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桃太郎の育て方

作者: 遠物語

童話「桃太郎」の二次創作として、桃太郎が育つまでの短編です。



 むかしむかし、あるところにおじいさんとおばあさんがいました。


 ある日、おじいさんは山へ柴刈りに、おばあさんは川へ洗濯に行きました。

 おばあさんが洗濯をしていると、川の上流から大きな桃が流れてきました。


 おばあさんは大きな桃を見て、おじいさんと食べようと思い、桃を持ち帰りました。


 おばあさんが苦労して桃を家に持ち帰り、おじいさんと一緒に桃を切ろうとしました。

 しかし、その時、桃がわずかに動くのを見て、おばあさんはこれがただの桃ではないことに気が付きました。

 桃が内側から少し破れ、小さな手が出てきたのを見て、おばあさんは桃を慎重に割っていきいました。


 少しの時間が経ち、その桃から、小さな赤子が出てきました。



 おじいさんは赤子を見て、驚きました。

「これはどうしたことか。桃から赤子が出てきた。」

 赤子は大きな声で泣き始めました。

 おばあさんは、驚いているおじいさんを尻目に、お湯を用意し始めました。

 幸い、囲炉裏にはすでに火が入っていました。


 しばらくして、おばあさんはおっかなびっくり、赤子に産湯を使い、わずかにあった布でくるみました。


 赤子は泣きつかれたのか、眠ってしまいました。


 おばあさんは赤子を抱きかかえたままです。

 赤子の高い体温を、早い心臓の鼓動を、体で感じていました。


 おばあさんはおじいさんに言いました。

「おじいさん。この子を私達で育てませんか。」


 おじいさんは、年を取った夫婦で子どもを育てることは難しいと思いましたが、同時に、村の誰も、拾った子どもを育てようとはしないだろう、とも思いました。


 おじいさんも、若い時は子どもを望んでいたことを思い出し、桃太郎ごと、おばあさんを抱きしめました。




 子どもがいなかったおじいさんとおばあさんは、桃から生まれた桃太郎を育てることにしました。


 しかし、おじいさんもおばあさんも、子どもを育てたことがありません。


 そもそも、おばあさんは子どもを生んだことがないため、母乳を出すことができません。


 桃太郎に食べさせるものがないため、おじいさんは村の他の家を頼ることにしました。


 おじいさんもおばあさんも、それまではあまり村の人と親しく付き合ってはきませんでした。それは、おじいさんたち夫婦に子どもができず、村の他の家には子どもができたからかもしれません。

 他の家の子どもが成長していく姿を見るにつけ、段々とおじいさんとおばあさんは積極的に村の中に入っていこうとは思わなくなっていました。


 しかし、おじいさんは赤ん坊のため、村で子育て中の若夫婦の家を訪ねて、頭を下げました。

「このとおり、お願いがある。」


 若夫婦は、あまり人付き合いをしていないおじいさんとおばあさんが急にやってきて、頭を下げたその姿を警戒しました。


 『簡単なことではないことをお願いしにきた』と思ったのです。


「捨てられていた赤ん坊を拾って、育てることにした。しかし、ばあさんは子どもを生んだことがないため、乳が出ない。どうか、この子にも乳をやってもらえないだろうか。」



 若夫婦は最初、断りました。


 若夫婦の生活も決して楽ではありません。

 若夫婦の旦那は子どもをが夜泣きをするため、妻が何度も起きて十分に寝られていないことを知っていました。

 また、母乳を子どもにあげることで、妻の体調が以前よりも健康でなくなっているとも感じていました。


「乳をあげるのは、命をあげることだ。簡単には頷けねえ。」


 おじいさんも、そう言われるだろうことは、薄々感じていました。

 子育てとは決して楽なことではない、と。

(しかし、これで引き下がったら赤子は死ぬしかない。)


