第三十一話「少しだけ、遠い」
放課後の廊下に、軽やかな靴音が響いていた。
ユイは胸元を軽く押さえながら、生徒会室へと歩いていた。
(緊張してるのかな、私)
人間のような心臓はないはずなのに、胸が落ち着かない。
ドアの前で立ち止まり、大きく深呼吸をする。
「失礼します――見学希望の、ユイです」
* * *
一方、透は教室で綾瀬と向かい合っていた。
二人きりの空間が、妙に静かに感じられる。
「……ユイちゃん、すごいよね」
綾瀬がぽつりとつぶやいた。
「前に進もうとしてる」
「……あいつ、頑張ってるよな」
透の声には、どこか遠くを見るような色があった。
「透は、寂しくないの?」
唐突な問いに、透は目を瞬いた。
「べつに、寂しくなんか……いや、ちょっとは、あるかもな」
綾瀬はその答えに、ほんの少しだけ唇を緩めた。
けれどその笑みもすぐに消える。
「私たち、きっと変わっていくね。みんな、それぞれに」
「……そうかもな」
教室の窓から差し込む夕陽が、二人の影をゆっくりと伸ばしていた。
* * *
生徒会室では、ユイが先輩たちの説明を真剣に聞いていた。
紙資料を受け取りながら、彼女の視線は常にまっすぐだった。
「ほんとにアンドロイドなんだよね? 信じられないくらい優秀じゃん」
生徒会の副会長が冗談めかして笑った。
ユイはすこしだけ戸惑い、しかしすぐに笑顔を返した。
「ありがとうございます。でも、私はまだまだです。皆さんに近づけるように、努力します」
その言葉には嘘がなかった。
自分の足で立ち、何かを得ようとする――そんな意志が滲んでいた。
* * *
夜、ユイは透の部屋のドアを軽くノックした。
「ただいま」と言いかけたが、それは何か違う気がして、そっと言い換える。
「今日……見学、楽しかったよ」
「そっか。良かったな」
透はゲームを中断し、ユイの方を見た。
その視線の奥に、言葉にしない感情があった。
「なんかさ、ユイ、最近ちょっと変わった気がする」
「え?」
「いや……悪い意味じゃない。ちゃんと、前に進んでるって感じ。……なんか、すげぇなって」
ユイは一瞬、目を見開いたが、すぐにふわっと笑った。
「それはきっと、透が隣にいてくれるからだよ」
その言葉に、透は少しだけ頬を赤くした。
けれど視線は外さないまま、少し照れたように返す。
「……だったら、これからも隣にいてやるよ。お前が嫌じゃなきゃ、だけどな」
ユイはゆっくりと首を振る。
「嫌なわけないよ。……ずっと、いてね」
そうして交わされたまっすぐな言葉だったが、透は言いしれる不安を感じていた。
誰にも気づかれない、気づかれたくない。
――こんな、醜い心は。




