Welcome to xxx. 第一章スローライフ、ただ過ぎてゆく時の中で①
第一章スローライフ、ただ過ぎてゆく時の中で
――世の中はどうにかなるように出来ているし、自分の思い通りになっていないとしてもそれはそれで受け止めなくちゃいけない。人生とは苦難と我慢の連続であり幸福と自由は限られた人の下にしか現れない。人の数だけ違う形で存在するそれは不確かな霞のようなものだ。全ての人が幸せになれるわけではない。
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特に知り合いに合う事もなく学校に着いた。
昇降口に駆け込む生徒たちがまるで街灯に群がる羽虫のようだなんて思っても口にしないのが大人に一歩近づいた者のマナーだ。
なんせ、俺もその羽虫の仲間なのだから。
一年間お世話になる下駄箱に挨拶を済ませ指定の教室に向かう。
朝からテンション高めの登校に疲れた俺はクラスメイト銘々に挨拶をして自分の机でうはぁ~と、突っ伏しながら一息ついていると、
「うぃーっス!!」
「ああ、おはよう」
背中を軽く叩いてきた馴染みのある声におれは朝の挨拶をしてイヤホンを外す。
「なあなあ、昨日のマーブルバレット見たか!?」
朝から無駄にテンションが高い。あれか、新学期パワーか。
「見てない」どうせアニメだろう。
「なにー!?おま、あれを見てないとかほんとにニホ、地球人かよ!嘘だろっ、信じられねぇ。近年稀に見るあの大作がアニメ化したのに見てないとか、どんだけだよ!?」
たかがアニメでそこまで友達を貶せるお前もどんだけだよ。
「ツッコみどころが多すぎてどこからツッコめばいいのか解んねえよ」
「そうか、そんなにマーブルバレットの良さを教えて欲しいか。なら、―」
誰も教えての『お』の字も話していないのだが、そんな俺のツッコミは言う機会すら与えられず件の『マーブルバレット』のあらすじを説明し始めた。
嬉しそうだ。人間、好きな事の話になると弁達者になる。
「やはり、おっぱいは手からあふれるくらいがいいと思うんだが」
また頭を伏せようとした時に聞き覚えのある声がやって来た。
朝から陽気な気分で登校していた俺の新年度のフレッシュ感が今、完全に消滅した。
いや、ええんよ。これはこれで。だーれも知り合いのいない無人島みたいな教室でボッチになるよりかはさ。つつましくも賑やかに。
「男に生まれたからには今ここにある乳を揉まんでどうする」
センセー、病人がいるんで救急車一台お願いしまーす。搬送先は看護士が全員青ひげジョリジョリのゲイの所でー。
全く、身なりがここまで爽やかなのにどうして口からはどんよりしたピンク色のモノしか出てこないのだろうか。
「無いものは掴めないだろ。脳みそ洗って来い。そして、お前一度病院で診てもらうといい。きっと血じゃなくてピンク色の何かが詰まってるよ」
「病院といえば、切鷹駅前に新しく出来た医院の女医さんがめっちゃ可愛いらしい。おい、ジュン今日、パンツでも見に行こう」
スルーかよ。
嫌味すら受け付けない。
最悪だ。
人として何かが欠如しているとしか思えない。
なんだよパンツ見に行こうって、ただの変態じゃんか。
そもそも、朝一からどんな情報をくれちゃってんだよ。……ちょっと、気になるぜ。
「―ってな訳で主人公の慶介がヒロインの恭子とだなぁ、あっ、タケじゃん。うぃーっす。でさぁ、―」
誰に相槌を打たれるわけでもなくヤスの解説は続く。最早、語りながら思い出して楽しんでやがる。
「おう、俺は今から目の保養に入るから下らん俗世界の話は俺に振るなよ。へっへっへ、御開帳~」
学校でエロ本をクソまじめに読む高校生、というのはシュールなのだろうか?それともただの阿呆なのか。強いて言うならどこで手に入れてくるのか。。
とにかく、カッコいい顔が台無しだ。……もう、カッコいいとか言うの止めよう。
二人で暴走しやがって、もうどうにでもなればいい。
去年はよく俺とヤス、タケでつるむことが比較的多かった。あれか、将来はトリオでコンビ結成か。・・・・・・ないな。
