第十三話「触れた掌、消えない温度」
帰り道。
空には雲が広がり、夕焼けの赤も次第にくすんでいく。
透は徐々に伸びていく影を追いながら、片方の手でユイの手を握っていた。
彼女の歩幅は普段より遅く、足取りも少し不安定だった。
「……ユイ、大丈夫か?」
「うん……。ごめんね、透。川で濡らしちゃって……」
「いや、謝るなよ。転んだのは仕方ねぇし……」
そう言いつつ、透はちらりとユイの横顔を盗み見た。
頬が少し赤く見える。気のせいだろうか――いや、違う。
「……ユイ、顔、赤くないか?」
「……ちょっと、あつい。なんだか、くらくらする……」
その言葉に、透の心臓が跳ね上がる。
「おい、まさか……オーバーヒートとか、じゃ……!」
ユイの足がふらついた。
とっさに支えると、彼女の身体は想像以上に熱を帯びていた。
「っ、やばい……急ぐぞ!」
ユイの肩を抱くようにして、透は駆け足で家路を急いだ。
***
玄関を勢いよく開けた瞬間、透の母が顔を出した。
「どうしたの、透? ――えっ、ユイちゃん!?」
「母さん、助けてくれ! ユイがオーバーヒートしかけてる!」
すぐさま母がタオルを取りに走り、透はユイをリビングのソファに横たえた。
水で濡れた服が体温を奪うどころか、今は逆に熱をこもらせている。
「服、脱がせてタオルに包んで! 私はカスタマーサポートに電話する!」
「わ、わかった!」
母の指示に従いながら、透の手は震えていた。
ユイの額に触れると、まるで熱を持った金属のようにじんじんと熱かった。
「ユイ……おい、しっかりしろって……!」
彼女の目は薄く開いているが、焦点は合っていない。
呼吸もわずかに荒い。
「ユイ、俺がついてるからな。今、助けるから……!」
タオルで体を拭き、氷嚢代わりの冷水パックを首元と脇の下にあてがう。
処置をするたび、透の心臓はぎゅっと締め付けられるようだった。
ただの機械だと、何度も思い込もうとしていた。
けれど――いま目の前で苦しそうにしているユイを前に、そんな考えは意味を成さなかった。
「ユイちゃん、簡易処置で熱を逃がせばなんとかなるって。明日の朝には落ち着くはずよ」
電話を終えた母がそう言ってくれる。
透はようやく、ほんの少しだけ息をついた。
ユイの手をそっと握る。
その手は、熱を帯びていたけれど、どこか人間の温もりに似ていた。
「おまえ、ほんとに……心配かけてばっかだな」
少しだけ、ユイが笑ったように見えた。
「……だって……透が……助けてくれるって、信じてたから……」
その言葉に、胸の奥が強く、静かに震えた。
なぜだろう。
ユイの声を聞いたとたん、喉の奥が熱くなった。
体が無事で、それだけで安堵した自分に、驚いていた。
この数週間で、ユイは確実に自分の生活の中に入り込んでいた。
最初はただの厄介な存在で、異物でしかなかったのに――
いま彼女がいなくなることを考えると、ぞっとする。
それくらいには、ユイという存在は、自分の心の中で大きくなっていた。
ただのアンドロイドじゃない。
ただの同居人でもない。
――ユイは、俺にとって。
「……バカだな、俺……」
口に出してみると、少しだけ肩の力が抜けた気がした。
ユイの指が、わずかに透の手を握り返してくる。
その微かな力に、胸がぎゅっと締めつけられた。
「……早く、元気になれよ。ユイ」
その夜、透はユイのそばを離れずにいた。




