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迷宮の王をめざして  作者: 健康な人
一章・鉄の王編
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勝者と敗者

 ……やったか。


(こいつが鉄の王か。気に食わん男ではあったが、確かに噂通りの強さだったな)


 ……確かに、強かったな。何をされたのか全く分からなかった。


 アリエルの言葉に返事をしていると、今までの雨が嘘であったかのように空が晴れてきた。

 そして死者の都の惨状を確かな視覚として俺に見せ付けてくる。


 死者の都の城壁さえ両断している巨大な破壊の爪痕。

 美しかった氷の草木は粉砕され、白い雪は押し流されててしまっている。そしていたる所に大穴が開き、まともな場所でさえ巨大な拳に押しつぶされたように一段下がっている大地が視界を埋め尽くしていた。

 ……そしてそんな惨状の死者の都では、当然のように俺たち以外誰の姿も見つけることは出来ない。


 ……炎帝には逃げられたか?


(消し飛ばしたかもしれん)


『……まあどちらにしても、もうここには居ないのではないでしょうか?』


 それもそうだな。


 ……まあそんな事を考えるよりは、メディアとスイに後始末を任せるために彼女たちに会いに行く事のほうが重要か。



  ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇



 部屋の中に居るのは二人の人物。

 深い皺の刻まれた老人と騎士鎧を着込んだ壮年の男。

 どちらの表情も険しいものであり、重々しい雰囲気が歳以上に老けたような印象を与えてくる。


「……要するに、鬼族の方は死亡し炎帝が負傷。撤退しようとしたが転移も発動できず、しかし何とか逃げ帰ることに成功した、と。簡単にまとめてしまえば、そう言う事でいいのですかな?」


「まあ、そうなるの」


 その言葉に壮年の男が大きく溜息をつき、座っていた椅子に深く腰掛けなおした。椅子に体を預け、視線を宙に向けながらつぶやくように小さな声で話始める。


「…………まさか、こうもあっさりと返り討ちにあうとは……考えてもいませんでしたよ」


「……」


「ですがまあ、あなた方が生きて帰って来てくれてよかった。あなた方が全滅など、何を言われるのか……考えたくもありません。今後の事もありますし」


「……やはり、ここを放棄する選択は出来んと言うことか」


「ええ、残念ですが。……ここにはすでに大量の人が居、金があり、土地がある。仕事と適度な刺激があり、それでいて一攫千金を狙える。私たち騎士団が引き上げたとしても、既に出来上がったそれらは何の問題も無く機能してしまう。最悪、適度に人が減った頃に賊どもの巣窟になる可能性だってある」


「だから手放せんと?」


「表向きは、ですよ。上は別の考えもあるようですが……まあ、表向きとは言え理由は理由です。私たちとしても都合が良い。ここで私たち騎士団だけが引き上げるなど、散っていった者達に合わせる顔が無くなってしまいます」


