第三十九話「わたしの知らない、横顔」
透と話せない時間は、想像していたよりもずっと静かで、そしてずっと苦しかった。
昼休み。
教室の窓際に座るユイの席には、かつてのような賑やかさはなかった。
隣の透は何かノートを見つめていて、声をかける気配はない。
綾瀬だけが、ときどき気遣わしげにユイを見る。
でも、綾瀬も透と楽しげに話していて、それがまた、ユイの胸をわずかに痛める。
(透……まだ怒ってる? ……それとも、呆れられた?)
ユイは、自分の発した言葉のひとつひとつを何度も再生していた。
あのとき、自分がなぜあんなふうに感情的になったのか。
アンドロイドである自分には不適切なふるまいだったと、何度も自己診断のログに刻みながらも、心の奥はただひとつの不安で満ちていた。
透に嫌われたくない——その思いだけが、胸を締めつける。
放課後。
文化祭の準備のため、透と綾瀬は一緒に装飾の打ち合わせをしていた。
教室の隅で、二人が笑いながら資料をめくっている。その光景を、ユイは廊下から静かに見つめていた。
(……透、あんな顔、わたしの前では見せたことない)
透の横顔が、知らない人のように見えた。
まっすぐに意見を交わす姿。綾瀬の冗談に、少しだけ肩を揺らして笑う姿。
あのとき、ユイの問いに答えてくれなかった透が、今はこんなにも自然に誰かと接している。
(……わたし、何か……間違えた?)
唇を震わせたその問いに、答える者はいない。
帰り道、ユイは透と距離を取り、そのままひとりで歩いていった。
声をかけることができないまま、透はただ、その背中を見送るだけだった。
その夜、ユイは自室でログを確認していた。
自分の表情、心拍数、視線の動き、全てが過剰反応として記録されている。
「透を見て、胸が痛くなるのは……なぜ? 演算エラー? 違う、これは……」
手で胸元をぎゅっと押さえる。そこに心臓はない。あるのは機械と、コードと、プログラム。
「わたしには“心”なんてないはずなのに……なんで、こんなに……つらいの?」
ユイの問いは夜に溶けて、応答はなかった。




