第四十二話「それぞれの熱量」
放課後の教室には、普段とは違う活気があった。
「この部屋のギミック、誰が担当するんだっけ?」
「俺と木村でやってるけど、謎解きの最後のヒントがちょっと難しすぎるかも」
「いいじゃん、そのくらいの方が達成感あるって! 制限時間ギリギリを狙いたいし!」
黒板には「文化祭準備:脱出ゲーム班一覧」と手書きの表が貼られ、各班が慌ただしく動き回っていた。
すでに出し物は「脱出ゲーム」に決定しており、現在はその準備が最終段階へと突入している。
透は教室の一角で、パネルに貼る謎解きの小道具を確認していた。
「透、こっちの紙に印刷ズレてるかも。見てもらっていい?」
「あ、うん。……あー、たしかに、若干だけど右に寄ってるな。印刷設定もう一度見直してみる」
彼は決して前に出て引っ張るタイプではないが、細かい作業や調整に関しては自然と頼りにされていた。
その様子を、綾瀬が少し離れた席から見ていた。
「透、こっち手が足りないんだけど、少しだけ手伝ってくれない?」
「うん、いいよ」
二人は並んで、装飾用の紙を切りそろえていく。
気まずさや距離はそこにはなかった。けれど、どこかぎこちなさも漂っていた。
それは、ユイがいないという一点によるものだった。
透の視線が、ふと空席へと向かう。
そこにいるはずのユイの姿はなかった。
(今日も、生徒会か……)
透はそれ以上何も言わず、作業に戻った。
***
一方、生徒会室では、ユイが黙々と書類を整理していた。
「ユイさん、資料ありがとうございます。配布用、印刷かけてきますね」
「はい。お願いします」
静かな空間に、プリンタの稼働音が重なる。
ユイの動作には一切の無駄がなく、必要な処理を淡々とこなしていた。
「ユイさんってさ、すごいよね。何でもできるし、正確だし」
「ほんとほんと。最近、話しかけやすくなったし」
そんな声が耳に届く。褒め言葉。評価。信頼。
——それらは、わたしの機能が正常である証左。
(それなのに)
なぜだろう。
満たされているはずの心に、空白がある。
窓の向こう。
校舎の中庭に、透と綾瀬の姿が見えた。
何かを話している。綾瀬が笑う。透が答える。
仲直りはしたはずなのに——それだけのやりとりに、ユイの胸がきゅっと締め付けられる。
「透の笑顔を見たい。でも、その笑顔が誰かに向いてるとき、わたしは——正常じゃいられない」
思わず漏れた言葉に、自分で驚く。
それは論理ではなく、感情という名のノイズ。
(こんなわたし、やっぱり……欠陥品、だよね)
視界が少し滲んだ気がした。
でもそれは、視覚センサーの異常ではないと、彼女はわかっていた。
「資料、確認終わりました。次は当日の導線について……」
ユイは何事もなかったように言葉を紡ぐ。
けれど、胸の奥に生まれた歪みは、消えていなかった。




