を買い込んでいると言う事は、この道を定期的に通っていると言う事でもあるはず。
……これだけの条件が揃えば誰が何を仕掛けてきても可笑しくはない。
少なくとも何処にいるかも分からず、命の危険まで考えなければならなくなる魔物を襲うよりは相手にしやすいはずだ。なのに、何もなかった。
たまたま何も無かったとも思えるのだが……。何となく……本当に何となくなのだが、分けも分からずこれはおかしいと思ってしまう。何故なのだろうか?
「……なあ、聞いてるのか?」
……そんな、普段であれば考えないような疑問に思考を割かれ、ザックの言葉が耳に入ってきていなかった。
話を聞いていなかった事を伝えるために首を横に振っておく。
そしてそのまま周りの光景をゆっくりと見ると……改めてここの町がおかしいと思ってしまう。
視界に映るのはほぼ全てが女。
そして女たちは当然のように美しい。身に着けている服も高価には見えない安っぽい物なのだが、それが泥に塗れた花のような思わず『綺麗にしたい』と思わせるような儚さを演出している。それはまるで、そんな服を着ている事自体が女たちの演技のようだ。
……そして、数少ない男たちは筋骨隆々の彫像のようであった。
一言も発する事無く作業をしている男の目の前を露出の多い女が通り過ぎても表情どころか目線さえ動かない。
それはまるで男も女も、お互いがお互いを認識していないかのようだ。あるいは、あえて見ないようにしているのか。
……まあこの町の事情など何も知らないし、知っていた所でザックの話を聞いていなかったのは間違いないのだが。
「……まあ、あんたの気持ちは分かるがな。とにかく簡単に言っちまえば向こうが用意してくれた場所で一晩過ごしてから魔女の城に行くって事だ。つっても乗せて来てもらった馬車に戻るだけだし、俺はちょっとやる事があるから一緒に居る訳にもいかねぇんだが……ああ、心配しなくっても明日の朝までには絶対間に合わせる。で、その間の事なんだがあんた好みの話を知ってる爺さんが居るからその人の場所は教えとくわ」
ザックは矢継ぎ早にそう言うと地図のような物を書き始めた。
……そしてそれと同時に声を潜めてこの町の事を語りだす。
「……一応口頭でも伝えておくが、この通りを突き当たりになるまで進んで左に行けば間違いなく露天をやってる爺さんが居る。……で、この町に爺さんってのは一人しかない」
……老人が一人しかいない? どういうことだ?
「まあ俺は一人しか見た事がないってだけで、もしかしたら他にも居るかも知れねぇんだがな。……とにかく、俺が言いたいのはそれだけだ。あんたほどの人なら大丈夫だろうが一応な」
ザックがそう言い終わる頃には彼が書いていた簡単な地図は完成していた。その地図は、先ほどザックが説明していたようにとても簡単な物だ。正直に言えば、この程度の物であれば説明だけでも良かったのではないかと思ってしまう。
ザックは笑顔でそれを俺に手渡し、先ほどまでとは違う軽い調子で口を開いた。
「いろいろ気になるのは気持ちは分かるが問題は起こさないでくれよ? まあどうしてもって言うならしょうがないがな」
じゃあ明日の朝にな、と。
そう言い残して早足でその場を立ち去ってしまった。……言葉を濁してはいたが、おそらくはソフィーの所に向かったのだろう。
『……レクサスさん。今の言葉、どう思いますか?』
どう思うも何も、そのままの意味じゃないのか? まあ、ザックの忠告は無視でいいだろうが。
今の俺が女に手を出すなんてありえないわけだしな。
『……そうですね』
そんなどうでもいい事より、ザックの言っていた老人とやらに会いに行ってみようじゃないか
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ザックに言われた通りに道を進んでいくと、古ぼけた敷物を敷いて目を閉じたまま座っている老人を見つけた。
……その老人は、まるで周囲に溶け込むように自然にそこに座っているようであった。
それはまるで老人がここに座る事でこの風景が完成するような……大地の裂け目に水を流し込めば川になるとでも言うかのように、当たり前すぎて気付かぬほどこの老人はこの町のこの風景に対して自然とそこに収まっている。
そんな事を考えていると、今気付いたとでも言うように老人がこちらを向いた気がした。
そう、こちらを向いた気がしたのだ。
老人は最初に目にした時と変わらず動いておらず、目を開く事さえしていない。息をしているのかも分からぬほどに、自然にそこに座っているだけだ。
だと言うのに、俺はこの老人が動いたように感じた。今の感覚は一体何なのだろうか?
「……これはこれは、今回は予想以上に面白い者が来たようじゃのぉ」
俺がそんな事を考えていると、独り言を呟く様に喋った老人は俺を視界の正面に納めるように顔を動かし閉じていた瞳を開いた。
老人の瞳は曇った空のような灰色に近い水色であった。見た感じではその瞳には何も映していないとさえ思えるのだが、今俺はしっかりと見られているとも思ってしまう。そんな、よく分からない瞳であった。
『……この人は何故私たちがここに来る事を知っていたのでしょうか?』
商隊の連中にでも聞いたんじゃないのか?
