15.教授と採集
「やけに減りが早いな…」
研究室の材料庫の棚を覗き込んだ教授がそうぽつりと呟いた。
ここは薬学関係の授業を履修している生徒たちが授業や研究で使う部屋で、生徒たちが実験で使うための材料がこの材料庫に保管されている場所だ。記録簿に使用者名と使用した材料を記入すれば誰でも使えるようになっていて、生徒たちはこれを利用して、自由に製薬の実験をすることができる。
そして、この部屋の管理人であり必要な材料を用意しているのが、ブリートン教授である。教授は定期的にこの材料庫の在庫を確認し、不足している材料を洗い出すと、あの植物すら動く危険な魔の森へと足を運び材料を採集しに行くのだ。そして、大量に採集してきた材料をここに追加し、生徒たちが不自由なく実験を行えるように維持しているのである。
何もわざわざ危険を冒してまで採集せずとも、商人から材料を購入することはできるのだが、こだわりの強い教授にとって、商人が持ってくる材料の品質が気に食わないらしい。前に教授の元へ営業にやってきた商人がいたが、広げられた商品を見て、ごみに興味はないと一喝していた。それ以来教授の元に商人がやって来たことはない。
そんなわけで、今日もこうして在庫を確認し定期的な採集へと行こうとしているのだが、どうやら異変が起きたようだ。教授は記録簿に目を通しながら、保管されている材料の数を数え始めた。
「…やはり数が合わん」
訝しげな顔で記録簿を見つめる教授を横目に、私も材料庫を覗き込んだ。
教授の言う通り、先週追加したはずの材料が殆どなくなっている状態だった。それらの材料は比較的使うことが少なく、1週間でここまで減るようなものではない。実験に失敗し何個か無駄にしたとしても、ここまで使い切れるような在庫量ではないはずだった。
「崖光苔に、湖畔閑古鳥の油、蛇食朝顔の花、…これは亀裂性湿疹治癒薬の材料だな」
亀裂性湿疹、つまりはあかぎれの治療薬だ。なぜその薬の材料だけ大量になくなっているのだろうか。確かに肌寒い季節となり、手荒れが酷くなってくる時期ではあるが、そんなに一気に亀裂性湿疹治癒薬を作る生徒が現れるだろうか。
「ひとまず、採集優先だ。高陽楓の樹液を採る必要があるからな。フィス、行くぞ」
「にゃ~(はーい)」
教授の言葉に、私は棚から教授の肩に飛び移りローブのフード部分に潜り込んだ。最近見出した一番快適な移動方法だ。包まれるような狭さが身体によく馴染むし、ハンモックのような揺れぐあいが心地よい。最初にこれを実行したときは教授に怪訝な表情をされたが、それ以降は何も言ってこないし嫌な顔もしないので遠慮なく入らせてもらっている。
教授はフードで丸くなっている私を一瞥すると、部屋の扉を開け森へと向かうのだった。
※※※
「あ!ブリートン教授!お疲れ様です!」
森に繋がるゲートに着くと、そこにはいつぞやの門番だった青年がいた。私は挨拶しようとフードの中からひょこりと顔を出す。そして彼の方へ顔を向けると、にゃあと一鳴きした。すると私の存在に気付いた青年は嬉しそうに顔を緩める。
「か、可愛い!フードと猫の組み合わせ、最強すぎる!」
猫好きには効果抜群だったようだ。悶えてぶつぶつと呟いている青年に、教授は咳ばらいをすると通行証を見せた。青年ははっとしたように姿勢を正すと、通行証を受取りしっかりと目を通す。そして通行証に間違いがないことを確認すると教授に返却した。
「たしかに拝見しました。どうぞ!」
教授は受け取った通行証を懐にしまうと、さっさとゲートを括り抜けた。私はフードの中から手を振って青年に別れを告げる。それを見た青年はなぜか鼻を抑えて手を振りかえしていた。
魔の森に入ると、教授はさっそく薬草の採集に取り掛かった。私は教授のフードにしっかりと身を隠し、この森の植物にうっかり捕食されないように努める。
