6.教授と教授
閑散としたスラム街を歩いていたブリートンはふと足を止めた。近くで物乞いをしていた痩せ細った男性はひっと悲鳴を上げ慄く。だが、そんな周囲の様子などブリートン自身の視界には入っていなかった。記憶から排除していた今朝の出来事をうっかり思い出してしまった彼は眉を顰め立ち尽くす。
「おはようございます!ミスターブリートン!入りますよ!」
「…朝からガルックスに負けないのは貴方くらいですぞ、ミセスクリスティ」
力強く戸を叩き、寝起きの頭に響くような声で部屋に入ってきたのは、この学校の教員で2番目の年齢であるにも関わらず、服装は最も派手で若いという、ちぐはぐな女教授であった。
鬱陶しそうに眉を顰めるブリートンを気に留めることもなく、彼女は相変わらずの声量で話を続ける。
「大変よ、ミスターブリートン!私のフィスちゃんが迷子ですの。町中探しても見つからないのよ。きっと森へと迷い込んでしまったんですわ。…ねぇ、どうせ貴方は今日も森にいくのでしょう?ついでに私のフィスちゃんが迷い込んでいないか確認してきてくださらない?」
―黒くてオッドアイのフィスですわ―
ブリートンは先ほど森で出会ったフィスのことを思い出した。黒い毛並みにオッドアイの瞳。…もしや、あれはミセスのフィスでは?
なぜ思い出してしまったのかと後悔したがもう遅い。面倒だが、これを放置すればさらに厄介なことになるに違いない。なぜ連れてこなかったのだと鬱陶しくミセスクリスティが自分を責めてくるのが目に見えている。それに思い出した状況で見て見ぬふりをするのは後味が悪かった。
ブリートンはため息をつくと、仕方がなくきた道を引き返すのだった。