「そこを曲げて頼む。あの赤子は、乳を飲まないと死ぬしかない。この村に今、乳が出るのはお前のところのおっかあだけだ。このとおりだ。」

 おじいさんは深く頭を下げて、続けます。


「乳をもらう礼に、わしの刈ってくる柴は毎日、半分はこの家に持ってくる。わしはその分、柴を多く刈る。お前の家は、その間、柴刈りをしなくて良くなる。その分、別のことをして、おっかあに楽をさせることができれば、決して悪いことばかりではないはずだ。」


 おじいさんは、赤子のために、柴をいつもの倍、取ってくることにしたのです。かまどの燃料としての柴はどの家でも必要で、若夫婦はおじいさんの柴と交換で、赤子に乳をあげることを承知しました。


「すぐに連れて来る」


 おじいさんは家に戻り、おばあさんと赤子を連れてきました。



 若夫婦の妻は、おばあさんが連れてきた赤子に乳をやりながら聞きました。

「この子は名前を何ていうの?」


 おじいさんとおばあさんは顔を見合わせました。

 考えていなかったのです。


「桃を拾ってきた縁なので、桃太郎にしないか。」

「いいですね」

 名前は、桃太郎に決まりました。

 おじいさんは、『桃から生まれた』とは口にしませんでした。

 『普通の生まれではない子どもには乳をあげられない』と言われては終わりだ、と思っていたからです。


 おばあさんは数日して、すぐに洗濯を若夫婦の分までやることを申し出て、若夫婦の赤子のオムツのお下がりを、桃太郎のオムツとしてもらうことにしました。


 こうして、若夫婦と老夫婦は、協力して生活することになります。


 おじいさんとおばあさんが二人だけで生活していたときと比べると、生活は苦しく、仕事も多くなりました。

 しかし、おじいさんとおばあさんは、桃太郎の泣き声を聞いて、桃太郎を抱き上げ、川の字で寝ていると、明日からの活力が湧いてきました。




 それから数年経ち、桃太郎は大きくなり、歩いて話ができるようになり、村の他のこども達と遊ぶようになります。


 ある日、桃太郎は泣きながら家に帰ってきました。顔にも傷があります。


 おばあさんは驚いて聞きました。

「桃太郎や。どうしたんだい?」


 桃太郎は泣きながら言いました。

「ぼ、僕は、桃から生まれた化け物だって言って。仲間はずれにして、みんなが石を投げるんだ。」


 おばあさんは桃太郎を抱きしめました。

「桃太郎。可哀想にね。でも、そんなことはないよ。お前は私が生んだ、わたしたちの子どもだ。年がいってからのこどもだから、きっとおかしなことを言われたんだね。」


 桃太郎は泣いたままでした。

「ごめんね。若い時に生んであげられれば、こんな思いをせずに済んだのにね。」

 おばあさんも一緒に涙を滲ませながら、桃太郎の背中を優しくさすりました。


 桃太郎は、泣きつかれて眠りました。


 おばあさんは、おじいさんに相談します。

「なんとか村の皆に頼んで、仲間に入れてやってもらえないかねぇ。桃太郎が可哀想だよ。」


 しかし、おじいさんは違う意見でした。

「大人が言っているならそうするが、子どもの間の話だ。子どもには子どものルールがある。桃太郎に自分からなんとかするべきだ。」



 翌朝、おじいさんは桃太郎に言いました。


「桃太郎。いじめられないようにするためには、体を鍛えるんだ。今、仲間に入れてもらえないから頭を下げても、そのうちまた何か言われるだろう。言われても大丈夫なように体を鍛え、強くなりなさい。」

