第1話
祖父が死んで俺に遺されたのは、数年前立ち入りが禁止された祖父個人の持ち物であった土地。大した広さではない敷地内にびっしり木が生えた様は、子どもからすれば森と呼びたくなる場所だった。子どもが喜んで冒険したくなるだろうその地は、幼い俺の遊び場だった。
祖父が通って出来たけもの道のような道を歩いていけば、懐かしい小屋があった。
「久しぶり、だな」
昔は秘密基地にして、よく遊びに来ていた小屋だ。もっと荒れているもんだと思っていた。
しっかり手入れされていて、まるで誰かが住んでいるような。祖父が使っていたのだろうか。
「あれ、君もしかして――」
聞いたことがない声が聞こえて振り返る。まさか、不審者が入り込んだんじゃ。
「誰だ」
そこにいた人は、そこにいた男の人は、同性の自分から見ても美しいと思えて、すごく儚く感じて、それで――
「進さんのお孫さん? どーも、ハルエです。これ下の名前ね。女の子の名前に聞こえるかもだけど、一応男だよ。暖炉の暖に枝で、暖枝。よろしく」
祖父の名前が出たことで察する。この人は祖父が拾ってきたのか。あの人はすぐそういうことをするから。そうか、この人の為にこの森は立ち入り禁止になったのか。
「桐ヶ谷吏槻、です。よろしく、お願いします」
暖枝さん、か。この人は、どうして祖父に拾われてきたのだろうか。祖父はいつも傷付いた生き物ばかり拾ってくるから、彼もそうなんじゃないかと勘繰ってしまう。
「あはは。いいよ、敬語なんて使わなくて。確かに年上だろうけど敬ってもらうような身分でもないし」
「じゃあ、遠慮なく」
家族や教師、バイト先の人達以外で大人と関わることが滅多にないので、接し方に少し戸惑う。
「でも、別に特別貴方を敬わないから敬語を使わないわけじゃない。教師もバイト先の人間も別に敬ってるから敬語を使うわけじゃないし」
「うん」
「貴方が許してくれるから、そうしようってだけだ」
勘違いさせたくなかった。尊敬していないとか、そういうことを考えたこともなかったし。この人が尊敬できる人なのかどうかは、未だ分からないし。
「進さんの孫って感じ、すごい」
「爺さんに似てる?」
「うーん、似てるというか、進さんに育てられたらこうなりそうって感じ」
俺を育てたのは祖父ではなく、両親だけれど。でも少しわかる気がする。両親があまり好きではなくて、いつも祖父の家に行きたがる子どもだった。
「ここ、住み心地はどう?」
「とても良いよ。落ち着く」
「ここ良いよね。俺は昔秘密基地にしてた」
「そうなんだ。でも、誰かが来るとは思ってなかったな」
それはそうだろう。しばらく立ち入り禁止になっていた場所だ。でも、ここは俺のものになったから。
「祖父が亡くなったんだ。それで、ここは俺にって遺してくれてて」
「え……」
ショックだったのか、黙り込んでしまった。拾われてきたのなら、祖父を頼りに生きていたんだろうし、仕方ないか。
「心配しなくても、追い出したりしないから。爺さんには何してもらってたの? 俺が代わるよ」
「いや、えっと、あの」
「落ち着いて」
「そうだね、ごめん。事情があって、部屋を借りられないから住まわせてもらってた。家賃はいらないって言われてしまってるけど、光熱費は間に入ってもらってる感じで、契約は進さんだったけど、支払いは俺で進さんに渡してたんだ」
なるほど。やはり訳アリか。とはいえ、光熱費が祖父の名義なら手続きしないと止められるんじゃないか? 真っ先にそれをやらないとか。一人暮らしを始めたばかりで分かっていないことは多いけど、この人のことはやってあげないとな。




