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AIが作り出した物:甲斐①―3

 もしかしてゲームなんじゃないか? と思えばやることは一つだった。古今東西とまでは言わないが、主に日本のラノベ界隈では常識とさえ言える。


「ステータス!」


 お決まりの文句を叫ぶと、予想通りに彼の視界は暗転し、続いて目の前にステータス画面が表示された。多分、アスペクト比16:9の横長の枠線の中、左半分にはさっき鏡で見た自分の姿と、体の各部位に対応するであろう装備欄。そして右半分にはアイテムやスキル、サブメニューを呼び出すためのアイコンがずらりと並んでいた。


 その中には、ズバリ『システム』と表記されたアイコンもあったが、甲斐はひとまず、画面右上にあった『X』ボタンを押した。


 その瞬間、パッとステータス画面が消滅し、また目の前に幹線道路が現れた。大通りなのに疎らな人影、それに比して混雑する車道が見える。ファーンファーンとクラクションを鳴らしながら通り過ぎる車列を後目に、彼は道路に背を向けると、とりあえず来た道を戻り始めた。


 今すぐ触りたい気持ちは山々だったが、表示してると周りが見えなくなるのがいただけなかった。なんというか、非常に気持ち悪いのだ。もしかしたら、ステータス画面を弄ってる最中だけ時間が止まっているのかも知れないが、そんな保証もないし、出来れば人が居ないところへ行きたかった。何しろ、パトカーが通行人をなぎ倒していく世界である。何が起こるか分かったもんじゃない。


 彼は路地裏に入って暫く進むと、周囲に人気がないのを確認してから、飲食店の裏口らしき扉の横に積んであったビールケースに腰掛けた。そしてなんとなく自分のほっぺたを抓って、じんわりと痛覚があるのを確認してから、本当にこれがゲームの中なのか? こんなとこまで再現してあるなんて凄すぎないか……とかなんとか感心しながら、改めてステータス画面を表示した。


 ステータス画面は先の通り、左にアバターが表示されて、右にアイコンが並んでいる。アバターの下にゼロという数字が見えるが、その横に拳銃マークがついているから、これはきっと残弾数のことだろう。


 パッと目につく数字はそれくらいで、残りライフやキャラクター名などの表示はどこにも見当たらなかった。ロールプレイングゲームとは違って、そういうのは重要じゃないということだろうか? おそらく、経験値みたいな概念もないだろう。


 他方、アイコンの方は「システム」「アイテム」「ステータス」「ジョブ」「スキル」「クエスト」etc……細かくカテゴライズされていた。詳しいことはこっちを見ろと言いたげである。たくさんあって目移りしそうだったが、甲斐は真っ先に「システム」のアイコンを押した。


 なによりもまず確かめなければならないのは、ちゃんと現実世界に戻ることが出来るかどうかということだった。果たしてサブメニューが開かれると、そこには「グラフィック」「サウンド」「コントローラー」などの表示と並んで「ログアウト」なるボタンも見えた。


 彼はホッと安堵の息を漏らすと同時に確信した。やはり、ここはゲームの世界で間違いないようだ。とりあえず現状把握のためにも一度ログアウトしようか? そう思って、ボタンを押したが、


『今はログアウト出来ません。自室、またはセーブポイントまでお越しください。(回線の強制切断は、絶対におやめください。あなたの健康を損なうおそれがあります)』


 そんなエラーログが表示されて拒まれてしまった。


 ログアウト出来る場所が決まってるなんて、不親切なシステムだなと思いもしたが、後半の但し書きを見れば納得せざるを得なかった。こんな五感まで再現するようなシステムに繋がれているのだから、無茶をしたら、最悪の場合、廃人になってもおかしくないだろう。現実に、そういうニュースを見たこともあった。


 ……電脳空間とか、仮想現実世界とか、いわゆるVRゲームと呼ばれる物が流行りだしたのは2020年代のことだった。


 それまでも3DCGを使用した仮想現実世界(オープンワールド)を旅するゲームはあるにはあったが、プレイヤーはそれをモニター越しに眺めるだけで、アバターと感覚を共有するなんて体験はまだ出来なかった。


 それが出来るようになった切っ掛けは、非常に安価なヘッドマウントディスプレイ(HMD)が販売されたことだった。HMDも結局はただのディスプレイだったが、プレイヤーが首を振ることで、その動きをゲームにフィードバック出来るというのが大きかった。見たい方向に首を振れば、ちゃんとそっちに視界が動く。そういう経験が重要なのだ。ディスプレイと目の距離の近さも相まって、プレイヤーは本当にゲーム世界に入り込んだような没入感を得られた。


