久遠の旅路
短編にして再掲載です
夜明け前の空が紫に染まり始める頃、一台の車両が静かに大地を駆けていた。
アークレイブ(飛行・水中航行・陸上走行の全てをこなす魔導科学の結晶。)
その試作型を駆るのは、一人の旅人。
「そろそろ国境ね」
運転席に座る少女、クオン・ミオは淡々と呟いた。無造作に束ねられた銀髪が微かに揺れ、深い翡翠の瞳が前方の景色を映す。
背中にはMSAR-13《サバト A2カスタム》とSP-98F《Model セレナード》が右腰のホルスターに納められ、ミスリルダガーとナイフも左の腰に手の届く位置にある。
MSAR-13《サバト》はこの世界における魔導科学技術で作られた量産型汎用自動小銃だ。
彼女が使うサバトA2カスタムは車両を運転しながらでも精密射撃がこなせ弾倉弾薬数は通常30発から60発撃てるようになり折りたたみが出来サブマシンガンとしても使えるになっている。
最大の特徴は使うものの魔力によって威力や射撃精度がかなり向上され確実に敵に当てることができる。
サバト自体は魔導科学を使う国々の魔導歩兵では一般的に装備されているが彼女のはほぼオーダーメイドだ。
助手席ではフィオナが静かに万能魔法杖を撫でながら、魔法地図を広げていた。
なんでもフィオナの祖母から貰ったもので古代文明の代物らしい。15歳のような見た目をしているフィオナだがそんな見た目でも1000歳は優に越えている。
「次の国まで、あとどれくらいなの?」
「2時間くらいだね。特に問題がなければね。」
クオンは少し笑いながらハンドルを軽く叩き答える。
アークレイブのエンジン音が心地よいリズムを刻み、夜明けの前の大地に静けさを際立たせていた。
クオンが目指す国が近づくにつれ、風景は変わっていく。
「これは国の跡?」
クオンはアークレイブを止めて周りを見渡す。
荒れ果てた大地、崩れかけた建物、放棄された道標。規模としてはかつて栄えたはずであろう国が今はただの廃墟群となり下がっていた。
「こんな場所に国なんてあったなんて私も知らなかったな。クオン、冒険手帳で調べて見て?」
多くの知識を持つハーフエルフのフィオナでさえもこの廃墟には思い当たりがなかった。フィオナも旅人でクオンより旅の歴は長いがこの廃墟に心当たりは無かった。フィオナがこの土地を来たのは200年前だったが300年前だったかは忘れたがその時は人間の小さい集落があったかの認識だった。
クオンは魔導科学情報端末《冒険手帳》を開き国家ライブラリでこの場所を調べた。
「『150年前、ある魔導大国より逃れた魔導科学者が自分の家族と科学者の部下とその家族がこの土地にあった集落群をまとめて国を建てた。交易国家と隣接していることもあり科学者が作る魔道具のおかげで大いに栄えた。しかし30年前、科学者の孫がこの国の第3代国家元首となった。だがこの元首は祖父や父を越える技術と知識を持っていたが科学的好奇心が旺盛だった。国の発展と自らの研究目標である大規模魔術融合炉を建造し失われた技術の1つ《ヘリオス・ゴーレム》を復元しようとしたが研究は失敗、国内にある全ての魔術融合炉が暴走し爆発した。一夜にして全国土は焦土と化した生き残った10人程度の国民は隣国付近の丘に登り暁と共に輝く炎で自らの国を暁の国と呼んだ。正式な国名は既に失われており旅人からは暁の亡国と呼ばれている。』とライブラリには書いてあるね。30年前に滅んだのならフィオナが知らなくて仕方ないよ、それにしてもなんでヘリオス・ゴーレムなんて復元させようとしたのかな?あんなものは創作上の産物なのに」
クオンはライブラリを見てため息をついた。クオンの父はとある国で有名な魔導科学技術者だ。彼女の父は魔道具の歴史にも通じておりロストテクノロジーにはそれなりの知識を備えている。《ヘリオス・ゴーレム》は人口太陽を信じない人々が作り出した《神》のような存在だと父は教えてくれた。
「人間は力をつけると増長するからね、最初から存在しないものでも自分達の手で作り出したら手に入るのは富と栄誉と名声だ。だけど失敗すれば無だけが残る。」
蒼色の髪を弄りながらフィオナが呟く。クオンはフィオナの発言に納得を覚えた。この廃墟は神を気取った1人の増長した人間が多くの無辜の国民を実験台とした夢幻の土地。