俺はジズドの問いに答え、改めて老人の全身を視界に納める。
……しかし、こうして視界に納めてみると先ほどのように見られていると言う感覚は無い。
「……そう威圧せんでくれるか? ワシももう少し若ければ血気盛んに斬りかかれたのじゃが、年寄りにそれは少し応えるわい」
……威圧?
(こちらの強さに気付いただけだ。力の差も分からぬ雑魚ではないが、一々気にするほどの事ではない)
「で、お前さんは何が聞きたいんじゃ? 今日はこれしかないぞ?」
そう言って老人が視線を落とす。
その動きに釣られて俺も視線を落とすと、その先には『魔女の城』と書かれた紙が置いてあった。……これが何だと言うのだろうか?
『なるほど。この人、かたり人ですね』
かたり人?
『伝承、伝説、噂話……お金を払えば色々な話をしてくれる人の事です。嘘作り、噂作りなんても呼ばれてますがお金を払う価値のある面白い話をしてくれるみたいですね。魔女の城はこれから行く場所ですし、嘘か本当かは分かりませんが少し聞いてみませんか?』
なるほど、面白そうだし聞いてみるか。
話を一つ聞くのはどれくらいの値段なんだ?
『私も詳しく知っているわけではないのですが……銅貨一枚で軽く、銀貨一枚で詳しく、金貨一枚で知っている事全て、だったと思います』
なら金貨一枚で良いか。
どうせ金は余っているのだし、わざわざ説明が少ない金額を選ぶ意味は無いだろう。
金貨を取り出し『魔女の城』と書かれている紙の上に置いてから、それを老人に向かって差し出す。
かたり人にどのように金を払うのかは知らないが、おそらくこれで伝わるだろう。
「ふむ……なるほどのぉ……」
老人は俺が差し出した金貨を珍しそうに眺め、何かを考え込むように目を細めている。
それほど金貨が珍しかったのだろうか? ……それとも、金貨を払うとは思っていなかったから詳しく話す事が無いのか?
「……あい分かった。一度しか言わぬから、よおぉく聞いておくのじゃぞ?」
老人はその後もしばらく何かを考え込んでいたようだが、覚悟を決めたとでも言わんばかりに魔女の城について語り始めた。
「……誰でも名前ぐらいは聞いた事があるであろう『不老不死』を求め、多くの者が無茶を繰り返していた時代の話じゃ。その時代に二人の男と二人の女、仲の良い四人の者たちが『不老不死』を手に入れたと噂が流れた。その力を求めた多くの存在と敵対した四人はやがて別の道を歩むようになったと聞く。一人の男は戦場に立ち、一人の男は国に戻った。一人の女は放浪の旅に出、一人の女は隠居を決め込み自らの城を作った」
「……そう伝えられておるが、四人の本当の行方を知るものは誰もいない。じゃが先の話の最後に出た『自らの城を作った女』は己の事を魔女と名乗っていたそうじゃ。そしてこの町の近くには、何時誰が呼び出したかも分からぬ『永遠の命が手に入る』と伝えられる『魔女の城』がある」
「……古くからこの町の近くに存在しながら、魔女の城についての言い伝えは少ない。大昔からある城に魔女が住んでいる事からそう呼ばれている。その城には満月の夜しか辿り付く事ができず、魔女に会う事で永遠の命を得る事ができる。噂話としてはその程度の認識じゃよ」
「……しかし魔女の城に近づくべからず。空に浮かぶ満月は魔性の瞳、夜を支配するのは未知の恐怖である。城の外には美しい人形が昼夜を問わず動き回り、城の中には人形に魂を奪われた屈強な騎士が動き回っている。ここまで知っておればよく調べた物じゃ。……何処から聞いたのかは知らんがの」
「……不老不死の昔話、魔女の話。同じ人物かどうかは知らぬが、ワシが知る限り魔女の城に向かい生きて帰った者はいない。しかし何故か魔女の城についての噂話は存在しておる。しかもその噂話は、まるで魔女の城を知っているかのように『永遠の命』と『それを手に入れる危険性』を説いておる。……何故かは分からぬがの」
「……ワシが知っておるのはこれだけじゃ」
老人は話す事は話したとでも言うように金貨を袋の中に入れると再び『魔女の城』と書かれた紙を自分の前に置いた。
……どうやら最初に言っていたように今日は『魔女の城』の話しかするつもりは無いのだろう。
ほかにどんな話を知っているのか気になるんだがな。
『今日は諦めるしかないんじゃないですか?』
まあ、そうなるか。
面白い話を聞く事ができたし、これでよしとするしかない。
……気になる場所も物も無いが、一応この町の他の場所も回っておくとするか。
そう判断を下し老人に背を向けると、明日の朝まで時間を潰すために町に足を向けた。
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