14.不思議な部屋と男子生徒の恋の行方
(…なにこのファンタジーな部屋!)
男子生徒に連れられてやってきたのは、見た目は普通の部屋なのに、扉を開けると中は広大な外の景色が広がっている不思議な部屋だった。
部屋の中には既に彼と同じ少し暗めの赤色のローブを羽織った生徒が集合していた。
男子生徒は私をそっと床に下ろすと、じゃあねと手を振って列へと入っていく。私はその様子を見届けた後、辺りをぐるりと見回した。
床は本物の地面で、草もちらほら生えているし、遠くには山も見える。天井には青空が広がっていて、雲も風になびかれて漂っていた。リアルに高原の中にいるような感覚だ。これも魔法なのだろうか。だとしたら凄すぎる。
学生がある程度集まり、部屋のにぎわいが最高潮に達した頃、真っ黒なローブを羽織った人が部屋に入ってきた。その瞬間部屋は一気に静まる。流石ブリートン教授だ。ブリートン教授が部屋に入ると一気に静かになるのはお決まりのことだった。
私はさりげなくブリートン教授に近づき、助手のポジションにつく。教授はなんだ来ていたのかという顔(周りには表情の違いは分からないと思うけど)で、私を横目に見たがすぐに視線を戻すと教卓へと立った。
「これより魔導騎士学の授業を始める。其方たちは不満だろうが、クラットン教授が体調不良で教鞭を取れないため、本日は私が代理で授業を行う。代理とは言え、やるからにはみっちりと指導するので気を抜かないように」
教授はさっそく今日のメニューを黒板に書き出していく。教授はチョークを持つのが嫌みたいで、基本的に黒板に書き出すときは魔法でチョーク浮かせ、そのまま器用に書き上げるスタイルだ。宙に浮いたチョークが文字を書き終えたところで、教授は再び口を開いた。
「本日は防衛魔法の訓練を行う。戦うだけが騎士の役割ではない。守ることも騎士の仕事だ。いくら攻撃魔法に長けていても、防衛ができなければ直ぐに死ぬ。近くに守るべき民がいれば見殺しになる。防衛は最大の武器だ。魔導騎士を目指すなら覚えておくように」
そう言うと教授は教室をぐるりと見まわした。そして、杖をビシッと前に出しながら声を張る。
「各自隣の者とペアを組め。攻撃側と防衛側に分かれ、私の指示がでるまで各自魔法を繰り返せ」
生徒たちは教授の言葉通り、隣の生徒とペアを組み攻撃魔法と防衛魔法の打ち合いを始めた。教授は室内を歩きながら、生徒一人一人に指導をし始めた。
「魔力の出し方に偏りがあるから魔力壁が壊れるのだ。そんなんでは直ぐに戦闘でやられるぞ。全体に均等にいきわたらせるように魔力を送りたまえ」
「攻撃の手を止めるな。連続で攻撃を続け攻撃に耐える練習をするのだ。戦場で相手は加減などしてくれませんぞ」
「一度に持っている魔力を全て放出してどうする!貴様のミースの心臓に毛が生えた程度の魔力量では、戦場ですぐに枯渇するぞ。せめてものあがきで、最低限に必要な量を連続で放出するくらいできるようになりたまえ」
普段、しゃべる姿をあまり見ないだけにこうして話している姿を見るのは新鮮だ。目立つ生徒に声をかけるのだはなく、きちんと一人一人に向き合い指導をしているあたりが教授の人柄が出ていると思う。顔が怖いので生徒はビビってるけど、でも教授の真剣さが伝わっているのかきちんと指導を受け、練習を繰り返していた。
「次、役割を交代して同じように実行するように」
教卓の上から教授が指導する様子をぼんやりと眺める。てっきり、教授は薬学と魔動植物にしか精通していないものと思っていたが、魔導騎士学にもかなり詳しいようだ。私はこの世界の魔法のことをよく知らないけど、教授の指導は適格に思えるし、教授の指導のおかげでこの短時間の間でも生徒たちはかなり上達しているような気がする。
「ねぇ!もっと思いっきり攻撃してよ!」
「ええ!でも…」
ふと、女子生徒と男子生徒の揉める声が聞こえてきた。視線をそちらに移すと、そこには先ほど恋に悩んでいたあの男子生徒がいた。何やら女子生徒と言い合いになっているらしく、たじたじになっている。
「大丈夫。ちゃんと防衛するから。それより、もっと威力がないと練習にならないでしょ?」
「…っ!…わかった!」
女子生徒の言葉に覚悟を決めたように頷いた男子生徒。よく見ると彼の耳が赤く染まっていた。それを見て私は確信した。