「それは総意なのか?」


「ええ、当然です。元々ここに来た者たちは皆がそういった考えを持っているのですよ……当然、私も」


 上を向いたまま老人と会話を続ける男の表情を見ることは出来ない。

 しかし確かな決意を秘めたよく通る声は、誰かを守る事への誇りが感じる事が出来る。

 ………誰も見ることが出来ぬその瞳に僅かな狂気を宿したまま、男は今後について思いを馳せるのであった。



  ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇



「……ここは……」


 目を開けた時、真っ先に目に入ったのは見慣れた天井であった。

 何時もの天井。今日起きた時も一番最初に視界に入れた天井だ。


「ガング、気が付いた?」


 聞きなれた声が傍から聞こえる。

 ああ、こいつは無事だったか。まずは一つ安心できた。


「……テオ……あの後、どうなった?」


「鉄の王って人が急に現れて、喰らう者と戦い始めたからその隙に逃げたんだ。誰も死んでないよ」


「……そうか」


「……ガング……その……」


 あまり元気とは言えない声音で、口篭りながら何かを伝えようとしている。

 ……まあ、ほぼ間違いなくこいつは俺を慰めようとしているのだろう。

 鬼族が先走った事。連携が取れなかった事。敵が一体ではなかった事。……テオを庇いながら、戦った事。

 勝てなかった理由など……言い訳など、いくらでも口にすることが出来る。

 だが、俺自身がそんな事は思っていない。


 元々俺一人でも戦うつもりだった相手だ。

 共に戦ってくれた仲間に感謝をすることはあっても、負けた理由にはしたくない。するつもりもない。

 テオもそれが分かっているからこそ、上手い言葉を見つけることが出来ないのだろう。

 ……それでいて俺に何か言葉をかけようとするのは、こいつ優しさゆえだ。


「「…………」」


 お互いに無言になり、何となく嫌な雰囲気が部屋の中に溜まっていく。

 ……その主な原因は俺なのだから感謝の言葉の一つでも口にしてしまえば良いと言うのに、こんな時に限って口を開く事を躊躇ってしまう。


 ……何をやっているんだ、俺は。


「……テオ、ありがとよ……」


「……え?」


「あの傷だ。お前がいなけりゃ、間違いなく死んでた。……助かったよ」


 腕どころか魂の一部が切り飛ばされたような、声を上げる事さえ忘れそうになる激痛を思い出す。

 腕が飛ばされた瞬間に感じた『死』の感覚。

 血が足りないとか傷口が腐るとかそう言った分かりやすい物ではない、もっと根本的な何かが腕と一緒にやつに奪われたような感じがしたのだ。

 あの感覚は、傷を治した程度では俺は助からないと言う事が本能的に理解できた。

 ……しかし、俺は生きている。何故なのか、と。その理由を考えるなら、テオ以外には考えられない。


「……うん……」


 口にしてしまえば、たったこれだけだ。

 先ほどまでの何となく居心地の悪い雰囲気は消え、心地よい沈黙が部屋の中を満たす。

 死ななくて……いや、生きていて良かった、と。そう前向きに考える事が出来る。

 この会話こそが俺の体に残っていた最後の毒を消してくれているようにも錯覚してしまう。


「代えの布持ってきたぜ、聖火さん……って、おお。ようやく気が付いたみたいじゃねぇか」


 扉を開けて入ってきたのは獣人族の王種だった。

 起きている事に気が付いたからなのか、音を立てる事も無くすばやく俺の傍まで移動する。


「鬼族のあいつが死んじまったから他の連中はどうするか知らねぇが、俺は降りるつもりはねぇ………お前はどうすんだよ?」


 ……敗北し、その時の大怪我が原因で今の今まで気を失っていた相手に聞く事じゃないだろう、と。一瞬だけそう思った。そんな事を聞かれたら返すべき返事は当然のように一つしかなく――


「やるに決まってるだろ?」


「はは! お前ならそういうと思ったぜ!」


 嬉しそうな言葉と共に立ち上がり手に持っていた布をテオに渡すと、ここに入って来た時の様に風のようにすばやく移動し扉に手をかけていた。そこで思い出したように動きを止め、こちらに向き直る。


「鬼族のあいつが死んじまったから、俺も暇でな。さっさと怪我治して手合わせでもしてくれよ?」


 言いたい事は言ったと言わんばかりに、俺の返事も聞く事無くさっさと出て行ってしまう。


「ガングは、まだあいつを倒すつもりなの?」


「当然だろ」


「炎海も効かなかったのに?」


「他の雑魚には効いたんだから、あれより強い炎ならなんとかなるだろ。まあ、当分は無理そうだが」


「……そっか。なら、もっと強くならないとね」


「……そうだな」


 俺もテオも、誰が、とは口にしない。

 そんなものを口にしなくとも、絶対に強くなると言う強い意志を感じる事が出来るのだ……同じ場所で同じ敵と戦い、俺たちが生きて勝つために力をつける。きっと、考えている事は同じだろう。



  ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇



 メディアとスイに迷宮の修復を任せ、新たな外套と兜を着込んだ俺はザックとの約束を果たすためにザックの家へと足を運んでいた。


 炎帝をやったかどうかの確認は出来なかったが、腕は落としたのだ。例え回復したとしてもしばらくは動けないだろう。

 それに腕を切り飛ばした時、俺は間違いなくやつを食ったと思ったのだ。もし逃げていたとしても、逃げた先で死んでいるかも知れない。

 そうなっていれば、それはそれで有りだ。致命傷を避けても一撃喰らえば死ぬような攻撃を持っている相手であるとでも思ってくれればいい。


 そんな事を考えている間にザックの家にたどり着く。

 俺が来た事を知らせるために扉を叩こうとした時、背後から声をかけられた。


「思ったより早かったな。正直もう少し掛かると思ってたぞ」


 声に反応するように背後を振り向くと、そこにはザックが立っていた。

 腰に剣を差し、外套を羽織り、丈夫そうな服を着ている。

 以前は着ていなかった胴を守るような皮製の鎧を着ているようだが、それも見た目より丈夫さを優先しているようだ。傷だらけだがきちんと手入れされており、大きな傷は存在しない。

 ……服と鎧の統一感さえあれば熟練の探索者といわれても納得できそうだ。


 しかし、この格好……まさかこいつ、いつでも出発できるようにあれからずっとこの格好だったのだろうか?


「次は何処に、何時出かける? あんたの都合がいいなら今からだって大丈夫だ」


 どうやら、そのまさかのようだ。完全にこちらの都合に合わせてきている。

 しかしまあ、それならそれで都合が良い。


 なら今から行くぞ。


『良いんですか?』


 どうせ今死者の都に戻ってもメディアたちの迷宮作成の過程を見せられるだけだ。


 何をやっているか分からないのだから、見たことの無い場所に行く方が良いに決まっている。


「なら魔女の城に行こうぜ。あそこに行くなら道中に水晶洞窟があるからそこにも寄れるしな。……ここだけの話なんだが、魔女の城の話を聞いた町ってのが規模の割りに美人の多い所でよ。あんたも絶対気に入ると思うぜ?」


 ……生きていた頃なら喜んでいたのだが、今の俺には関係の無い事だ。


 しかし、魔女の城と言うのは以前話を聞いてから気になっていた。

 どんな場所なのか、どんなやつがいるのか、どんな物があるのか?

 見たことの無い場所を想像し、そこを自分の手で調べに行けると言うのはとても心が躍るものだ。


 そんな事を考えながら、まだ見ぬ未知に心を躍らせ魔女の城に向かい足を踏み出した。




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