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苦しみの終わり


「クッ……」


 胸に銃弾を受け、膝をついたデスイタマエだったが、漆黒のコックコートを自身の血で赤く染めながらも、彼は再び立ち上がった。


 そして彼はその視界の中心に、ジョニーを狙ったザコガリ師匠の姿を捉えた。

 大量の出血のせいで、その視界にはモヤがかかる。

 しかしそれでも、料理勝負の邪魔をする、ヒレツな敵対者をデスイタマエは見逃しはしなかった。


 彼は大きく息を吸い込むと、その口から「神竜の吐息」を放った。


 これは料理バフによって得られた効果だ。


 ジョニーのとミタケの二人が作ったコンソメスープは、まさに最高傑作だった。

 その究極の料理は、人の身に竜の力を降ろすことを可能としたのだ。


 デスイタマエがカッと口を開くと、キィィィィィィンという、耳鳴りのような音がして、青白い光の珠が発生する。そして次の瞬間、デスイタマエの前に浮かんでいたその光の珠から、キラッと十文字の閃光がはしった。


 閃光からは細い光の筋が放たれて、向かいの山にまで飛んでいって吸い込まれるようにして消えた。


 数秒の後、ピカッと何かが光ったかと思うと、凄まじい閃光と炎が上がる。

 山々は黒いシルエットとなり、爆炎の中にその影を千切らせていって消えた。


「あれは……ソドムとゴモラを焼いたという、天の火だ!ラーマ・ヤーナではインドラの矢とも伝えているがね」


 審査員の山原雄海は、料理だけではなく神話にも詳しい。


 美食家というのは、料理を食した際のリアクションのために、あらゆる知識を蓄えている。これは読者の皆様にとっては、周知の事実であろうが念のため説明する。


 そしてこの光景を見た美食家、味王はデスイタマエが放ったビームの威力に、戦慄の表情を隠していなかった。


「恐ろしい。コンソメスープはもっともドーピングに適した料理とも言われていますが、まさかここまでの威力とは……」


「そうなの?!」驚愕するミタケに、彼は答えた。


「うむ、そうなのだ」

「コンソメスープといえば、宮中で供される最強の料理として有名であったのだ」


「絶滅動物を保護するワシントン条約に違反する、数え切れないほどの高級食材を煮込み、アクセントとして違法薬物を緻密に調合し、その他にも人の■丸を入れるなどして、それを煮込んだ料理。それがコンソメスープなのだ」


「もはや料理じゃねぇだろ!」


「うむ、だから廃れたのだ。」

「昔の人がわりと正気で良かった」


「しかし、DCSドーピングコンソメスープは現代に蘇ってしまった。このことを我ら以外に知られたら、きっとジョニーくんは……ただでは済むまい」


「どうしたら良いんだよ!」

「それじゃあ……せっかくデスイタマエとの料理勝負に勝ったっていうのに、ジョニーが料理をやめなくちゃいけねぇじゃねぇか!!」


「うむぅ……」


「――ガハッ!!」


 その時だった。ビームを放ったデスイタマエの身体が、ついにその限界を迎える。

 彼は膝から崩れ落ちるかのようにして、前のめりに地面に倒れ込んでしまった。


「デスイタマエ!!!!」


 彼に駆け寄るジョニー。もうその目に憎しみはなかった。

 いや最初から特にそんなのなかったが。


「成長したな、ジョニー……まさかこれだけのバフ料理を――ガハッ!」


「アンタは、アンタはまさか――ッ!!」


 ジョニーはデスイタマエに駆け寄ると、彼の身体を抱き起こす。

 血を失いすぎた彼の身体は、ジョニーがぞっとするほど冷たかった。


「いままで何度も伝えようとした。だが……できなかった」

「こんなときにしか伝えられない、父で、すまない……」


 デスイタマエは懐を探ると、そこから血に濡れた銀色のロケットペンダントを取り出した。彼がそれをパチリと開くと、きれいなオルゴールの音が流れた。


 ――そしてロケットの中にある写真をジョニーは見た。


 そこには幼き日のジョニーと、彼を抱く男の姿が写っている。それはまだ若い板前だったころの、デスイタマエの姿だった。


「我が息子……ジョニーよ。お前は立派な、立派な板前になったな……」


 軽やかなオルゴールの音色を枕に、デスイタマエはジョニーの腕に横たわる。

 その顔はジョニーに、もはや避けようがない死を予感させた。


 彼はハッとした様子で、側にいたミタケに叫ぶ。


「ミタケ!救急車だ!電話!」

「ああ!」


 心配そうな顔を向けていた彼女は、その言葉を聞いて、いつもの凛々しい顔に戻った。しかしそのやりとりに、美食家は無情な事実を突きつける。


 そう、ここは「グンマー」なのだ!!パソコンはおろか、電話も存在しないのだ!


「ジョニーさん、ここグンマーはあらゆる携帯電話の圏外ですぞ!!」

「電話など通じるはずが――」


「――馬鹿野郎!足で伝えるんだよッ!」


 彼女は美食家の突きつけた事実を、怒りのこもった声でつっぱねる。

 そして人里を目指して、その足で駆け出した。


「畜生、畜生!!そんな、そんなことってあるかよぉ!!」

「せっかく親父に、親父にまた逢えたっていうのに……!」


「ジョニー、苦しいのはわたしと、作者だけで十分だ……ッ!」

「もうこの苦しみを終わりにさせてくれ……!」


「料理、美味かったなぁ……きっと、また――」


 (はかな)げな旋律を奏でていた、ロケットのオルゴール。

 それを回していた、とても小さな、頼りないバネが力尽きた。


 音が止むと一緒に、デスイタマエの身体もその重さを増していった。

 彼はもう、動かない。


 オルゴールはネジを巻けばまた動くかもしれない。


 だが……人の命はそうでない、そうではないのだ――


「デスイタマエェェェェェーー!!!」


 グンマーの山奥に、ジョニーの慟哭(どうこく)がこだました。

なんだこれ

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