「どうしたらいいの。」

「走るんだ。それか、わしと一緒に柴を刈るか。」


 桃太郎は、しばらくおじいさんと一緒に山に行き、柴刈りをするようになりました。

 おじいさんは桃太郎を鍛え、山の中にある食べられる実を教え、一人で素早く動くコツや、相手に殴られたときの防ぎ方を教えました。


「これでいじめっ子に仕返しできる?」


「仕返しできるだろう。だが、桃太郎。お前は力が強い者にいじめられて悲しかっただろう。いじめっ子も、仕返しされると、きっと悲しい。」


 桃太郎は不満そうです。


「じゃあ、仲良くできない?」

「そうじゃない。桃太郎が悲しいことも伝えて、仕返ししたときは、きちんと謝るんだ。それできっと伝わる。」

「やられたからやり返したのに、僕が謝るの?」


 おじいさんは、幼い桃太郎に伝わるかどうか悩みながら、言いました。


「そう。謝る。やられたからやり返したとしても、村の仲間だ。仲間を殴るのは、良くないことだ。だが、殴らないとわからないなら、殴る。そして、殴ったことを謝る。ワシは若い頃、そうした。」


 そんな生活を一月もして、すっかり体が丈夫になった桃太郎は、村のこども達が今度は別の子をいじめているところに居合わせました。

 桃太郎は割って入りました。


「いじめるのは、だめだ。」

 こども達は、突然入ってきたがっしりした体のこどもが桃太郎だとはすぐに気が付かず、桃太郎だとわかると驚きました。


「お、お前は桃の化け物じゃないか。」

「違う。僕はおばあさんから生まれた。」

 いじめっ子が桃太郎に殴りかかると、桃太郎はおじいさんから学んだ体捌きで躱してそのまま突き飛ばしました。


 いじめっ子は、自分が突き飛ばされたことを知り、泣き始めました。

 桃太郎は、他の子に言いました。

「ほら、こうやってひどい目にあうと悲しいよね。僕も嫌だった。みんなで仲良くしよう。」


 桃太郎は、いじめっ子にも頭を下げました。

「突き飛ばしてごめん。」


 桃太郎は、村のこども達と再び遊ぶようになりました。

 ただ、たまに、男の子たちを引き連れて、山に柴刈りに行くようにもなりました。

 僕はこれで強くなった、と男の子たちに言ったので、『強くなるためには柴刈りだ』と思ったようです。



 それから更に数年が経ちました。


 桃太郎は体がメキメキと大きくなり、村のこども達のガキ大将となりました。


 桃太郎の周りには、いつも数人の村のこどもがいて、よく笑うようになっていました。

 

 おじいさんはある日、浮かない顔をしている村のこどもを見つけました。


(あれは、桃太郎と特に仲が良かった子だ。)

 赤子の頃は、その子の母に桃太郎も乳をもらっていた、兄弟と言ってもいい間柄の子です。


 その子は、村はずれの木の陰に隠れると、泣き始めました。

 小さな子どもの泣き様ではなく、途方に暮れたような泣き方でした。


(何があった。)