ここで、心優しい俺がこの二人について説明をしよう。誰にって?そりゃあ、このままこいつらとつるんでていいのか俺の中で審議するためさ。
先に俺の元に来た方、現在『マーブルバレット』と言うアニメについて熱く、それはそれは熱心に話しているのは須川泰雄。
通称、ヤス。
俺と同じくらいの背で髪を茶髪に染めている(昨日、昼におれの家に押しかけ手伝わされた)。もうお解かりの方もいらっしゃるだろうが彼は日本が世界に誇るジャパンアニメーションをこよなく愛する。ありとあらゆるジャンルを守備範囲とし、登下校時、肩にかけている鞄には見たことも無いキャラのステッカーが貼り巡らされ、スマホには週ごとに違うキャラのストラップを付け『俺には今、八十九人の嫁がいる!』なるおれには今一理解しかねる宣言、もとい伝説を創った男、《二次元に恋する三次元男》である。
俺がマーブルバレットと聞いてすぐにアニメだと思ったのはきちんとした理由があるわけだ。
そしてもう一方、現在おれの左でエロ本を歩き読みしているのが津島竹。
通称、タケ。
俺達より頭一つ背が高い。短く刈られた髪はいかにもスポーツマンみたいだ。本当にスポーツをし、汗を拭きながらさわやかに笑えば黄色い声援が飛び交うはずだ。しかし、現実は甘くなかった。この男には神も二物を与えなんだ。毎日ピンク色の妄想を膨らませる変態を生み出した。真っ直ぐに竹のように実直に育って欲しいと言う親御さんの願いを全く違う方角に向けて全力疾走を現在進行形である。事ある毎にシモにもって行こうとする奴で、学校で初めて『女子と名の付く施設の前すら通ることを禁ずる』という極めて不名誉なお達しを生徒会長直々に受けた真正のアホピンク脳、《歩く下ネタ辞典》である。こいつのせいでトイレまで遠回りすることもある。
そして俺は皆倉順。みんなからジュンと呼ばれている。アニメはテレビでやっていたら見る。エロ本は持っていないが性には興味がある。勉強はしないが、テストはそこそこ出来る。もう少し身長が欲しいし、目力ってやつと覇気ってやつも欲しい。なるほど、俺らって結構バランス取れてるんだな、うん。
またこの一年楽しそうにやれる、と思っていると担任が来た。
ドアを開けて一度、立ち止まってから入ってくる。
何ですか?それは踏切か?実はカンカンカンとでも鳴っているのか。
大河内である。
教室の扉の開いた瞬間に室内が凍った。デフォで空間凍結とは恐れ入るぜ。
「・・・・・・」「ひっ!」「まじかよ、目ぇ、合っちまった・・・orz」「(キャー!!)」
黄色い声援を送ったのは誰だー。
みな、抜き足抜き足で自分の席に戻っていく。
件の大河内は絵に描いたような生真面目な教師でオールバックに四角いメガネ。遊びの無い群青色のスーツに深緑のネクタイという微妙なチョイス。きっと予備が何十とあるに違いない。あれしか見たこと無い。きっと今日は火曜日のスーツだ。目つきは細く、決して睨んでいる訳では無いはずだがなぜか、大河内の前に立つと泣いてしまうと、大半の女子の間では「Don’t stand in front of Oukouchi.」耳に蛸だ。
「おはよう」
腹に響く低い声で言う。視線の先には教室の後ろにある予定を書くための黒板がある。
「おはようございます」
誰も言わないと思っていたが、やはりか委員長。
委員長しか返事の挨拶をしなかったことなど気にもせず前の黒板に今日の予定が書かれていく。
時間の右に行事名を歪まずに下に向かって書いていく様は何かの工場のロボットのようだ。
彼女は今年も委員長をするのだろうか。俺の中に委員長は必ず役職が呼び名になってしまうジンクスがある。委員長、いいんちょう、…・・・本名知らないや、ごめん。
別にジンクスのせいにシテナイヨ。
時間が来たのでみんなで行儀よく体育館に行く。本日は全校朝礼があるのだ。
朝礼などの式には腹痛を理由に適当に時間を潰すのが賢い過ごし方であると言うのは、言わずもがなだと思もっている(非)常識な奴は今年も俺しかいないのだろう。みな嫌だと思いながらも出るのだから心の中で労ってやらんでもない。ハイ拍手!!
