足
久々に悪夢を見て、それが絵に描けるほど鮮明に記憶に残った。前回に引き続き記憶に残ったのが悪夢で何とも厭な気分である。
もやもやする夢は書いて流すに限る、と前回の第16弾『思い出してはいけない言葉』で学んだのでそうしようと思い筆を執った。
さて。
夢の舞台は遠方の親戚の一軒家であった。だがその親戚一家の名は現実のものとそっくり同じなのに家は見知らぬもので、しかも現実の朗らかに明るい雰囲気とは真逆のずーんと沈んだような厭な薄暗さがあった。
私は家族と共に(これも私の夢には珍しく現実のものとそっくり同じ)その親戚の家を訪れたらしい。あそこまで行く用事は限りなくゼロに近いのだが、一体何で呼ばれたのかは謎だ。
外で用事を済ませ、親戚一家と共にその見慣れぬ薄暗い一軒家に戻る。お邪魔します、と言いながら慣れない玄関を潜ってすぐ、玄関ホールから見えるリビングの奥に一際薄暗い廊下が見えた。
風呂場か何かへ繋がるためだろうか、そこには温泉の入口に掛けられているような暖簾が揺れていた。丁度、平均的な人間の胸の高さ辺りまでの暖簾だ。
そしてその暖簾の下から、足が垂れていた。
随分遠くから見たはずなのに、その質感までよく思い出せる。やや茶褐色の、痩せたというよりミイラ化したかのような厭な鈍い光沢のある肌。黄ばんで汚れた爪が、だらりと弛緩した二本の足の指先に並んでいた。
それを見てふと、夢の中の私は思い出した。
――そう言えばあの人首吊りしたんだっけ。
あの人、とは現実の親戚一家には存在しない人であった。そんな夢の中の人物が、自宅で首を吊って死んだ、そのことを夢の中の私はふっと、暖簾から覗くその両足を見て思い出したのである。
それを踏まえてみれば確かに、暖簾から垂れて、床より数十センチ高いところで僅かに揺れている足は首を吊った人間のそれらしい様子をしている。あの人なんだろうか、と夢の中の私は思った。
だが自殺者の遺体をそのままにしておくわけがない。夢の中の私の記憶では「あの人」の自殺はかなり前のこと。そして私以外の誰もあの足に気づいた様子はない。つまりは、幽霊か何か、そういうものということだ。
夢の中の私は憂鬱な気持ちになった。ただ一人これが見える状況で数日この家に泊まらねばならないのである。嫌すぎる。
そうして夢の中特有の爆速時間経過の中、私は足が垂れた暖簾がある家で過ごした。不思議なことに見えるのは両足だけで、暖簾の上の方のスペースには頭も縄も見えないのである。だがそれが余計に不気味さに拍車を掛けていた。
それからもう一つ不思議なのは、足が見えるのは玄関の側から見たときだけ、ということ。
あの暖簾の向こう、この家で一番薄暗く気味の悪い廊下の先は予想通り風呂場であった。なので夢の中の私はどんなに嫌でも一日一回はその暖簾を潜らなければならないわけである。だが行きと違って帰りは足が見えないのだ。
絶望の初日、私は匍匐前進で、決して上を見上げずに足の下を潜り抜けるなどした。涙ぐましい努力である。これならいける、と判明したのでそこから二日ほど、私は風呂に行く度匍匐前進で暖簾を潜り、帰りは足が見えないものの「いる」気がしてやはり匍匐前進。風呂上がりなのに。
何故風呂場側からは見えないのか。本当に謎である。片側から見えないなら両側から見えないであれよ。
そして、滞在期間最後の夜。私は恒例の匍匐前進で風呂場へエントリーを開始した。もそもそと動いて、目を固く瞑りながら暖簾の、足の下へ。
つぅ……っと、固くて少し尖った二つのものが背中を撫でた。
垂れ下がった人の両足の爪先に触れてしまったらこんな感じだろうと思わせる、肌の粟立つような、厭な感触だった。
そこで目が覚めた。
心臓がばくばくである。
覚めるならもっと早く覚めろよ、と思いつつあのタイミングでまだマシだったかも、とも思う私であった。
何も最後の夜にアクションを起こさなくてもいいではないか。そこまで数日動かなかったんだから最後まで動くんじゃない。
……あのタイミングで目が覚めなかったら、私は何を見ることになっていたのだろう。
実在する親戚一家の中にたった一人実在しない異物として、それも死者として、夢の中の薄暗い廊下に浮いた両足だけを覗かせていた「あの人」は、一体何者だったのだろうか。
背を撫でたあの感触が、今も忘れられない。
自分の夢を文章化して残しておくのと同様に、人の夢の話を聞くのが好きです。
皆さんの最近記憶に残った夢、もしあればぜひ教えてください。