~探索者と討伐者~
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死者の都。
数年前までは屈強で知られる土人族が多く住む大都市だったが今では生きたものはなにもおらず悪霊のたまり場になっている。あまりの悪霊の数に神殿は早々に浄化を諦め、命知らずが多い探索者も近づかない危険地帯である。
なぜそんな場所に行くのか。それはこの依頼を持ってきたのが討伐者をやっている昔馴染みのアリスであったことと報酬のよさだ。
依頼はあの街の王が作ったといわれる黒鉄の鎧の回収である。
これを状態に関わらず現物を持ってきたら金貨五百枚。
持ってこれずとも破壊されていることが確認できたら金貨百枚。
死者の都をくまなく探してどこにもないのが確認できたらやはり金貨百枚。
破壊されていないのが確認できたら金貨二百枚。
壊れていたかどうかの判断はアリスに任されているらしい。
判断と報告を任せるほどアリスは信頼されているらしい。
金貨一枚で一般家庭なら一年は暮らせる。
たとえ壊れていても十分遊んで暮らせるだけの金額なのは間違いない。
もし持って帰ることができたら下級ならば貴族だって狙えるほどだ。
だが不安もある。アリスはかなり有名な討伐者であり当然俺より腕のいい探索者に声をかけることができただろう。それでも俺に依頼を持ってきたということは他のやつらに断られたのだろう。最初から報酬は半分にしようなんて切り出しているんだから本格的に後がなかったのだろう。
特に交渉せずとも半分の報酬がもらえるのだからこちらとしてはありがたい話なのだが。
悪霊から姿を隠す聖水と悪霊を浄化する護符を持てるだけ持っていく。食料は普通の旅の時より少なめにし馬を潰れる迄使った後に馬を食うことにした。というのも死者の都は大森林という深い森の中にあり馬などではすぐに足を痛めて使い物にならい。だからといって森の外に置いておくとしてもさまざまなものに食われてしまう可能性があり無事にすむとは思えない。今回は危険度を考えて金貨三枚と高価ではあるが決められた場所まで飛ぶことのできる転移の宝珠を使うことにした。
「そろそろ時間だけどイードは準備できた?」
いくら昔馴染みといえいきなり入ってくるのはどうかと思う。そう思いアリスを見る。アリスは金の髪を肩にかかるぐらいの長さに切っている。防具は音が出ないようにするために革製の装備を動きを邪魔しない程度に着こむだけにしてある。今の時期なら夜は冷えないため外套はいらないと判断したのだろう。武器は取り回し易い直剣だけのようだ。顔はいいためそれだけの装備でもまともに見えるのは昔と変わらない。
しかしもうそんな時間だったか。
「ああ、大丈夫だ。アリスも大丈夫そうだしさっさと行くか」
街の出口付近にある馬小屋に向かいながら軽く会話をする。思えばアリスが討伐者としてやっていくと言ってからはこうやって話すことはなかったな。
「改めてありがとう。この依頼誰も受けてくれなくて…」
「金に釣られただけだ気にするな」
やはり誰も受けてくれなかったのか。
「金ね。報酬はいいはずなのに誰も受けてくれなかったのよ」
「どう考えても場所が問題だろ。死者の都なんて誰が行きたがるんだよ。しかもそこでどこにあるかもわからない、壊れている可能性だってある鎧を見つける?そりゃ死にに行けって言われてんのと同じだろ。報酬が良くても生きて帰らなけりゃ金は使えないから普通断るだろ」
「やっぱりそうよね…というかじゃあなんであんたは受けたのよ」
「金だ。というより俺はその言葉をそっくりそのままおまえに返してやりたいぞ」
いくら金を積まれても死ぬのは嫌だろう。
「依頼を成功させたら生体の飛竜種の牙と骨をすべてもらえるのよ。竜牙兵を作る機会なんてあるものじゃないと思って飛びついたのよ」
「それはまた…」
竜牙兵は何かの牙や骨を使って作る人工的な悪霊のようなものである。強さは作るのに使用した何かの強さがほとんどの割合を占めるらしい。ちなみに竜牙兵と呼ばれているのはこの魔法を作ったやつは竜の骨や牙で作った竜牙兵で魔法使いから王にまでのし上がった、そのことを恐れた隣国の王が呼んだものが普及してそう呼ばれるようになったらしい。
そうすると当然本物の竜牙兵に憧れるわけだが生体の竜は狩ろうと思えば多くの犠牲を出す。ゆえに素材は市場に出回ることはほとんどない。だからこそほとんどの竜牙兵は竜牙兵とは名ばかりの魔獣や大型の肉食獣の骨を使ったものである。
本物の竜の牙や骨を使えば百の兵の働きをすると言われているが本物を見たことがないため眉唾な話ではある。