ほほ~ん。さては彼の好きな女の子ってあの子のことだな。大方、好きな子相手に攻撃をするのに戸惑って、それに対して彼女が手を抜くなと指摘してきたのだろう。で、その逞しさに、さらに彼女に惚れ直したってところかな。いいねぇ、青春だわぁ。
「終了だ。全員攻撃をやめなさい」
教授の声で、生徒たちは一斉に魔法を使うのをやめた。賑やかだった教室が一気に静まりかえる。
「本日の授業はこれにて終了だ。各自、今日指摘されたことを改善しておくように。解散」
そう言うと教授はさっさと教室から出ていった。扉が閉まった瞬間、生徒たちがほっと息をつく。私は例の男子生徒に近づくと、にゃあと呼びかけた。
「ああ、君はさっきの。…ブリートン教授、流石の迫力だったね。緊張したよ…。でも、僕なんかにも声をかけてくれたし、指導してもらえたのはちょっと嬉しかった。いつも、僕授業で先生に声かけられることなんてないからさ。まぁ、指名されないのは楽なんだけど、でもそれそれでちょっと寂しいっていうか…教授のおかげで魔法壁が長時間維持できるようになったんだ。君のご主人様はすごい人だよ」
嬉しそうに語る彼に私はそうだねと鳴いて返した。
ブリートン教授は指導者として素晴らしい人なのだ。愛想がないので誤解されやすいけど、人一倍教育熱心な人だと私も思う。
「かわいい~。その子、教授の助手ちゃんよね」
「え!あ、うん。そう。教授の飼っているフィスだよ」
男子生徒と会話していると、彼の恋の相手である女子生徒がこちらに話しかけてきた。これはチャンスだ。
私は尻尾で男子生徒を鼓舞しながら、女子生徒に愛くるしい目を向けてにゃあと鳴いた。
「フィリップ君、そのフィスちゃんに懐かれてるんだね。いいなぁ。私も仲良くなりたい」
「…え、僕の名前」
おお、彼の名前フィリップって言うんだ。初めて知った。ていうか、君の名前覚えてくれてるじゃん彼女。やったね!これは意外と好感触かもしれないよ!
きょとんとするフィリップに、女子生徒は可笑しそうに笑った。
「ふふ、当たり前じゃん。同じクラスメイトだもん。ちゃんと覚えているよ。フィリップ君、いつも本読んでるし、邪魔しちゃ悪いかなと思って声かけられなかっただけで。いつかお話してみたいなと思っていたよ」
「え…」
なに、この女の子。すっごくいい子!これはますます彼の恋を応援したくなるね!
私は固まっているフィリップを尻尾でバシバシと叩いた。ほら、ちゃんと自分の気持ちを伝えないと。
尻尾による衝撃で我に返った彼は、少し緊張ぎみに口を開く。
「ぼ、僕もアリシアさんとずっと話してみたいと思ってた」
よし、よく言った!
思わず全身にぐっと力が入る。アリシアと呼ばれた女の子の反応を見ようと視線を彼女に向けると、彼女は目を丸くさせた。
「え、そうなんだ。なら、お互い様だね」
そう言って嬉しそうに微笑むアリシアちゃん。
正直に言おう。めっちゃかわいい。フィリップもその笑顔にやられたのか顔が真っ赤だ。
「フィリップ君はフィスがすきなの?」
「う、うん。実家でも飼ってるんだ」
「そうなんだ!私もフィス、飼ってるよ!ここってペットの飼育禁止だから残念だよね。本当は一緒に学生生活送りたかったのに」
「そ、そうだよね。僕も、教授のフィスを見て実家のフィスを思い出していたよ」
おお!いいんじゃない、いいんじゃない?想像以外に話が盛り上がっているよ!このままいい感じに進めるところまで…と思ったところで彼女の友人が彼女を呼びに来てしまった。…残念ながら今日はここまでのようだ。
「ごめん、私次の授業に行かなくちゃ!また授業が一緒になった時にでもお話しよう!じゃあね、お疲れ様!」
「う、うん。またね。お疲れ様!」
去っていくアリシアを見送った後、フィリップは嬉しそうに私を見て言った。
「…やったよ!僕彼女と話せたよ!ありがとう、君のおかげだよ!」
興奮気味に感謝を伝えてくる生徒に、私はよかったねと伝えるつもりでにゃあと一鳴きする。
彼の恋が一歩踏み出せたようでなりよりだ。やはり、恋愛というものは学生生活の醍醐味の一つだし。…まぁ、私の学生生活には恋愛のれの字もなかったけども。こうして、学生生活を再び送るのも悪くないのかもしれない。…まぁ、人じゃなくて猫だけどね。




