18.教授と事件
「「きゃぁぁあ!」」
校庭に着くと、そこには悲鳴を上げながら大量発生した蛇食朝顔から逃げ惑う生徒たちの姿があった。蛇食朝顔に捕まりそうになっていた生徒を見つけ、教授は魔法を放ち生徒を助ける。
先に生徒を魔法で助けていたミセスクリスティが教授の存在に気づくと、教授に声をかけた。
「ミスターブリートン!あの子よ!あの子がこれを売っていたらしいわ!」
ミセスクリスティが指を差す方向には一人の女子生徒の姿があった。女子生徒は必死に蛇食朝顔から逃げていたが、石に躓いたのか転んでしまう。その様子を見た教授は舌打ちをしながら杖を今にも生徒を食わんとする蛇食朝顔に向けた。
「火の弾丸」
杖から放たれた炎の弾は綺麗に蛇食朝顔に命中する。蛇食朝顔は女子生徒へ伸ばしていた触手を引っ込め、燃えている自分の身体に悲鳴を上げながらわたわたとした。襲われる覚悟を決めていた女子生徒は目の前の出来事に思考が追い付かないのかきょとんとしている。そんな女子生徒に教授は怒りを含んだ声で叫んだ。
「もたもたするな!早くこちらに来なさい!」
教授の言葉に女子生徒は慌てて起き上がると、こちらへと駆け寄ってくる。その間にも複数の蛇食朝顔が女子生徒を襲おうとしたが、教授が瞬く間に全て魔法で殲滅した。
ふと、もう一人別の生徒が蛇食朝顔に襲われているのが目に入った。教授に目をやれば教授はこちらに向かってくる他の蛇食朝顔を倒すので精いっぱいのようだ。ミセスクリスティは既に魔力の限界が近いようで、戦わずに教授の後ろでパニック状態の生徒たちを落ち着けている。
もう一度視線をやると襲われている男子生徒は蛇食朝顔に触手で捕まれ宙に吊るされている状態だった。これはまずい。生徒が捕食されてしまう。
私は反射的に駆け出した。魔力を持たないただの猫に出来ることなんて限られている。しかし、何もできないわけではない。だって、私には知識があるのだから。
「フシャーッ!」
私は蛇食朝顔に飛び掛かると生徒を捉えている触手に思いっきり噛みついた。突然走った触手の痛みに、蛇食朝顔はギャッと悲鳴を上げて生徒を離す。生徒はドサッと地面に落ちた。魔道植物には痛覚がある。だから、痛覚を利用して隙を作ることはできるのだ。
私はさっと地面に着地すると、捕まっていた生徒から離れ反対側へと移動する。すると、蛇食朝顔は私の方を振り向き、怒りの声を上げた。教授が言っていた。魔道植物は魔力が弱いものから捕食する習性があると。つまり、魔力を持つ生徒と魔力のないただの猫である私なら確実に私を狙うということだ。
よし、後は…
「にゃっ!(逃げるだけ!)」
いや、だってこれ以上は私戦えないもん。教授みたいに炎を出すとかできないもん。ああ、つくづく恨めしいよね。なんで異世界転生したのに私はただの猫なのかな?!植物すら動く世界なんだから猫だって魔法仕えても良くない!?不公平だよ!
「うにゃ~!(教授助けて~!)」
私は教授の方めがけて全力で駆ける。私の存在に気づいた教授はこちらに目掛けて杖を振った。
ギャー
見事に教授の魔法を喰らった蛇食朝顔は一瞬で炎に包まれ動きを止める。その隙に私は教授の元へ飛び込むとへたりと床に座り込んだ。
ああー、疲れた。久々に走った。死ぬかと思った。
そんなことを思いながら、私は周囲を見回す。あたりはすっかり灰だらけになっていた。どうやらあれで最後の蛇食朝顔だったらしい。他に蛇食朝顔の姿は見当たらなかった。
「やべぇ、寿命縮んだ…」
そう言ってこちらにのろのろとやって来たのは先ほど私が助けた男子生徒だった。どこかで見たことある顔だなと思ったが、どこで会ったのかはさっぱり分からない。
教授は校庭に蛇食朝顔が残っていないことを確かめると、怪我人は医務室に連れていくように指示をした。生徒たちは頷き、ぞろぞろと医務室に向かって歩いていく。その中で元凶となる売り子の女子生徒を捕まえると、ミセスクリスティが事情を問いただした。
「言われたんです。彼に。これを売ればお金になるって。私、学費が足りなくてお金がどうしても必要で。だから、この薬を売ったんです」
そう言って女子生徒が示したのは先ほど私が助けた男子生徒だった。そそくさと逃げようとしていた彼に教授は物凄い速さで杖を振ると光の縄で拘束する。一瞬の出来事に男子生徒はひいっと悲鳴を上げた。
「お前は過去に私の授業を受けていた生徒だな。製薬師としての資格を持たぬ者が作った薬を販売するのは違法だ。私はそれを最初に授業でお前たちにしっかりと教えたはずだ。知らないとは言わせない」
真っ黒なオーラ全開でそう男子生徒に迫る教授に、男子生徒はひいっと震えながら叫んだ。
「そのフィスが悪いんだ!こいつがいなければ俺は単位を落とすことはなかった!製薬師の道が閉ざされることもなかった!」
…え?私?…私何かしたっけ?全く記憶にないんだけど。
「お前のカンニングなど、フィスがいなくても気づいていた。そもそも単位を落としたのはお前自身の責任であって、そのフィスに責任は一切ない。それは己の仕事を忠実に全うしただけだ」
ああ!あの時の生徒か!どうりで見覚えがあるわけだ!教授の言葉で私は男子生徒の正体をようやく思い出した。以前、テストでカンニングをしているところを私が発見し、教授が教室を追い出した生徒だ。
