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第九十四話「春の一歩、はじめての装い」

窓から射し込む陽光が、ユイの銀の髪にやわらかく反射していた。朝の光に目を細めながら、彼女は鏡の前に座っていた。


今日は、透と綾瀬と三人で出かける日。行き先は、遊園地。


「適切な選択肢を──」


ユイはつぶやくと、目の前に広げた洋服の選定を始めた。外出用の服は、人間の少女として必要とされる最低限の種類しか持っていない。その中で、春らしい色味や動きやすさ、さらには見た目の可愛らしさまで考慮しようとすれば、演算モードが自然と高まる。


「……このピンクのワンピース、透は“悪くない”と評価した記録がある」


過去の対話ログを検索し、評価値を照合する。以前、夕方の買い物帰りに着ていたワンピースに対して、透はわずかに口角を上げた。綾瀬も「似合ってる」と言ってくれた。


──再現性、良好。


ユイはゆっくりと服を手に取ると、静かに着替え始めた。人工皮膚に衣服が触れる感覚は、まだ完全には慣れていない。だが、ぎこちなくもボタンを留め、リボンを結びながら、ユイはふと胸の奥に微かな熱を感じていた。


──今日は、はじめて三人での遠出。


それが、なぜだか「特別」なことのように思えた。プログラムされたスケジュールに「特別」の項目はないのに。単なる外出、単なる移動、単なるレクリエーションのはずなのに。


「……心拍数、上昇。外的要因なし。……原因、解析中」


ユイは胸に手を当てた。その鼓動のような感覚は、本物の心臓ではない。だがそれでも、彼女はそれを「高鳴り」と呼びたかった。


リビングから、透の足音が聞こえてきた。出発時刻が近づいている。


「……もう少し、待っててください」


ユイは自分にそう言い聞かせながら、鏡に向き直った。髪を軽く整え、いつもよりもほんの少しだけ明るい色のリップを引く。人間の少女たちの“おしゃれ”に関するデータを参照し、必要最低限の化粧を施した。


「これで……良し、でしょうか」


鏡に映る自分を見つめる。アンドロイドとして設計された整った顔立ち。その中に、どこか人間らしい戸惑いが浮かんでいるのを、ユイ自身が自覚していた。


それでも今日は──春の風に背中を押されるように、ほんの少しだけ前に進む日。


リビングのドアの前で、一度だけ深呼吸をする。もちろん酸素は必要ないが、それでもそうせずにはいられなかった。


「お待たせしました」


扉を開けて、ユイは言った。


透と綾瀬が、こちらを振り向く。


その瞬間、ユイの人工演算領域に“満足”という指標が灯った。ほんのわずかでも、その日差しに照らされた笑顔たちの中に、自分も加われたことが──嬉しかった。



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