 おじいさんは、出ていこうとしましたが、子どもらしからぬ泣き方が気になり、少しの間様子を見ていました。


 すると、桃太郎がどこからかやって来て、親しげに肩を組み、おじいさんの家に入っていきました。

 対照的に、その子はビクビクして様子がおかしいようでした。



 今は昼日中で、おばあさんは川へ洗濯に行っている時間です。おじいさんの家は誰もいないはずでした。


 おじいさんは、自分の家の中をそっと覗き込み、絶句しました。


 乳兄弟の子は頭を抱えこむように縮こまり、桃太郎はその体を何度も蹴っていました。


「何で、お前の家の分まで僕が柴を刈ってこないと行けないのかな。お前が自分で持ってくればいいじゃんよ。」

「そ、その分はこっちから食べ物を分けているから。柴を刈っていると、食べ物を集められないんだ。」

「両方やればいいだろ。」


 桃太郎の暴力はエスカレートしていき、殴られている子はそのうち「ごめん」とうめき声しか上げられなくなりました。


 おじいさんは家に飛び込みました。

「何をしている!?」


 桃太郎は、ハッとして、まずいところを見られた、という顔をしました。

「今すぐ蹴るのをやめろ。」


 桃太郎は、悔しいような、もどかしいような、なんとも言えない顔をした後、ボソッと「行っていい」と言いました。


 子どもは、蹴られていたお腹を抱えてヨタヨタと立ち上がりました。


「大丈夫か?どこかひどく痛むところはあるか?」


 子どもは頭を左右に振ると、黙って家を出ていきます。


 おじいさんは、子どもの背中に声をかけました。


「本当にすまない。後で必ず詫びに行く。」



 おじいさんは、桃太郎に向き直り、言いました。


「桃太郎。なぜあんなことをした。」

「・・・」

 桃太郎はこちらを向きません。


 おじいさんは、自分でも驚くほど低い声を出していました。

「言いたくないのか。言いにくいのか。」


 それに少し驚いた桃太郎は、こちらを上目遣いに見ました。

 桃太郎はこども達の中では特に大きな身体を持っていましたが、まだ背はおじいさんの方が高く、見下ろすようになります。


「・・・おじいさんが山で芝を刈る量が減れば、少しは楽になると思った。」

「わしらが柴を多く刈っている代わりに、わしらはお前の分の食事を分けてもらっている。柴を刈らなくなれば、食事は分けてもらえなくなる。」

「アイツが自分の家の分も芝を刈って、食事も持ってくれば、僕たちの生活は楽になる。」

「それは鬼の所業だ。・・・わしらが楽になった分だけ、あの家が苦しむことになるんだ。それでもいいのか。」

 おじいさんは、言いながら桃太郎の顔をじっと見ていました。

 桃太郎の言葉から、表情から、動作から、彼の心根を見逃さないように。


「・・・僕を拾ったから、おじいさんは生活が苦しくなった。」

 桃太郎は、小さな小さな声で、つぶやきました。


「なに?」

「アイツが言っていた。僕が赤ん坊だった時、あの家の乳を分けてもらう代わりに柴を多く持ってくるようになったのが、始まりだったって。」


 おじいさんは、それまで桃太郎に『お前は、わしとばあさんの間にできた年の離れた子だ』と何度も言ってきました。

 そうでないと、桃太郎は孤独になってしまう、と思っていたからです。それに、おじいさん自身、桃太郎を本当の息子だと思って育ててきました。


 しかし、あの家の夫婦は、当然、あの時おじいさんが言った「拾ってきた」という言葉を知っていました。


「僕を拾わなかったら、おじいさんは毎日2件分の柴を持ってこなくてよかった。おばあさんは毎日倍の洗濯をしなくてよかった。」

 桃太郎は、悔しそうな顔をしました。


 おじいさんは言いました。

「わしは、柴を刈って来なくてもいい代わりに、お前が居なかった方が良いとは思わない。・・・しばらく、家の中で頭を冷やしていなさい。」



 おじいさんは、家を出て、川へ行きました。


 洗濯をしているおばあさんに、おじいさんは事情を話し、相談しました。


「わしは見てしまった。あの子が実に手際よく人を蹴り、子どもが悲鳴を上げるのを見ているのを。・・・あれは悪鬼じゃった。」

 言いながら、おじいさんは自分の声が震えていることを感じました。

 おじいさんも、こんなことを言いたくはないのです。


 絞り出すように、続けました。

「桃から生まれた子供など、まともな子であるはずがなかったのだ。儂らは悪の種を育ててしまった。」


 おばあさんはおじいさんの頬をはたきました。

 バチン、と派手な音がなります。

「しっかりしんさい!悪鬼だと言うなら、なぜあの子は毎晩声を殺して泣くのです。わかってもらえないと泣くのです。」


 おじいさんは、おばあさんの大声と、桃太郎がおじいさんの知らないところで泣いているという事実に驚きました。


 おばあさんは続けます。

「あの子は普通ではないかもしれないけど、悪の芽が出ているのかもしれないけれど、それを今育てているのは私達です。あの子を善人に育てることができるのは、今、私達をおいて他にないのです。」