 2030年代に入ると、このように体の動作をフィードバックするUIが、ゲームに留まらず他産業にまで進出しはじめた。例えば、グローブ型のコントローラーで指先の動きを再現したりとか、ルームランナーで実際に駆け回ったりとか、3Dメガネや薬物を利用してより没入感を得るとかとか、当たり外れはあったが、様々なUIが誕生しては消えていった。


 ブレイクスルーはその30年代末に起きた。現実に自分の腕に演算装置(チップ)を埋め込み、神経接続によってコントローラーを操作しようとする者が現れたのだ。


 いわゆるチップ・インプラントの技術は、長いサイバネティクスの歴史の中で、これまでにも似たような試みをする者がいたが、まともに使えた試しはなかったので、今回もそれと同じような色物とみなされていた。


 ところが人類初のサイボーグ(実は前例はある)と称し、颯爽と現れたその男は違った。彼は当時、世界最高峰のeスポーツ大会に出場すると、並み居る世界ランカーたちを寄せ付けずに圧勝してしまったのである。これが、普段から大会に出場していたプロゲーマーならともかく、ゲームとは無縁の学者だったのだから、その衝撃は凄まじかった。


 曰く、


「人間がゲームをするとき、まずキャラの動きをイメージして、その動きを脳がコマンドに変換し、脳から命令を受け取った指の神経がコントローラーを操作して、正しくコマンドが入力されて、ようやくゲームに反映される。これがインプラントなら、イメージした瞬間にもうコントローラーにコマンドが入力されているのだから、プロゲーマーと言えどもこの反応速度に勝てるわけがない」


 言ってることは至極もっともだが、その感覚が常人には理解できないのだから、なんとも後味の悪い出来事ではあった。しかもインプラントでチップと接続された彼の神経は、もう元には戻らないというから、なかなか思いきれるものではない。


 それでも、その世界を体感したいという者たちが、続々と後に続いた。何しろ、実績を残した張本人が目の前にいるのだから、初めは特にeスポーツ界隈で広まり始めた。そしてインプラント者があらゆる分野で活躍し始めると、人間と機械を接続するということへの忌避感は薄れていった。


 やがて50年代に入ると、ついに脳神経とコンピュータを直接繋ぐ技術が開発され、それによって、人はコンピュータ上の仮想現実世界で暮らせるようにまでなった。いわゆるVRゲームの誕生である。


 もっとも、インプラントが後戻り出来ない技術であることには変わりがなく、たかがゲームのために手術までするのは、まだまだ敷居が高いと言わざるを得なかった。それでも仮想現実世界は、体感することは出来なくても、CGとして見ることは出来たので、VRゲームで実際に遊んでみたいという欲求は、世界中で日に日に増して行った。


 そして、その状況を打破したのが、日本のサイバーテクニクス社の開発したベイジングスーツだった。彼らの開発したサウナスーツみたいな全身スーツを着れば、なんとインプラント無しでも仮想現実世界に神経接続することが可能なのだ。


 このスーツの登場を契機に、主にセレブリティを中心として、現実を捨てて仮想世界に入り浸る者が増えていった。現実よりもゲームの世界の方が楽しいのは、今も昔も変わらない。


 ともあれ、こうして人類は誰でもリスクなく、電脳世界に繋がることが出来るようになったのであるが、まだ問題は残されていた。金の問題である。これらの技術は2070年現在であっても、まだまだ一般人には手が出せないくらい高価だったのだ。


 例えばインプラント手術は安くても2千万円からの費用がかかり、更にアップデートやメンテナンスの諸経費が必要だ。埋め込むチップの性能にも、もちろん差がある。そしてベイジングスーツは中古でも一着、億を下らない。とてもじゃないが、貧乏人には手が出せない代物なのである。


 そんなこんなで、持つものと持たざるものの二極化が進んでいった。セレブと一般人、サイボーグと人間とでは見える世界が違ってきてしまい、人間社会は今、静かに混乱している。


 ちなみに、もちろん甲斐は持たざるものの側だった。脳にチップを埋め込んだりもしていなければ、ベイジングスーツなんて高価な代物を持っているはずもない。だから、今のこの状況は非常に謎だった。どうして、自分は仮想世界に繋がっているんだろうか? 気にはなったが、


「まあ、いっか」


 彼はそれ以上深く考えることはしなかった。どうせ、ログアウトしてみれば分かることだし、せっかくの機会なんだから、今はこの仮想現実を楽しんだほうがいいに決まっている。彼はそう考えると、いそいそとステータス画面を弄くり始めた。


 そのステータス画面に映し出されていたアバターは、甲斐本人のものではなく、今朝、鏡の中で見た男の姿だった。あの狭いアパートで初めて見た時は、いきなり別人にでも転生しちゃったのかと焦ってしまったが、こうしてゲームだと分かれば納得である。


