大地の裂け目
道中俺の正体をごまかすのは面倒であったが、ザックの話は本当にいろいろなものがあり、最初に感じた面倒さなど軽く吹き飛ばしてしまった。
魔術師が神になろうと天へ至るための巨大な塔を作った話。魔術を極めた天才魔術師が過ちを犯し異形へと変化し人を襲う存在になったと言う話。乗ればどのような無茶をしても無傷で戦場から帰還することができるが、何故か次の戦に出かける前に持ち主が死んでしまう戦馬の話。女神の怒りに触れ下半身を異形の化け物に変えられた美女が住む森の話。火山を鎮めるために奉納された大剣の話。持てば必ず王を殺すと言われる、嫉妬深い王妃が夫を殺した際に使用した短剣の話。竜の首さえ一刀で切り落としたとされる大斧の話。射れば魂を貫くと言われる弓の話。死ぬまで戦い続けた戦士が愛用した、持ち主を求めて戦場を渡り歩く鎧の話。女神と邪神が戦ったとされる巨大な塔と、そこの頂上に残った二振りの剣の話。最初の持ち主以外は誰も身につけることができないが、身につけた者は神のごとき力を得ると言われる指輪の話。海を割り大地を作り一晩で島を作ったとされる魔術師とその杖の話。一面が砂ばかりの砂漠と言う場所と、そのどこかにあると言う世界中の知識が収められているという遺跡の話。
ザックと話していると、この世界には知らないことがまだまだあるのだと知ることができる。だから、ただただ興味深い。
そして、そんな面白い話を聞いていると時間が経つのも早く感じるものだ。かなりの距離を移動したはずだが、すぐに大地の裂け目へとついた感じであった。
その大地の裂け目はと言えば、確かに巨大な穴と言った見た目であった。
緩やかな斜面の下に存在する巨大な断崖。大地の裂け目であるその断崖を平原から見下ろしているわけだが、穴が大きすぎて全体を確認することができない。斜面には背の低い木しか生えておらず、あえて穴を見せつけているような作為的な印象すら感じられる。
そしてその穴の中には黒い雲が存在していた。なるほど、確かにここから見れば雲が穴に蓋をしているように見える。
「どうだ?でかいだろ?」
ザックのその言葉に頷く。
でかい穴としか言っていなかったが、これはそれ以外に言いようがない。
「はは、だろな。俺も初めて見た時はすげえって思ったもんだ…よし、じゃあ行くとするか。入口は……こっちだな」
ザックが移動を始めたので横に並び俺も移動する。
緩やかな坂を下に向かって進みながら森の中を移動しているのだが、獣道すら存在していないのにザックは迷った様子も無いまま森の中を進んでいく。
俺には分からないが、ザックにはどこに進めばいいかが見えているのだろう。さすがに探索者として生き残ってきたのは伊達ではないようだ。…
しばらく進むと他の木よりも枝の多い木が見えた。背の高さは他と変わらないが、幹の太さは回りの木の倍はある。
「ここから入るんだ。ここから先は馬じゃ行けねぇからあんたも降りてくれ。馬は…この場所に血の匂いを残すのもまずいし逃がしちまうか」
いいのか?
「問題ねえ。生きて戻ってくるかもわかんねぇ探索者だ討伐者だなんて連中の買う馬なんて、どうせもうすぐ死ぬ老馬か種なしの雄ばっかだ。向こうだってそれが分かってて売ってんだから構わねえよ」
そう言って馬から降りて木の根元当たりまで移動する。俺もそれに続いて馬から降りた。
そのまま馬を見上げたのだがこちらの言葉が分かっていないからなのか、大人しくしたままその場から動かない。ザックはああ言っているが、俺はこの馬に情が移ってしまっていた。
まあ、情が移っているのはザックも同じなのだが。色々な話を知っているザックはロウと同じほどには重要だと思う。ロウであれば時間さえあれば珍しい物を手に入れることができるだろうが、ザックは珍しい物を自分で手に入れることができる楽しさまでついてくる。
どちらの方が優れていると言うわけではないが、俺向きなのはザックであろう。
…まあ、とにかくだ。馬をここで逃がすことはできるが、それでは何となく見捨てたように感じてしまうという話なのだ。逃がした方が馬のためになるのかもしれないが、どう言った所で結局の所気分の問題なのだ。俺が後味が悪いと感じたから、俺が後味が悪くないようにしたいと言うだけの話である。
何とかならないだろうか。
『何がですか?』
どうせ逃がすなら、この馬を貰えないかと思ってな。
『では、馬を逃がす時に死霊兵を二体残しておけばいいんじゃないでしょうか?そのまま死者の都まで戻らせることができれば、世話くらいはできると思いますが』
ここから死者の都はかなり離れているのだから、結局は変わらない気がする。だがまあ、そうしたいと思っているのも事実だ。