体育館に向かう列の中、ヒョっと出て黙って小声で忘れ物忘れ物、と言うと誰も何も言わず見過ごしてくれる。
階段を上り鉄の扉を開けて屋上に上がる。
快晴なのは登校時と変わらない。そのままフェンス越しまで行く。見下ろせばそこは自分の住む日常が動いていた。高い所から見下ろす景色は好奇心と共に恐怖心を味あわせてくれる。
飛んでみたい、高い所から下を見るとそう思う。
おそらく即死するだろう。
でも、しないかもしれない。
そんな曖昧な誘惑を振り切るのは毎度のことだ。
屋上は普段は立ち入り禁止。昼食時のみ開錠。鍵の管理は生徒会がしているが、たまに落としてしまったりすることもあるだろう。うっかり落とされた鍵は少し鍵屋を経由した後、俺のような善良な市民により拾われ落し物ボックスに入れられる。
スペアがあるなんて言わなきゃバレない。
ベンチに座りスマホを見るとSNSやらなんやらの通知が来ている。
SNS大航海時代の中、今一番ホットなのは『PEEPHULLE』。ポータルサイト兼ソーシャル・ネットワーキング・ペイメントサービス。言い換えれば、ネットの中で仲良しごっこをして暇を潰したり、自撮り画像や写真を共有発信や男女の仲に発展したりする相手探しのための場所であり、専用の電子通貨もあり、買い物もできる。ザっというと自分の可能性を大いに広げるための場所だ。
共通の趣味を持つ人通しで作るサークルでチャットをしてついつい熱くなってしまうこともしばしば。
友人と知識は多いほど良い。
適当にネットサーフィンしているとちょうどいい感じの時間帯になったので教室に戻ることにしよう。
「はいはーい、ここで重役出勤のジュンの登場でーす!!」
いきなしヤスにからまれた。
「さぁて、朝礼に出ないで一人何をやっていたのか白状しろぉーー!!」
腕を首に絡めて、酔っ払いの上司のようだ。
二ヤケ顔で言いやがって……
「おいおい、男が一人で何をしているかなんて聞いてやるな、ナニだけにな」
ドヤ顔でなんつう事言ってやがる。それから、その手も止めろ!!
もう黙っていろ。
ちなみにこの二人は「校長を殴り飛ばして学校をのっとります!!って、宣言する美少女が現れるかもしれないのにそんなことするか!」とヤス。「高校生になると成長スピードは侮れんからな」とタケ。よく分からんがなにやら始業式や朝礼をはじめとした行事に何やら期待しているらしい。特に体育祭ではすごい。春ですね。
特に何事が起こるわけでもなく淡々と授業をこなし飯を食い、また授業を受けて大河内のシンプルよりも簡潔なホームルームが終わり帰る用意をしている時だった。
「ねぇねぇ、吸血鬼とかさあーー、チョー怖くない?アハハハハ!!」
「だよねだよね。でもさ、うち、吸血鬼とか、金玉蹴り上げてイチコロ?みたいな?」
「だよねー!でも、吸血鬼とかさちょっと会ってみたくない?」
「なに?あんたそういう危険な男が好きな訳?」
「「アハハハハハハ!!!」」
「……」
学園ドラマなんかでも必ず登場するなぜか学校に洒落っ気全開で来る頑張り屋さん達が大声で話している。
ここ一ヶ月ほど『吸血鬼事件』というものが近隣で起こっていた。どうせ今回も同じオチだろうと思い気にも留めていなかったのだが、どうやら昨日あたりに近所で起こったらしい。
今の若者はネットの情報をう鵜呑みにして、その情報の正確さが判断できないことが非常に危険である―。という物を見たことがある。かくいう俺もそんな情報をネットで見ているわけだが。ネットに散らばる書き込みや、動画を齧った程度で情報通を気取っているのだろう。頭ユルイ奴は幸せに暮らせるのが利点だ。
あー、ダメだ。人を貶すのはよくない。
でも人が傷ついたニュースでテンション上げるとかマジ勘弁してくれ。
俺が朝にそんなテンション下がるニュースを見なかったのはやはり偶々だったらしい。
今回も同じオチだと思うこととには理由がある。
五年前に起きた吸血鬼事件。当時はもてはやされた都市伝説の真相はそんな摩訶不思議な西洋ファンタジーがこの街に下りてきたわけも無く実に滑稽で哀れな真相だった。
実際には市内に住む大学生が犯人だったことが判明した。
というか、そいつは自首した。
手口はこうだ。まず、無差別に対象を決める。そして、襲って気を失わせる。次に襲った対象の首の付け根に二つの傷をつけ、注射で対象の血液を吸出す。最後に抜いた血を少量傷口付近、衣服、地面に適当に撒く。現場を見れば確かに吸血鬼に襲われたらしい傷をつけられて、撒いた血により凶暴性も垣間見せ、血を抜かれたため貧血にすることが出来る。
これが真相。オチなんてこんなもんだ。