 おばあさんも、おじいさんから聞いた桃太郎の様子にショックを受けていないわけはないのです。

 しかし、おばあさんは桃太郎をこのままにしていいとはまったく思っていませんでした。


「涙を流しているのなら、悲しみを覚えているのです。私達が教えられることを教えずに、どうして立派な人になるのですか。また、一言言うだけで立派な人になるわけもなし。毎日言って聞かせて、行動してみせ、行動したら褒めてやる。それを繰り返さないでどうして立派な人が育ちましょう。」


「私達は歳をとった夫婦で、あの子はそれだけで周りから見て負い目があります。周りから何やら嫌なことも言われているでしょう。そういうことを聞き続けると心の根が曲がってしまいます。それ以上に、私達が励まし、伝え、手本とならないと、キチンと育つはずもない。」


「それをせずに、生まれが少し違うからと親が子を悪と断じて放置するなんて、それこそ子を拾うべきではなかったと言われるでしょう。」


 長く話したおばあさんは、その反動のように黙ってしまいました。



 おじいさんは、しばらく黙っていました。


「すまなかった。」

 おじいさんは、おばあさんに謝りました。


「そうじゃった。儂はいつの間にか、子がいるのが当たり前、言葉が通じるのが当たり前、良い子になるのが当然、仲良くできるのが当然、我慢できるのが当然と思ってしまった。」


「それら全て、ただ待っているだけでできるものではないのにな。」


「儂ら次第なのだ。あの子を育てるのは、儂らしかいない。」




 おじいさんとおばあさんは家に戻りました。


 おばあさんは、そこにいた桃太郎を抱きしめて泣きました。


「ごめんね。こんな思いをさせて。やりたくてやったわけではないのにね。」

 その声を聞いて、桃太郎は顔をくしゃくしゃにしました。


「ごめんなさい。僕は、僕のせいでおじいさんとおばあさんに苦労をかけていることが、嫌で。楽を、させてあげたくて。」

 桃太郎も涙を流していました。


 おばあさんは、赤子の桃太郎を拾ったときよりもすっかりシワだらけになった手で、強く桃太郎を抱きしめました。

「桃太郎や。伝えられて無くてごめんな。わたしたちは、お前が来てくれて、本当に幸せなんだよ。少しくらい仕事が増えたって、お前が元気に、まっすぐに育ってくれさえすれば、なんてことはないんだ。」


 桃太郎は、おばあさんの力が思ったよりも強くないことを感じ、なお、涙が出てきました。

「でも。・・・僕は、おじいさんとおばあさんに楽をさせたい。」


 桃太郎とおばあさんは、しばらく泣き続けていました。



「桃太郎や。」

 涙も乾いた頃、おじいさんが桃太郎に言いました。

「わしもばあさんと同じだ。お前が元気にまっすぐ育ってくれれば、わしらの苦労なんて、ないも同じだ。」

 桃太郎は、また涙がこみ上げてきました。

「はい。」


「お前がわしらのことを思ってくれたことは嬉しい。」


 桃太郎はおじいさんの目を見ました。先程まで、正面を向いておじいさんの顔を見れていなかったのです。


「しかし、お前がそのためにやったことは、やってはいけないことだ。自分が楽をするために、その分他の人を苦しめるというのは、やってはいけないことだ。」


 おじいさんは続けます。

「あの家は、お前が赤子の時に乳を分けてもらっていた。あの家の乳なければ、お前は死んでしまっていただろう。そして、今もあの家に柴を持っていき、選択をする代わりに、食事を分けてもらっている。協力して生きている。仲間なのだ。仲間を苦しめてはいかん。」