どんな結果になるかは分からないが、何もしないよりはましだろうしそれでいくとするか。
「おい、馬ばっか見てどうしたんだよ?…まさかあんた、馬と話せるなんて言わないよな」
馬を下り屈みこんで木の根元を調べていたザックが振りむいて俺に声をかけてくる。こいつは、俺をなんだと思ってるんだ。どう考えても無理に決まっているだろう。
首を横に振り馬から目を離すと、そのままザックの方に向かう。
「だよなぁ。……もうちょっと待ってくれ、確かこのあたりに…おお、これだ」
どうやら目的の物を見つけたようだ。
「見てろよ?」
そう言い何かをなぞるように地面に触れている手を動かす。なぞった場所には石板のような物が土を被り埋まっているようだった。
何をやっているのか聞こうと思ったが、ザックが石板をなぞり終えると共に近くの地面が発光し四角の形の穴が現れた。穴の中は、人一人が通れるほどの大きさの緩やかな下り坂になっているようだ。
「驚いただろ?」
確かに驚いたが、何故森の中にこんな仕掛けがあるのだろうか?かなり場違いな感じがするが…
そんな事を考えてくいると、ザックはその思いを察したのかどこか自慢げに語りだした。
「この仕掛けはずっと前からあるもんらしくてな。こんなもんがあるから、ここが魔族の迷宮なんじゃないかって思ったんだよ。まあ、それらしいのはここだけだ。あとは道中話したが穴しかない。だがよ、だからこそこの穴の底に何があるのか気にならないか?」
なるほど、ザックはザックなりに考えてここを選んでいたということか。こんな物があるならここが魔族の迷宮かもしれないというと考えるのも頷ける話だ。
そう思った俺はザックの言葉に頷いた。
「だろ?じゃあ、さっさと行くとするか。ここからは一本道だから迷わないしよ」
ザックはそう言うと、手元に光の弾を生み出して穴の先に進んで行ってしまった。後ろにいろと言ったのをもう忘れたのだろうか?…まあ、今からやろうとしていることを考えるなら、ザックは先に行ってくれた方がいいのだが。
ザックが穴の中には居たのを確認すると、すぐに死霊兵を呼び出し馬の世話をするように伝える。それと同時に馬が逃げるようなら追う必要は無いと言うことを伝えておく。
大したことはしていないがこれで十分だろう。
さっさと行かないとザックが不審に思うだろうしな。
「もういいのか?」
暗い穴の中を少しだけ進んでいくと小さな光が見えた。それと同時に声をかけられる。間違いなくザックだ。
俺は光の弾を使えないため明かりで確認することはできないはずだから、足音で気付いたのだろう。こう言った所はかなり鋭いやつだ。
…しかし、どうやら俺が馬に別れを告げていたと勘違いしていたらしい。
見えているのかは分からないが、一応頷いておく。
「そうかい。なら、あんたも来たことだし先に進むか。戦闘にならない方がありがたいが、もし戦闘になっちまったら頼りにしてるぜ」
そう言うとザックは俺に道を譲るように壁に寄りかかった。
どうやら俺が馬に別れをしていると勘違いして気を使っていたらしい。気を使ってくれるのはありがたいのだが…何と言うか、どこか抜けているやつである。まあ、結果的にありがたいのに変わりは無いからなんでもいいか。
俺がザックの前を通り先に進むと、ザックは俺の後ろについてきた。
ザックの手元で光を放つ弾の光は俺の足元まで届いていないが、俺には足場が見えているので何の問題もない。この暗闇を見ることができる事についてだが、ここまでの道中の間にザックには説明している。
目に魔力を集めれば暗い場所でも何とかなるなんて言っただけだが、ザックは納得してしまったのだ。
俺は聞いたことは無いが、もしかしたらそう言った魔術があるのかもしれない。
色々なことを知っていると言うことは役に立つとばかり思っていたが、ザックを見ているとそう役に立つ物でもないような気がしてしまうな。
そうしてしばらく進んでいくと雨の音が聞こえてきた。どうやら出口に近づいたようだ。さて、大地の裂け目の中とやらを見に行くとするか。
穴から出た外は嵐だった。
動けないわけではないが体全体が小さな力で押されているように感じる強い風と、視界を遮る大量の雨。そんな大量の雨を呑み込みながら何処までも下に続いている穴と、壁のように巨大でどこまでも続いている穴の壁面。
そんな穴の中に存在する壁面は、その一部が大きな円を押し当てたかのように抉れていた。そしてその抉れた部分をそのまま足場にしたように突き出した岩が下に向かって続いている。
感覚としては、段が存在しない巨大な螺旋階段と言う感じだろうか。
しかし、想像していたより雨が強い。俺は何の問題もないが、ザックはこの雨でかなり体力を奪われるのではないだろうか?