「一応言っとくけど竜の素材は渡せないからね(これがあるから報酬は半分渡すって言ったんだから)」
「さすがに俺もそこまで欲出さねえよ(竜の素材なんてもらってどうしろってんだよ)」
そんな話をしているうちに馬小屋に着いた。
さっさと行くとするか。
予定通り大森林の入口で馬を降りる。ここで野営してから明日の朝に死者の都に向かうことになる。
探索者や討伐者としてどういう生活をしていたのかをお互いに話す。
俺は相変わらず近場の迷宮でお使いの真似ごとだがアリスはいろいろな場所に行ったらしい。
すこし前は地竜を狩ってほしいと依頼を受け地竜の顎までいったといっている。
アリスの使う竜牙兵の活躍により一人の犠牲も出さず地竜を討伐できたらしい。
その時の賞金で竜の素材を売ってほしいと頼んだところ今回の依頼を紹介されたらしい。
地竜を討伐したのに驚いたが楽しくやっているようである。
森を進んでいくとその途中で大量の大猿の骨を見つける。
大猿は力が強くそこそこ知恵が回りその上群れで行動するためこの森に現れる存在としての危険度は鬼族に次いで高いと言われている。そんな大猿の骨はまわりの草木をなぎ倒し一つの方向から点々と続いている。
「アリス、これは普通なのか?」
答えは分かり切っているが思わず聞いてしまう。
「普通な訳ないでしょ」
やはり大猿の群れを追いたてるだけの存在がこの森に紛れ込んでいるということか。
死者の都の探索だけでも死ぬつもりで来たってのにそこに行くまでにこんな面倒があるなんて思いもしなかった。
「探索者としてはこんな場合どうしたほうがいいと思う?」
探索者と討伐者の最大の違いは強敵の存在を知ったときにどう動くかである。
探索者は強敵から逃げ、討伐者は追跡する。
今回の依頼は鎧の探索なのだから回避できる危険は回避したほうがいい。
そのために連れてこられたようなものなので俺も自分の仕事をするとしよう。
「大猿は俺たちに比べると足が速い。その大猿を逃げているのに群れごとやってる相手だから見つかれば終わりだろう。死者の都は近いはずだから早く用事を済ませて転移の宝珠で帰るのが安全だろうな」
「ならそれで行きましょ」
お互い無言になり足を速める。
その後は何もなく死者の都に辿りついた。
早く依頼品を見つけて終わりにするか。
「分かっていると思うが聖水は日が落ちたら効果が切れるから探索できるのは日が暮れるまでだ。それと護符は悪霊に効果的だが中に入ったらあの数相手には気休め程度ってことを忘れるなよ」
「わかってるわよ。早く終わらせて帰るわよ」
その後死者の都を探索するが鎧は見つからなかった。
代わりに大量の金貨を見つけることができた。
数えていないが千枚は軽く超えている。
これを見つけただけでもここに来た意味はあったな。
「どこにもないみたいだし帰ろうぜ」
金貨は持ってきた袋に持てるだけ入れた。
もう長居は無用である。
「そうね」
転移の宝珠を発動させる。
飛ぶまで多少時間がかかるがこれで依頼は完了である。
そう思っていると金属がこすれるような音がする。
そしてそれは確実にこちらに近付いている。
転移にはまだ時間がかかる。
護符を手に持ち崩れた階段のほうを向き何も見落とさないように集中する。
そしてそれは現れた。
それは怨念がしみ込んだかのように黒い鎧を身につけ左手に蛇が巻きついている悪霊だった。
悪霊は何かを探すようにあたりを見回している。
アリスが小声で話しかけてくる。
「あの悪霊が着ている鎧、たぶんだけど依頼の品よ。かなり意匠が違うけど基本の形は見せてもらった絵と同じだわ」
「なら悪霊が身につけてましたとでも報告すればいいだろ。無駄な戦闘をするやつは長生きできんぞ」
そんなことを小声で話していたがふと鎧についた竜の意匠部分と眼があった気がした。
ずいぶん本格的な意匠だ。本当に生きているみたいだ。
そんな考えをしていた俺は直感で理解した。
見つかった。
そう思った時すでに悪霊はこちらに近付いてきている。
聖水の効果は切れていない。なのになぜ?
疑問に思うが答えは出ない。
早く逃げてしまいたいが転移はまだ完成していない。
完成までの時間がすさまじい長さに感じる。
悪霊が近づいてくる。
だが悪霊は俺たちがいるあたりを見てからゆっくり俺たちがいた場所を触ろうとする。
当然少し動いて避ける。
悪霊はすこし動かなくなった後再び手を伸ばす。
また避ける。
こいつは俺たちのことが見えてない。
なのになぜ俺たちがここにいることがわかったのだろう?