「証明してやろうと思ったんだ。俺がいかに製薬師にふさわしい能力を持っているかを。上級薬の亀裂性湿疹治癒薬を作って生徒たちにばらまけば、この素晴らしい薬を作ったのは誰だという注目が集まる。そこで俺が作ったことが知れ渡れば、俺は製薬師としての才能を多くの生徒たちに認めてもらうことができる。そうすれば推薦枠で製薬師の道が開かれる。そういう計画だった。なのに…どうして毎回邪魔が入るんだ!」
推薦枠って確か、生徒たちの中でその学科に優れた人物を見つけた時にその学科への転学を後押しできる制度だよね。
例えば家政魔法科で使用人としての勉強をしている生徒で、魔動騎士になれる才能を持つ生徒がいれば周囲の生徒たちからの推薦を貰うことで、魔導騎士科に転学を行うことができる。
恐らく彼は今、家政魔法科に所属しているのだろう。生徒たちは胸元に各学科を象徴するブローチをつけているのだが、彼の胸元にあるブローチは家政魔法科のものだった。
この学校のペナルティなのだ。特殊学科でカンニングを行った生徒は単位を剥奪され、特殊学科への所属を外される。そして、家政魔法科へ強制転向させられる。魔道植物精製薬学科は特殊学科なので、この生徒もその処罰が行われたのだろう。ちなみに、2回カンニングを行うと退学である。
「愚かな。例え推薦されたとしても私がお前の転学を認めるわけがないだろう。…あの薬は効能が高い分、副作用が激しいことをお前は理解していないのか?お前のせいで、生徒たちは己の顔を不要に痛みつけ、酷くさせるところだった。薬を扱う者はその薬の効能と副作用をきちんと利用者に説明することが常識だ。その常識すら守れず、ましてや法を犯し薬を販売する時点でお前に製薬師としての才能は皆無だ」
そう言うと教授は深くため息をついた。眉間には深いしわが刻まれている。正論を言われ男子生徒はもうそれ以上言い返す言葉もないのか、静かにうつむいていた。
「それで、あの蛇食朝顔は私への当てつけか?大方、魔動植物に生徒を喰わせ、その責任を魔動植物の管理者である私に押し付けようというところか。…お前にしては随分と頭の周る嫌がらせだ」
教授の言葉に男子生徒はゆるゆると首を横に振った。
「あれは俺も知らなかった。まさか、捨てた根っこが育つなんて思わなかったんだ」
「やはり庭に捨てたのだな。どうりであれほど蛇食朝顔の葉が無くなっているのに、根が回収袋に入れられてないわけだ」
教授曰く、魔動植物の繁殖力は非常に強く、根をそこら辺の土地に捨ててしまうと直ぐに繁殖してしまうらしい。
そのため、実験室には使わなかった素材を回収する袋が置かれていて、そこに必ず残った根や茎を捨てるように言いつけているそうだ。
それに、回収袋に捨てられた素材は教授が自分の研究に再利用しているらしく、毎回中身を確認している。だから、大量に根が捨てられていればもっと早くにこの異変に気付いていたはずだということだった。
きっと男子生徒もそれが分かっていたから、回収袋に入れず自分で処理しようとしたのだろう。それで庭の端に捨てた結果、蛇食朝顔が大量に発生してしまったというわけだ。教授は深くため息をつくと、鋭い目を男子生徒に向けて言った。
「お前に足りないのは知識を得ようとする努力だ。私はこれらについて全て授業でお前に教えている。しかし、お前は授業中寝てばかりで話を聞いていなかった。私が毎回与えている課題も、他の生徒の答案を真似していただろう。多少の文言を変えたくらいで私の目を騙せると思ったら大間違いだ。私は授業で教えたところしかテストにはださない。勉強をせずに挑んで点が取れるようなレベルではないが、きちんと復讐をしていれば満点が取れるようなレベルの問題しかだしていないはずだ。だから多くの生徒は日々の復讐をきちんと行い、己の身に着けた知識のみでテストに臨んでいる。お前はそれを怠り、記憶することもせず紙に書かれた答えに頼ろうとした。それは己の夢に誠実に向き合い、真面目に努力をしてテストに挑んでいる生徒への侮辱だ。カンニングを行って厳しく罰せられるのは、お前がそれだけ思い罪を犯しているからだ。この事件も、お前の知識が甘いせいで多くの生徒が危険な目にあい怪我をした。計画がうまくいかないのは、お前がきちんと魔道植物に関する知識を身につけていなかったからだ」
うわぁ。教授がいっぱい喋ってる。そうとうお怒りのようだ。基本的に授業以外ではそこまで喋る人じゃないからなぁ。心なしか教授の背後に真っ黒いオーラが見えるよ。
男子生徒は教授の怒りに圧倒されているのか、ただただ震えながらこくこくと忙しく頷いて教授の言葉に耳を傾けていた。教授は一息置くと、一段と低い声で言った。
「誰のせいでもない。全て、お前の責任であり、お前自身の犯した問題だ。最低限の努力もせずに他人に責任を押し付けるな」
男子生徒にそう言い放った教授は、くるりと踵を返すとミセスクリスティに後のことは任せると伝えた。ミセスクリスティは少し顔を引きつらせながらも分かったわと頷く。
「このことは全て校長に報告する。追って処分が言い渡されるだろう。それまではくれぐれも大人しく過ごすように」
かつかつと何時にない速さで校長室へと向かう教授の後を、私は小走りで追うのだった。