 それにしても、この男は誰がモデルなのだろうか? ゲームのデフォルトとかなら、他のプレイヤーと被っちゃうのでは……? と思い、色々いじっていたら、どうやらアバターはいつでも変えられるらしくて、キャラクリエイトの画面に飛ばされた。人種や性別、年齢、肌の色などを選ぶとアバターが表示され、各部位をスライダーで調整する形式だ。


 甲斐は最初、出来るだけ自分に似せようと頑張って調整してみたが、やってるうちにどんどんフォトショ加工しすぎた素人写真みたいになってきたので諦め、ランダム調整ボタンを押して、それなりのを選ぶことにした。どこの誰か知らないギャランドゥよりはマシである。


 アバターが一気に若返ったことに満足しながら、今度は所持品を漁ると、今朝、部屋の中で見かけたボロっちいスーツがあったので、装備欄にドロップしてみた。するとその瞬間、タンクトップにパンツだったアバターが、瞬時にスーツに着替えていた。自分で着る必要もなければ、手元になくても良いなんて、さすがゲームである。


 スーツに着替えたのにサンダル履きではなんなので、これまた所持品にあった革靴に履き替えると、見てくれは大分マシになった。そう言えば残弾数の表記があったから、もしかして拳銃を持ってるのかな? と思ったが、残念ながらそれはなかった。


 代わりにビジネス鞄を持っていたので、中に何か入ってることを期待し、装備してからステータス画面を抜けたら、ピリリリリリ……っと、電話の着信音が聞こえてきた。


 どうやらカバンに携帯が入っていたらしい。慌てて取り出し着信を見れば、『りあむ』と表示されている。なんのこっちゃ? と一瞬思ったが、そういえば自分にはそんな名前の妹が居たっけと思い出し、


「はい、もしもし」

「遅いよーっ!!」


 出るなり開口一番それである。いきなり遅いと言われても何がなにやら……


 ちらりと着信履歴を見れば、結構な数が溜まっていた。どうやら、甲斐が出るまで何度も掛け直していたらしい。それは申し訳なかったが、カバンを装備するまで携帯もどこか亜空間にでもあったんだろうから、気づくわけがないだろう。甲斐は憮然としながら、


「えーと……りあむ……? だったっけか? 君が追い出したんだろう? 着替えはもう終わったの? 一度部屋に戻りたいんだけど」


 取りあえず、ログアウトを試みたいと思って聞いてはみたが、どうもイベントかなにかが進行しているみたいで、


「そんな時間、もう無いってば! 依頼主さん、ずいぶん待たせちゃってるんだから!」

「依頼?」

「もう! そんなことも忘れちゃったの? お兄ちゃんはネットの裏掲示板で仕事を請け負う、闇のアルバイトさんなんじゃない!」


 なんだそのやけに説明的なセリフは……と思わず突っ込みそうになったが、そういえばここはゲームの中だった。とすると、これはもしや、初クエストとかチュートリアルみたいな奴ではなかろうか? だったら、すっ飛ばすことも出来そうだが……


「え!? 依頼をすっぽかすつもり? もう二度と出来なくなるけどいいの?」


 などと考えていたら、口に出していないのに、そんなセリフが返ってきた。この感触は、どうやら本当にそれっぽい。となると……あの妹は、設定上の妹というだけではなく、このゲームの世話役を兼ねているのだろう。


「ははあ、なるほどなるほど」


 ともあれ、甲斐は感嘆の息を漏らした。


 道理であの妹、メチャクチャ可愛いかったわけである。初めて見た時、まるで作り物みたいだと思ったものだが、実際にあれはAIが作り出した物だったのだ。


 昨今のAIが描きだすCGは不気味の谷なんてものは存在せず、現実と区別がつかないだけではなく、ひたすらに人間の好感度を擽ってくるようになっていた。それを知らない男を手玉に取るなんて造作もないだろう。うっかり機械に絡め取られてしまうとこだったと、甲斐は冷や汗を拭った。


 ともあれ、相手がNPCだと分かればいつまでもあちらのペースに飲まれている理由はない。イニシアチブをこっちに取り戻さなければ、万物の霊長たる人間の沽券に関わる。


「……で? 僕は何をすればいいの?」


 とも思ったが、たかが最初のチュートリアルで、機械相手にマウントを取ったところで屁の突っ張りにもならないだろう。


 それより今はまだゲームを続けてみるのも悪くないんじゃないか。一般庶民がフルダイブするなんてことは、下手すりゃ一生ないかも知れないのだ。この機会を逃すのはもったいない。


 現実世界で何が起きているかは気になったが、部屋に帰ればいつでもログアウト出来るのだし……彼はそう思い直すと、電話の向こうの妹に話の続きを促した。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 常々、ウェアラブルすっ飛ばしてインプラントチップを埋め込みたいと考えてる僕にはストライクな作品。 [一言] 続きを楽しみに待ってます。
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