雨に濡れた服は重く冷たいため、長く着るのは危険だ。だというのに、この雨の中を何日も進んでいったのであれば、話に出てきた探索者はかなりの体力だと思う。本当に人間なのか疑問である。
(人間とは脆いものだな。いつもは考えなくてもいい問題を考えなければならないとは)
何とかならないか?
(少し待て……)
アリエルが黙りこんでしばらくすると、雨が俺たちを避け始めた。
その範囲はどんどん広がっていき、見えない円が雨を押し戻しているのが確認できるほどの範囲になった。その様は、半円の形に抉れた壁にぴったりとはめ込まれた透明な球体がここに存在しているようにも見えるだろう。
(水竜が雨をよけることになるとはな。ばかばかしい話だ)
アリエルの言葉はもっともだ。まあ、ザックが居るのだから仕方ないと思ってくれ。
(分かっている。それに嫌ならやらん)
言われてみれば確かにそうだな。
「雨が…これ、あんたがやったのか?」
やったのはアリエルだが、別に伝える必要は無いだろう。だから俺は、その言葉に頷いた。
「こんなこともできるのか。こりゃ、マジであんたと一緒に来れてよかったぜ」
まあ、さっさと進むとしようじゃないか。
俺に時間的な制限は無いがザックにはあるのだ。ならば、できるだけ急いだ方がいいだろう。
俺はザックの言葉に頷き足を進める。
ザックも時間的な制限があることが分かっているからだろうが、それ以上何も言うことなく俺の後をついてくることにしたようだ。
初めての探索だが、大地の裂け目の底につくことはできるだろうか?
ザックから聞いた話は面白いものばかりであったから、さっさとここの探索を終わらしてしまいたいのが本音である。できることなら今回で終わらせたいが……さて、どうなるだろう。
大地の裂け目は、ただ下へ降りて行くだけであった。
延々と続く道を、下へ向かって行く。それ以外は何もない。
雨と風は最初と変わらず、僅かに道の大きさが違うこと以外は何の変化もない。生き物はおらず、草も生えていない。全く面白味のない岩だけの光景が続くだけだ。
たまに壁に横穴が開いているが、ザックが何も行動を起こしていないのだからまだ休憩は必要ないだろう。ザックは、疲れたなら一言言ってくるやつなのは既に知っているからな。
しばらく進んだがやはり何もなかった。
今はザックが休憩を欲したため穴の中で携帯食料を食いながら休んでいる。雨に濡れることこそなかったが、ここまで歩き続けたせいでかなり疲れているから仕方ないだろう。それに、俺としても少し休みたいと思い始めていたのでちょうどいい時期だった。
肉体的には疲れない俺が、精神的に疲れてしまったのだ。それほどに何もなかった。下に向かって伸びる道も、降りてきた道も…下も上も同じような形であり、それが延々と続いているためさすがに飽きてしまう。
(何もなかったな)
まあ、誰でもそう思うだろうな。俺もそう思っていた所だ。
(面倒だし、一気に降りないか?)
それは…
(今回は同行者がいるから何かをやるつもりは無かったが…こうまで変化が無いのは、さすがにな。これから食料が尽きるまで同じことを繰り返しながら待つだけなのはつまらん)
…アリエルの提案に乗ってしまうか?
正直、ありだとは思う。
何故なら、俺もここまで何もないとは思っていなかったからだ。完全に大地の裂け目という場所を舐めていた。上も下も何の変化もないこの場所を、目的もなく降り続ける。これを続けるのは流石につまらない。だが、ザックの目があるのも事実だ。
さて、どうしたものか。
そうだ、ジズドはどう思う?
『私ですか?…そうですね…どちらでもいいと思いますよ。このままザックさんを気にして普通に進むのもありだと思いますし、アリエルさんが言ったように一気に降りるのもありだと思います。時間をかけて進んで何も見つけることができなくても、もう一度来るなら門を使えばいいわけですしね。ただ、その場合は時間はかかりますが』
どちらでもいいのか。と言うことは、ザックの目はそこまで気にしなくてもいいと言うことなのだろう。
…
アリエル、降りるならどんな方法を使うつもりだ?
(以前水の中を移動しただろう?あれを空中でやるだけだ)
要するに空を飛ぶと言うことか。以前と同じなら移動はアリエルが行うのだろうから楽はできそうだ。だが、空を飛ぶ魔術などあっただろうか?少なくとも俺は知らないが…
もし空を飛ぶ魔術がないならザックに何か言われそうだ。
『空を飛ぶ魔術が無くても、見せてしまっても問題ないと思いますよ。ザックさんは夜目が利くことにについて深く聞いてきませんでしたし、適当に返事をしても信じるかと』
そんなものか?