夜道を歩いていると見知らぬ人物に襲われて気を失わされた挙句、無防備な状態の体を触られるのだから被害にあった人の恐怖はどれほどのものだっただろうか。
ニュースでは連日のようにテレビカメラがやってきて大騒ぎだったらしい。それまで、吸血鬼の仕業だと言っていた偉い専門家のだんまりには、腹を抱えて笑ったものだ。
「もし吸血鬼がロリっ娘だったらどうするよ?こぉー『すっちゃうぞ♥』みたいなさ」
どうもしない。
「乳が半分ぐらい出てるものを着ているのだろうか。いや、もしかすると露出狂という可能性も……」
だから、真面目な顔でなに言ってんのお前ら。
知らぬ間に二人が俺の横までやって来ていた。
「あんたらさぁ、高校二年になってもそんなこと言ってて恥ずかしくないの?」
可愛らしい声が飛んでくる。 声の方を見ると山口さんがいた。
ボーイッシュなストレートの髪、細身のスポーツ得意そうな雰囲気とマッチしている。
ハキハキ物申すいつも元気な山口さんだ。もちろん髪は染めていない。そこらの草食男子よりも男らしい《ハキハキ大臣》こと山口澪さんだ。
素朴な疑問なんだが、あんたらの〝ら〟には俺も入っているのだろうか。
「みっちゃん。そんなこと言っちゃ失礼だよぉ~」
語尾に行くほど小さく、消えかけの焚き火のような声の主は山口さんの後ろからちょこんと顔を出した。
塩谷さんだ。塩谷さんとは小学校の頃からの知り合いだ。なんと言っても家が近く、俺の母さんは困りごとがあったら塩谷さん家に急行していた。塩谷さん母には感謝しかない。
俺ら家族がこうして健康に生きているのも全てあなたのお母さんのおかげです。
肩口まで伸びた茶髪、片方側だけ結った短いサイドポニーに大きなクリッとした瞳は六十七十のばあさんになってもチャームポイントとして君臨し続けるだろう。こういうタイプの人間がカワイイおばあちゃんになるんだ、きっと。
ちなみにヤスとは中学一年から、タケとは二年からの付き合いだ。山口さんは高校からの知り合いになる。
こうなると今集まったメンバーの中では塩谷さんが一番古い付き合いになるのか、と改めて思った。
「いいのいいの!馬鹿につける薬なんてないんだからどうせ気にしないわよ」
ワハハと男勝りに笑いながらおっしゃる山口さん。言葉に衣を着せぬどころか、丸裸の直球勝負、いや、大リーグボール一号並の図太さだ。
『老い木は曲がらぬ』といった感じで今までの俺らの素行から若干の諦めがあるものの矯めるなら若木のうち、とどうにかせねば的な思いもあったりするのだろうか。
こうして考えると、山口さんのこのハキハキ物申しぶりも考え合ってのことなのかもしれない。これがいわゆるギャップ萌え?
「でもさあ、吸血鬼事件って言ってもさ、手口って言うか、起きていることは昔のと同じなわけでしょ?テレビでもそう言ってるし。どうせ、どっかの馬鹿な大学生がやっているんじゃないのー?」山口さんは、後半俺たちを見ながら言った。
俺らを予備軍扱いで見るのやめれ。
どうやら山口さんも近辺でおきたことを知っていたようだ。
しかし、そんな軽口に過敏に反応してしまうのが後ろの二人である。
「ふん、そんな夢の無いこと言ってるから育たないんじゃないんですかねぇ、津島さん家の奥さん?」
「そうよねえ、やっぱりあそこは夢がないと育たないのかもしれませんわねぇ、皆倉さん家の奥さん?」
山口さんはそのボーイッシュさ溢れる雰囲気から伝播してか胸の発育はあまりよろしくない。おっと、よろしくないというのは語弊だ。少なくとも成長はしている……はずだ。
もちろん、本人の前では言わないが。
しかし、こうして会話のスルーパスが飛んできた訳だが、
「はいはい、そうですね。でもあそこは男が夢を詰めてあげてもいいんじゃないですk、ぽぎゃぁっ…!!」
鉄拳制裁。
古今東西、ここでと言う時の女の子のこぶしは何よりも硬い。
山口さんから放たれたコークスクリューは俺たち三人を一撃でノックアウトさせる。
「ひ、貧乳は貴重種、だ」
「ふっ、手に収まらぬほどの大きさこそ正にしほ、、、う。」
「すみません」
ドカッ、バキッ、グチョッを3セット。
「はぁ、はぁ、はぁ。そこの超変態二人はともかく皆倉君までなに悪ノリしてんのよ!」
ついやっちった。てへッ。
アホな二人に本気を殴りに殴った結果、肩で呼吸をしている。
「いいわよ、そこまで言うなら、ロリでも巨乳でも何でも来なさいよ!あたしが成敗してあげるわ!!」
ほらぁー意味不明な事を言い出したー。
ロリでも巨乳でも性別は女性だ。それを今のように鉄建制裁するのか。女の子相手に。……しまったっ!山口さんも女性だ。それもうら若き十代。という事はくんずほつれずってやつになるか、……いや、なる前に止めよう。