この森は本当に危険だ。殆どの動植物が魔力を宿しており、一般的なそれの倍以上の力を持つ。そこらへんの地面に生えている雑草ですら虫を捕食するのだ。教授が言うには、魔動植物たちは魔力を感知する能力に優れていて、相手が自分より強い存在か弱い存在かでとる行動が異なるという。例えば、教授のように強大な魔力を持つ強い相手には、魔動植物たちは保守的になる。逃げるもの、攻撃するもの、個体によって手段はばらばらだが、生き残るためにみんな躍起になるのだ。
逆に、私みたいに弱く大した魔力を持たない相手に対しては、捕食のために攻撃的になる。くねくねした触手や強力な体液を使って、ごちそうを手に入れようと躍起になるのだ。
(それにしても、教授って本当に手慣れてるよね。このキノコとか、採集するの本当はかなり難しいんだっけ)
悲鳴を上げながら逃げるキノコ達を次々と手刀で気絶させ、袋に詰めていく教授の姿を見て私は内心そう思った。
普段授業の手伝いをしているおかげで、魔動植物に関する知識は結構頭に入っている。あのキノコは絶鳴キノコと言われ、常に悲鳴を上げているうるさいキノコだ。滋養強壮にいいといわれる素材で色々な薬に使えるのだが、殺してしまうと枯れてしまいその力はなくなってしまう。
そのため絶妙な力加減で気絶させ捕らえるのがこのキノコの採集の仕方だった。ただ、非常に弱いので力加減を間違えると簡単に死んでしまう。素早く動き回るキノコを絶妙な力加減で気絶させるというのはかなり至難の業だった。
(次はシダ植物っぽい光胞子葉だね。これの採取は毎回ワクワクするんだよなぁ)
教授は懐から杖を取り出すとポツリと呪文を唱えた。するとシダ植物に向かって光の塊が向かう。その光はシダ植物に当たると吸い込まれるように吸収された。そして、しばらくしないうちに葉が輝きはじめ無数の光の粒子が宙に舞い始める。それは次第に伝染し、森一面に広がっていった。幻想的なその光景に私は我を忘れただ眺める。
教授はそんな光景に動じることもなく、光の粒子が放出されるのが終わると淡々と植物の葉をもぎ取っていく。この植物は胞子を放出すると特殊な成分を体内で作り出すらしく、それが薬として役に立つそうだ。
教授がある程度、植物の葉を採取し立ち上がろうとしたところで、ゴゴゴゴゴゴと物凄い地響きがした。素早く立ち上がりながら音のする方を見た教授は、音の方向を見て眉をひそめた。
「よりにもよって奴か。陽が昇りきるまであと少しだと言うのに…」
教授のただならぬ様子に、私もフードから身を乗り出すように音の方向へ視線を向ける。するとそこには木を倒しながら埃を巻き上げてこちらに向かってくる何かが居た。
「フィス」
突然、教授が私のことを呼ぶ。私は何事かと教授に顔を向けた。
「私はあの害虫をここで食い止める。お前はあの木に向かって走れ。幸い、この一帯は弱い植物しかない。これをつけていれば襲われることはないだろう」
教授はそう言うとフードに居た私を片手で掬い上げ、空いている手で器用に私の首に何かをひっかけた。蒼い石がついた首輪のようだ。
「私の魔力が込められている魔石だ。それをつけていれば弱い魔動植物は危険を恐れ襲ってこない」
私を地面に下すと教授は先ほど示した木に視線を向けながら言った。
「陽が昇りきったら私がお前に合図をする。そしたらお前は全力で木の幹をひっかけ。とにかく幹に傷をつけ続けろ。そうすればあの枝から蔓下がっている袋に樹液が溜まる」
行けという教授の言葉と共に、私は全力で指示された木の元へと走った。こうしている間にも地響きはだんだんと大きくなりこちらへと近づいてくる。私が木の下までたどり着いた頃、けたたましい鳴き声と共に埃を巻き上げていたものが正体を表したのだった。