 桃太郎はハッとしました。おじいさんは、昔と同じことを言っていることに気がついたのです。

「僕は、また間違えていたんですね。」


 おじいさんは、桃太郎の気づきに満足したのか、少し笑いました。

「じゃあ、謝りに行くぞ。」



 おじいさんと桃太郎は、さきほどの子どもの家に行き、子どもとその親に対して、頭を地面に擦り付けて謝りました。

「申し訳なかった。このとおりだ。こんなことは二度としない。」


 おじいさんの態度に驚いた桃太郎は、自分も慌てて頭を地面につけました。

「ごめんなさい。僕が間違っていた。」


 事の次第を知った子どもの両親は怒っていたが、途中で我が子が「だから拾われっ子はだめなんだ」と口を出したことで、そもそもの原因がどこにあるかを悟り、子どもを叩いて、喧嘩両成敗になりました。


 桃太郎は、『自分のために他人につらい思いをさせてはいけない』ことを、学びました。



 それから更に数年が経ちました。

 桃太郎は更に大きくなり、背もおじいさんを追い抜くだけなく、村の誰よりも立派な体格の青年になりました。


 桃太郎は、体格に見合った力の強さと、相手の気持ちを思いやる思慮深さを持ち、村一番の青年と言われるようになり、それに奢ることなく、日々一生懸命働きました。



 ある時、桃太郎は村の諍いに割って入りました。


 畑に引く水の量を、上流の畑が増やしたため、下流の畑に来る水が減ってしまい、作物の出来が悪くなった、という話でした。


 本来は、このようなことを仲裁するのは「庄屋」という、村長のような人がやるのですが、タイミングが悪く村を離れていました。


 桃太郎はまず、上流の畑の持ち主に話を聞きました。

「水は皆で分けて使う財産です。なぜ多く使うようになったのですか?」


 桃太郎は村の若い衆の中でも特に若かったのですが、立派な体格と力自慢、そして中々の知恵者として村では見られていたため、素直に話を聞くことができました。


「そうは言っても、おらのところの畑は昔から狭くて、食べていくのが精一杯だった。食べ物が足りないから親は子に食べ物を多く与えて、爺さん婆さんも満足に食えないから、うちは長生きできない。だから、林の木を切り倒して畑を数年かけて広げたんだ。この大きさの畑があれば、少しは生活が楽になるんだ。家族を食わせられるんだ。」


 桃太郎は頷いて聞いていました。

 家族を楽にしたい、という気持ちは、おじいさんおばあさんの暮らしを楽にしたい桃太郎には、身にしみてわかるからです。


「気持ちはよくわかりました。家族を楽にしたいというのは私もいつも思っていることです。しかし、水が流れてくる分すべてあなたの畑で取ってしまうと今度は下流の畑で作物がならなくなり、こちらの畑で暮らしている家族が飢えるのです。」


「では、おらの家はずっと腹をすかして、早死してればいいというのか!?」


 上流の畑の持ち主は、自分の数年の努力がなくなるのではないかと、気が立っています。桃太郎は、彼のペースに付き合わず、落ち着いて話を続けます。


「川の水を増やすところまで仕事をしてはどうでしょう。川の更に上流に行けば、この川は更に大きな川にぶつかります。この川は、その大きな川から分かれた支流です。その大きな川からこちらに水が来るように、川に少しだけ堰を作るんです。」


「そんな仕事はおら一人では無理だ。」


「村の皆でやるんです。ただし、村の皆がやるだけの成果がいります。あなたが何年もかけて作った畑のいくらかは、あなたのものではなく、村の皆が使うことになるでしょう。」


 上流の畑の持ち主は、不満顔になりました。


「どうしておらが苦労して作った畑をあげないといけないんだ。」


「畑だけで考えるからです。この畑は水が使えないと作物が作れません。水を引くところまでで一つの畑なんです。そして、水を引くところをやってくれた人には、その分を分けてあげるんです。」