だが転移はもうすぐ発動する。
このまま我慢すれば逃げられる。
だがアリスはそう思わなかったらしい。
今からこいつをやると目で合図している。
気づかれていないのならと直剣を抜き悪霊の首を落とそうと振り下ろす。
俺には止める暇も手段もなかった。
アリスの腕は振りぬかれていた。
だが悪霊の首はつながったままである。
その答えはアリスの持っている直剣が教えてくれた。
刃がない。
刃が一瞬で消えたのだ。
そしてその一瞬で聖水の効果も消えたらしい。
悪霊はアリスのほうを向く。
その行為を見てほぼ反射的に護符を投げるが護符は一瞬で灰になる。
悪霊は護符に気づいてすらいないのかそのままアリスのほうを見たままである。
アリスはすぐに俺のほうに飛び竜牙兵を呼び出す。
「ごめん見誤った!はやく逃げるわよ!」
「おまえが我慢すれば普通に逃げれたんだよ!あと少しで転移発動するからその時間ぐらいなんとかしろ!」
アリスが死んだ場合依頼の件はなかったことになる。
袋に入った大量の金貨があれば金は問題ないがそうしたら依頼を放り出しただの金だけ持って逃げただのギルドから難癖つけられ押収されるにきまっている。
それに昔馴染みを見捨てるのは寝覚めが悪い。
「少しってどれぐらいよ!」
「少しは少しだよ!それよりもっと竜牙兵出せないのか!?すごい勢いで減ってるぞ!」
こうして話しているうちにもさまざまな骨のさまざまな竜牙兵は数を減らしている。
竜牙兵が弱いのではなくあの悪霊が強いのだろう。
素手でありながら竜牙兵を簡単に砕く力、なによりもアリスの剣と俺の護符を無効化した不可視の業が竜牙兵を凄まじい勢いで蝕み灰に変えていく。
「出せる竜牙兵は全部出したわ!竜牙兵が全部やられたら次は私たちよ!?」
そんなことは目の前の惨状を見れば理解できる。
そんな中目の前が光り見慣れた家の中に視界が変わる。
「間にあった…」
転移が発動したようだ。
「助かったみたいね…最後に欲出しちゃってごめん」
「まったくだ。本気で死ぬかと思ったぞ。これは金の取り分は少し色をつけてもらわないとな」
「あんたそれだけ金貨持って帰ったのにまだ金欲しがるの!?」
命にかかわる独断専行を金で許すんだからかなり優しいと思うんだが。
「持ってて困るものじゃないからな。あとお前だって金貨持って帰ってただろ?取り分が公平なのにお前の独断で死ぬ思いをしたんだからそれくらいはするべきだと思うんだが違うか?」
「驚いただけでお金が惜しかったわけじゃないわよ。しかし依頼の鎧を着てた悪霊だけど…めちゃくちゃね。私の竜牙兵が全滅なんてね。竜の素材が報酬じゃなかったら探索者に逆戻りもありえたわ」
「まあ生きてるんだからなんでもいいだろ。俺は持ち帰った金貨と報酬で遊んで暮らすつもりだしな」
「あんたはぶれないわね。ともかく今日は疲れたから明日依頼の報告して報酬貰ってくるわ」
「だろうな。俺もさっさと寝ようと思ってたしな」
その後俺は報酬として受け取った金と持ち帰った金当分遊んでいたが飽きてしまい興味のある場所しか探索しない風変わりな探索者としてやっていくことになった。
アリスはあの悪霊を倒すのだと竜の素材すべてを使い竜牙兵を作り死者の都に乗り込もうとしたのだが、不可視の攻撃の対処法がわからないため今回はやめておくらしい。今では竜の素材を使った大量の竜牙兵を従えてどんなものでも討伐する竜牙の姫なんて呼ばれている。恥ずかしいやつだ。
あとで聞いた話だが探していた鎧は世界で一つだけの黒鉄の鎧だったらしく馬鹿な貴族が欲しがっていたということを聞いた。なぜそんな馬鹿に限って金だの貴重な素材だのを持っているのかわからない。すごく強い悪霊が持ってましたと伝えると大喜びで兵を送り込んだらしい。結果は聞いていないが成功するとは思えない。
討伐者ギルドで左手に蛇を巻きつけた悪霊が新しい危険種に認定されたらしい。
王都のギルドからの通達なので時間がかかるのは分かるのだがそれでも遅いと思う。