魔導科学の発展とそれに伴う技術の失敗の爪痕は、旅の途中で嫌というほどクオンは目にしてきた。
クオンが目にするものは今まで見たどの爪痕より愚かなものに映る。
「クオン、神と思いこんだ人間の夢の跡を人間としての意見を私は知りたいな。」
「そうだね、答えるなら今はただの旅の通過点に過ぎないよ」
「ふふ、そうかい。君ならそう答えると思ったよ」
クオンの発言にフィオナは笑う。長い付き合いこそ彼女の真意にフィオナは気づいていた。
クオンは視線を前に戻す。彼女たちの旅に、感傷は不要だった。何故なら彼女達が目指す先は今向かう先の国では無く更に果ての久遠なのだから……。
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しばらく廃墟群を進むと、前方に西の見張り塔の残骸が見えてきた。
かつてはこの国の国境警備の門だった場所だが、今は完全に荒廃し人の気配はない。
クオンはアークレイブの速度を落とし、慎重に周囲を確認する。
「人の気配は……ないね」
廃墟群では感じなかった違和感がクオンを包む。クオンはアークレイブを止めて周囲の様子を再度確認した。
「どうしたクオン?」
「ほんの少しだけ魔力の残滓を感じるよ。悪いものでは無いんだけど、少し気になる」
クオンはフィオナ程では無いが魔力感知の能力を持っている。魔導士や魔術師のような専門家と違い完全に魔力感知による異変や怪異を発見したり出来るわけでは無く少々、感が強い程度だが。
「そうかい、じゃ念のため、魔力探査をかけておくよ」
フィオナは静かに目を閉じ、《シルヴァ》を軽く振った。
淡い光が杖の先に灯り、周囲の魔力の流れを探る。しばらくして、彼女は小さく頷いた。
「確かに魔力の痕跡はあるけれど、恐らく何も知らずに焼け死んだ国境警備兵の思念のようだね。30年の時が経ったせいか生き残った人が魔力を吸い取ったのか思念も消えかかっているよ。あっもう消えてしまった。だから今はこれといった異変とかは無くなったよ。気にしなくていい。」
「そうか、なら、このまま進む」
クオンはアークレイブに乗り込み再びアクセルを踏み込んだ。
亡国を去ると、景色は一変した。
これまでの土地は完全に文明が崩壊していてあちこち廃墟が広がっていた街を去ると荒野は草原へと変わり、遠くには穏やかな丘陵へと広がる。
これまで道は整備されていなかったが隣国が近づくにつれて道路が舗装されていきアークレイブは軽やかに走る。
「次に行く国はどんなところなんだい?」
フィオナが興味深げに地図を眺める。
「交易で栄えている国だよ。比較的平和な場所だけど、その国で採れる果物を使ったドリンクとスイーツが特産品なんだって」
「だからアークレイブのスピードもさっきより早いんだね〜ほんとクオンはスイーツが好きなんだから〜」
「そんなんじゃないよ!」
フィオナの軽口にクオンは少し反論したがその顔は笑顔だ。彼女は甘いものには目がないのだ。
もうすぐ次の国に着く少し前にフィオナが口を開く。
「クオン、そういえば風の噂で聴いたんだけど最近は盗賊が増えているらしいよ」
盗賊はこの世界に蔓延る悪だ。クオンのような旅人や商人をターゲットとして襲い保有する金品だけでなく場合となれば命を奪う。大抵の場合は命を奪わず捕らえて奴隷市場に売り飛ばすことが多い
「盗賊と火事は無くならないというしね、これもこんな世界のせいかもね」
クオンは無感情に言った。これまで軽口を叩いていたフィオナも無口になった。
世界は広い。悠久と続くそんな大地で旅を続けるには慎重さは必要だ。
アークレイブは滑るように進み、次の国の入口がある丘に辿り着く。かつての亡国全土を映しこむことが出来るこの丘でクオンは再び亡国に思いを馳せた。
(いつかはどの国も暁の国が産まれるんだろうか?)
もう夜は明け朝焼けに照らされた海の輝きが丘まで伝わってくる。
彼女は複雑な思いを胸に新たな地へとアークレイブを走らせる。
「クオン、次の国の国境警備所だよ!」
「さぁて、つぎの国はどんな街なんだろうねフィオナ?」
2人を乗せたアークレイブは国境警備所の前で止まる。
彼女たちの旅はまだ終わらない、それは新しい国に向かうからだ。
連載にしようと思いましたが諦めたので再掲載です。