 桃太郎は粘り強く話をして、やがて、上流の畑の持ち主を口説きました。


 その後、村で畑が小さく食べていけない人に声をかけ、畑を分けてもらえる代わりに川の堰作りの人手を集め、堰を作ってしまいました。


 桃太郎は、戻ってきた村の庄屋からも『桃太郎は知恵者だ』と褒められました。



 おじいさんは、そんな立派な青年になった桃太郎を誇りに思いました。


 そして、桃太郎にある時、声をかけました。

「桃太郎や。お前は力は強い。知恵もある。剣術を習ってみるつもりはないか。」


 桃太郎は悲しそうな顔をしました。


「おじいさん。僕は昔、不要な暴力で仲間を傷つけました。剣術を習うことで、また間違った時に、取り返しがつかないことをしてしまうのは、怖い。」


 おじいさんは逆に、その顔を見て安心しました。


「桃太郎や。剣を学ぶのに、最も必要なことはその心なのだ。ある程度強くなるのは、誰でもできる。剣『術』というのだから。だが、それを誰にでも教えていると、今お前が言ったようなことが起こってしまう。『武』という字を知っているか?武術の武だが、これは「戈を止める」と書くのだ。戈を止める心を持つお前は、剣術を学ぶ資格があると、わしは思うよ。」


 桃太郎は、しばらく悩んだ末に、習ってみることしました。

 村には剣術を教えられる人がいないため、山を一つ越えた先の道場に通うことになりました。


 桃太郎は体力が有り余っていたため、毎日山を越えて道場に通いましたが、学ぶためのお金と道具のお金は貧しい桃太郎の家にはありませんでした。


 おじいさんは、『桃太郎が剣術を覚えれば、村の力になる』と、庄屋のところへ出かけていき、頭を下げました。


 水の諍いを解決したことで、桃太郎を覚えていた庄屋は、『いつか剣術を役に立てること』『学んだ剣術を村の若い衆に教えること』を条件にして、お金を出すことを承知しました。


 こうして、桃太郎は、貧しい家から出たにもかかわらず、剣術を習い、道具を揃えることもできたのです。

 桃太郎は剣術を覚えることで、力自慢だけであった以前とは比べ物にならないほど強くなっていきました。


 一方、日々桃太郎が強くなっていく一方で、老いによって、おじいさんとおばあさんは体が縮み、背が曲がり、体も少しずつ、自由が効かなくなってきました。


 桃太郎は強さを手に入れ、一方で、老いて小さくなっていくおじいさんとおばあさんを見て、悲しくなりました。


10


 桃太郎が剣術を学び、十分に強くなった頃、村の周辺で鬼が現れました。

 鬼というのは、人と同じ形をしていたが、頭に角があり、筋力強く、金棒を振り回して人に害を与えるもの、と言われていました。


 村の端に家畜を飼いながら暮らしている者が襲われて怪我をして、家畜が1匹奪われました。


 村では代表者が集まり、対応を話し合いました。

 若い衆の代表として、また、村で唯一の剣術を使えるものとして、桃太郎も呼ばれました。


「それでは、村としては、一回様子見る、ということでいいか?」

 話し合いでは、『村で戦えるのが桃太郎一人ということもあり、何人いるか分からない鬼に対抗できるかわからないこと』、『村の周辺で鬼が出たのは初めてのことであり、たまたま放浪した鬼が立ち寄って家畜を食べるためにさらっていっただけで、もう二度と来ないかもしれないこと』などの意見で、様子を見ることになりました。


