こぼれ話と補足 ~物と者~
お詫びと言い訳
世界観や話の流れに合わない言葉を使わないよう意識すればするほど言いたいことから遠ざかってしまいました。完全に私の力不足です。なので中途半端になりますが、前半を迷宮核による自分語り、後半を余所行きように直した設定を書くことにしました。
見ても分からない方・ここおかしくね?と思う方は個別に連絡してくれたらその疑問に答えさせていただきます。長文を嫌う方でなければ感想の方でも聞いてくれれば答えます。このような設定をぶちまけただけという形になり本当に申し訳ありません。できれば見捨てずに読んでいただけるとありがたいです。
【私】=迷宮核
【俺】=レクサスです
注意 今回は完全に説明回になっています。本編の進行とはあまり関係のない話なので読まなくとも問題ない話です。
誤字修正しました 11/18
物とはなにか?
死体の骨は物なのだろうか?おそらくほとんどの者は物だと答えるだろう。だが、もしそうであるならば動く骨である悪霊は、物なのだろうか?おそらく、ほとんどの者はそうではないと答えるだろう。
では【物】の定義とは何か?おそらくだが、己の意志で動くことができるかどうか、ということが物と者を分ける最大の要因ではないだろうか?
動く骨は物ではない。そして、動かない迷宮核は物だ。
そこに意識があるかどうかは名前をつける者や種類を判断する者にとっては関係ない。判断の基準があくまでも感覚の問題でしかないのだから当然と言えば当然なのだが。
【私】は【俺】の能力により迷宮核にさまざまな怨霊が集まって生まれた存在である。そして、【俺】は自分自身を自分の骨に宿る怨霊に変えた存在だ。ゆえに【私】と【俺】は本質的には何も変わらない。しかし、【俺】と【私】は違う存在だ。
ならばその違いとは…【俺】と【私】を分けたこととは、一体何なのだろうか?
体の有無だろうか?しかし、私には迷宮核ではあるが体がある。骨も迷宮核も同じ【物】であるはずだ。ゆえに、そこに大きな違いはない。
ならば意志の有無だろうか?たしかに【俺】には最初からレクサスという人格があった。だが【私】も今では私という意志が確かに存在する。ならば、私は生きていると言えるのではないか?そして、生きているならば間違いなく私という人格は存在するはずだ。人格がある以上、私は物ではなく者として生きているはずだ。ゆえに、そこに大きな違いはない。
ならば能力の有無であろうか?たしかに【私】は、自ら意識して何かを食うことはできない。できないことがあり、できることがある。ただ、それだけのこと。そんな違いで者は物になるのだろうか?
分からない。
ならば比べよう。
私のような存在が生まれるかと思い、魔力を吸って育つ月の木を育てた。
悪魔ならば何かを知っているかと思い、契約を結んだ。
しかし、何も分からなかった。私と同じような存在は見つからなかったのだ。これでは比べることができない。
不安だ。
なぜ【俺】は、何も分かっていないというのに平然と日々を過ごすことができるのだろうか?自分が分からないという地に足につかないような感覚がないのだろうか?それとも、今に不安を覚えていることこそが【俺】と【私】の違いなのだろうか?
…分からない。だがいつか、分かる日がくるのだろうか?それとも…。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
迷宮核は意識のない物でなければいけない。
これは最初に少しだけ触れましたが魔力があるから迷宮がある。そして迷宮があるからこそ迷宮核がある。いわば迷宮核は、魔力という名の血液を迷宮と言う名の体に流すための心臓です。心臓は意識がありませんのでなにも考えません。ですが心臓がないと死にます。
創造迷宮の迷宮核は作成の過程が逆です。
迷宮があるから迷宮核があるのではなく、迷宮核があったからこそその場所が迷宮になった。そういうものだからこそ創造迷宮の迷宮核は迷宮の心臓でありながら同時に体を作るための脳のような役割を持っています。通常であればその役割を持っていても再び迷宮になるだけです。作る過程が同じなので同じものが完成するわけです。ここで問題になるのは心臓でありながら脳であるということです。
生き物として完成しているためには両方ある方がいいです。ですがどちらが生きるために必要かと言われると心臓でしょう。そして迷宮の場合は心臓があれば餓死の心配がないわけです。意識がある者では脳の機能しかないため代わりにはなれません。
しかしこの説明では心臓の機能を持った脳ならば代わりになれるのではないか?という疑問があると思います。
その問題をクリアできれば【場】と迷宮の融合は可能なのか、と言われるとその通りです。その通りですが、それは運動しながら本を読むのと同じことだと考えてください。しかも運動をやめれば死んでしまうという条件付きなわけです。だからと言って死なないために必死に運動をすれば本を読めません。それでは融合させる意味が全くないわけです。
この問題をクリアしているのが死者の都の迷宮核です。
レクサスの能力は生きているものを怨念にすることです。(詳しく知りたい方は人物設定をお読みください。)自身がそうであるように死者の都の迷宮核にもさまざまな怨念を宿してしまっています。そしてこれは怨念が宿っているというだけなので、迷宮核としての機能が失われているわけではありません。
言ってしまえば、物であれば本来の機能を損なうことなくそれに意志のある怨霊を宿すことができるということこそがレクサスの持つ異常性ということになります。(迷宮核についても人物設定
をお読みください。)その異常性をもろに受けているのが死者の都の迷宮核であり、だからこその特別性と言うことになります。
簡単に言ってしまえば、迷宮核の本来の機能として魔力を集め、怨念が魔力の割り振りを決めているわけです。
ご意見、ご感想、誤字脱字など気軽にご報告ください。
今回の話は説明回になっているので読めば疑問に思う方が多いと思います。だからといわけではありませんがどんな意見でも言ってくれるとありがたいです。
この出来なら消した方がいい、という意見があれば消すつもりですのでもしそう思えば是非お願いします。