『色々な人から依頼を受け色々な物を見る探索者や討伐者は、濁すような言い方をすれば深く聞いてこない人もいます。ザックさんはそういった人のようですから、見慣れない事をしても深くは追求されないでしょう』
返事を考えなくていい理由は分かった。だが、それでは結局俺を妖しく思うのではないだろうか?
『それも問題ないです。ザックさんが話してくれた話はかなりの量でしたが、それを一人で回るのは不可能でしょう。であれば腕のいい討伐者を雇わなければいけないわけですが、彼にそのような金はありません。一度二度であれば何とかなるかもしれませんが…全ては無理でしょう。武器や防具の話がありましたから、それを取ってくることができれば高値で売れるかもしれませんが…彼の実力では厳しいと思います。その珍しい武具を報酬にして探索者を雇うことは可能かもしれませんが…私たちに会うまで一人で行動している以上は結果はしれています』
要するに、多少不審に感じたとしてもザックを迷宮に連れていく約束がある以上、ザックの「いろんな場所に行く」という目的には俺が必要だから俺を害するような行動は起こさないと言うことか?
『おそらくは、と付きますがその可能性が高いかと』
なるほど。
確かに、ザックの言葉が本当であればその可能性は高い気がするな。
本人も一人では回れないという様な事を言っていたような気もする。
…
やるか。俺は、一線を越えなければ問題ないだろうと判断した。
今後のことを考えるならやらない方がいい気もするが、俺といれば難しい場所も簡単に行けると思わせてしまった方がいい気がする。
立ち上がるとザックに近づいていく。
「どうした?なんか用か?」
今日は休むぞ。明日一気に降りる。
「休むのは別にかまわねえが、一気に降りるってのはどういうことだよ。てかこんな場所をどうやって降りるつもりだ?」
空を飛ぶ魔術を使って一気に降りるつもりだ。
まあ俺が使うわけではないがな。
「空を飛ぶって、そりゃまた……できれば見せて欲しいんだが、今飛べるのか?」
その言葉を言い終わった瞬間、ザックが宙に浮いた。アリエルがやったのは間違いないが、さすがの早技である。
「うお!?」
何を焦っているんだ、こいつは。
(同感だな)
『いや、いきなり体が浮けば焦るでしょう』
(こいつが今飛べるかと聞いたのだぞ?)
『自分を浮かせろとは言ってないですよ…いきなり穴に落ちれば誰でも焦るでしょう?』
(そうか?)
『私は焦ります』
もう分かっただろうから降ろしてやれよ。
(もういいのか)
「おお??」
地面にゆっくりと降ろされたザックは間抜けな声を出した。…俺も声が出せるならこんな声を出したのかもしれないから、あまり馬鹿にはできないが。
これでいいか?
「ああ、よく分かった。しかし、あんたは珍しい技を使うんだな」
お前の話ほど珍しくは無い。
「はは、そうかい。…しかし、こんなことができるんなら最初からやってくれたらよかったのに、あんたも人が悪いぜ」
話に出てきた草と言うのが気になってな。できれば手に入れたかった。だがまあ、思った以上に何もないから予定を変えた。
別に嘘はついていないし、返事としてはこれぐらいでいいだろう。
「あんたにとっての目当ての物が見つけられないままだが、それでいいのか?」
問題ない。本来の目的はこの場所の底に何があるかを見ることだからな。気になるのは事実だが、草はついでだ。
「初心を忘れないってやつか。あんたくらい強くても、やっぱそう言う所はちゃんとしてんだな…分かった、今日はもう休むとするわ。出発はいつもみたいに俺が起きたらでいいか?」
問題ないと言う意味を込めて頷く。
それを確認したザックは光の弾を消してそのまま目を閉じた。
俺からは丸見えなのだが、あの光の弾はザックが起きている合図の様なものだから休憩中という意味ではこれでいい。
ちなみにザックの中では、俺は辺りを警戒している凄腕ということになっているらしい。
以前「あんたも休まなくていいのか」なんて聞かれたから、十分休んでいる、と言ったらかなり感心されてしまった。
しばらくの間は疲れていないかだの何だのと色々聞いてきたのだが、いつまで経っても疲れる様子が無い俺を見ると、そう言ったことを聞いてくる回数は減っていった。
俺としてもどうせ眠ることができないのだから、その事について一々聞いてこられても困るので何も聞いてこないのはありがたいものだ。
しかし、俺が初心を忘れないなんて言われるとはな…アリエルやジズドの話を聞き、簡単に意見を変えているわけなのだが…どこをどう見ればそんな結論に行きつくのか全く理解できない。
まあ、そんな事は別にどうでもいいか。
ザックが起きれば移動なのだ。今回は想像以上につまらなかったから、次は何か見つけられるといいな。
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