 桃太郎としても、力任せに暴力を振るうことは本意ではないため、特に異論はなく、被害を受けた村人に皆から見舞いを持っていこうと提案しただけでした。



 しかし、鬼は何度もやってくるようになってしまいました。


 一度は桃太郎も姿を見たものの、鬼は背を向けて逃げていくところであり、何もできませんでした。



 村は再度、会合を開いて話し合うことになりました。

 『次は来ないかもしれない』とは、もう誰も言いませんでした。


 村人には怪我をさせ、家畜を奪っていき、しかし奪いすぎない。村を『食料庫』として襲い続けるのではないかと皆が思っていました。

 村に昔立ち寄った旅人から、山賊に寄生されて村人が餓死していった話を聞いたことがあったため、この村もおしまいになるのではないかと考えたのです。


 誰も押し黙り、解決が難しいことだけは共有され、何かいい案がないか一晩考えてくるように、と言って会合は終わりました。



 桃太郎はひとり、鬼退治の方法を考え始めました。


11


 桃太郎はその晩、おじいさんに相談しました。


「このままでは、村は鬼にいいように荒らされ、暮らしていけなくなってしまう。地獄になってしまいます。僕は村の皆に育ててもらった恩があります。また、教えてもらった剣術で鬼と戦える腕を持っています。」


 おじいさんは、黙って聞いていました。

 桃太郎は続けます。


「僕もいきなり鬼に襲いかかるつもりはありません。まずは話をしてみるつもりです。それでもだめときには、力に訴えます。力で訴えないと、鬼はこちらを認めないでしょうから。」


 おじいさんも、おおむね桃太郎と同じ気持ちでした。


 まったく、自然なことです。


 桃太郎は、おじいさんが手塩にかけて育てた子どもです。泣いたときには一緒に悲しみ、悪いことをしたら叱り、諭し、良いことをしたら褒める。


 桃太郎はおじいさんの気持ちがわかり、おじいさんは桃太郎の気持ちがわかりました。


 ただ、おじいさんは歳で体が自由に動かず、桃太郎は力自慢で剣術も習い、おそらくは鬼と渡り合うこともできるでしょう。


 おじいさんは、一緒に暮らしてきた我が子を、危険な鬼退治に行かせることを悲しく思っていました。


 しかし、一方で、このまま桃太郎と一緒に暮らしていても、村ごと餓死したり、村人に犠牲者が出たりすることも考えられます。



「おじいさん、おばあさん。ここまで育ててもらい、ありがとうございます。感謝しています。」


 桃太郎は頭を下げました。


「ここで、村を守るために戦わせてほしい。」


 おじいさんは、桃太郎の熱意に折れました。

 また、おじいさんは、桃太郎の心は自分から受け継がれていることを察しました。


 自分は老いで体がうまく動かないが、桃太郎なら、自分の代わりに訴え、交渉し、だめなら戦って勝つことができるとも思ったのです。


 おじいさんはわかったと伝え、桃太郎は、明日の朝、村の皆に伝え、その昼に旅立つことを告げました。


 おばあさんは、黙って桃太郎に持たせる食べ物を作る準備を始めていました。


12


 翌朝、桃太郎は村の皆に鬼退治に行くことを告げ、しばらく吉報を待っていてほしいを告げました。

 村の皆は、桃太郎に鬼退治に役立つであろう鎧や剣をかき集め、桃太郎に持っていくよう告げました。


 おばあさんは、桃太郎にお弁当のほか、きびだんごを渡しました。


「お前が強いことはよくわかっているけど、お腹が空いたら何もできない。道中、体に気をつけてね。」


 おばあさんは、桃太郎が危険な旅に行くことはしてほしくないと思っていました。


 しかし、おじいさんが承知したのだからと無理やり自分を納得させ、渋々送り出すことにしました。



 桃太郎は、おじいさんとおばあさんに告げます。


「私は村を苦しみから救うために、鬼退治に行ってきます。」


 桃太郎は、おじいさんとおばあさんに愛情深く育てられ、強く、優しく、賢い若者に育ちました。


 おじいさんもおばあさんも、鬼退治に行かせるのは心配です。


 しかし、一方で、桃太郎は立派な若者になり、道を誤ったりしないことについては、心配していません。


「気を付けて、いってらっしゃい。」


 おじいさんとおばあさんは、村の皆と一緒に、桃太郎が旅立つ姿を、見えなくなるまで見守っていました。




 これから先は、皆さんがよく知っている『桃太郎』が始まります。


 だから、この話は、これでおしまい。


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