13.猫と男子生徒
「ねぇ、見て。フィスがいる!可愛い~」
「ほんとだ。あれ、ブリートン教授の飼いフィスだよね。お散歩かな?かわいい~」
授業終わりの生徒がちらほらといる廊下で、私はトコトコと学内の散策をする。教授の手伝いをしなくていい時は、こうして暇つぶしに学内をうろうろするのが私の日課である。
この大学には裏庭があり、そこには大きな噴水がある。杖を持ったおじさんの銅像が水を吹き出しているという不思議なデザインだが、日向ぼっこにちょうどいい場所なので私はここを気に入っていた。
今日もそこでのんびり過ごそうとやってきたのだが、そこには既に先客がいた。なんだか憂い顔で噴水に座り込む男子生徒。なんとなく気になって私は彼に近づいた。男子生徒は私の気配に気づくと、微笑みながら隣をぽんぽんと叩く。
「…ふふ、君もここの常連さん?…おいで、一緒に涼もう」
「にゃおっ!」
私は男子生徒の隣にひょいっと飛び乗ると、身体を丸めて横になった。男子生徒はそーっと私に手を伸ばすと、優しく身体を撫で始める。きごちないけど悪くはない撫で方なので、私は目を閉じて大人しく撫でられていた。
「もふもふだね。癖になりそう…」
ふふふっ。そうだろう、私の毛並みは素晴らしいだろう。なんせ、毎日毛繕いを怠たらないうえに、私をいたく気に入ったらしいミセスクリスティが、毎日丹精を込めてブラッシングをしてくれているのだ。もふもふにならないわけがない。
男子生徒はしばらくうっとりとした表情で、私のことを撫でていた。…あ、そこ気持ちいい。もっと撫でて…。瞳を閉じて男子生徒に大人しく撫でられている私に、男子生徒は笑いを溢す。
「ふふふ。君、人懐っこいね。可愛いなぁ。…僕、初めてこんなにフィスに触れたよ。実家にもフィスがいるだけど、なんか僕嫌われてるんだよね…1番世話をしていたのは僕なのにさ、撫でようとするとさっと逃げちゃうんだよ…はぁ」
あー、よくある話だよねぇ。前世でもペットの猫に懐いてもらえず嘆いている人いたもんなぁ。
動物に相手にしてもらえない悲しみを分かるがゆえに、彼に同情を込めて頭を擦り付けた。これで少しでも元気になってほしい。
男子生徒はふふっと嬉しそうに笑ったが、すぐにまた深いため息をついた。
「にゃお?(どうしたの?何か悩み事?)」
私は男子生徒の思い悩んでいる様子に、心配の目を向けた。
青年期は何かと多感で悩みの多い時期だ。きっと彼にも何か悩みがあるのだろう。私はこう見えても前世人間だったし、少なくとも青年よりは長く生きている。撫でてくれたお礼に話くらいは聞いてあげたいと思った。
「…いや、僕ってほんとに嫌われ者だなぁと思って」
悲しそうにそう独り言ちる彼。その言葉に私は首をかしげる。…一体何があってそんなネガティブ思考になっているのだろうか。少なくとも今接した限りでは、彼が人に嫌われる要素はそれほどないような気がするのだが…。
私は彼の話を催促するようにジッと彼を見つめ続ける。男子生徒はそのままつらつらと話を続けた。
「僕、友達が1人もいないんだよね。クラスの人にも存在を忘れられているというか…。これでも初めは友達を作ろうと色んな人に頑張って話しかけたんだけどね。でも、結局その人たちを楽しませる会話ができなかったというか。気まずいまま離れちゃったんだよね」
あー、あるよねぇ。私もそういう悩みを抱えた時期があったなぁ。友達増やそうと頑張って色んな子に話しかけるんだけど、結局だんだん気を遣うのに疲れちゃって付き合いをやめちゃうんだよね。
「なんかさ、最初は頑張って関係を維持しようと思うんだけど、結局、その人が他の人と楽しそうにしてるのを見ると、ああ、やっぱ僕なんかといるより他の子と過ごした方が楽しいんだろうなぁって思っちゃって、声をかけるの遠慮しちゃうんだよね。それで、結局友達ができない」
分かるなぁ。遊びに誘おうかなと思っても、自分なんかより他の子と遊んだほうが楽しいんだろうなとか思って結局誘えないんだよね。
男子生徒の話を聞いていてなんだか懐かしい気分になった。彼と前世の私はよく似ている気がする。なんだか親近感が沸いた。
ふと、男子生徒が自分の拳をぎゅっと握りしめた。そして、少し言い淀んだ後、再び口を開く。
「…僕さ、初めて気になる子ができたんだ」
突然の男子生徒の告白に私はガバッと身を乗り出す。おお!ここに来てまさかの恋バナ!なんかテンション上がる!
「でもさ、その子、すっごい可愛いし、常に人に囲まれてるからさ。僕なんか見向きもしてもらえないだろうなぁと思って。…だから、声をかける勇気がでなくてさ…」
なるほど。クラスのマドンナ的存在か。確かに、それはハードル高いよね。でも、声をかけられるようになればもしかしたらこの青年にもチャンスがあるかもしれない。何か私にできることはないだろうか。せっかくの縁だ。この悩める青年を応援してあげたい。
青年は、乾いた笑みを浮かべながら私に言った。
「はぁ。…ていうか、相談相手がフィスしかいない時点でアウトだよね、僕」
そんなことはないよ、青年!フィスはフィスでも元人間のフィスだからね!相談してくれれば力になるよ!私、君のこと気に入ったし!
私は否定するように尻尾で地面をポンポン叩きながら、男子生徒に熱い視線を送る。彼はじりっと少し後ろに下がった。
「…なんか凄いじっと見られてる。…君、僕の話に興味持ってくれてるの?…僕なんかの話を聞いてくれるなんて…君は優しい子なんだね」
そう言って男子生徒は再び私の頭をうりうりと撫でてくれた。そして一通り撫で終わると立ち上がって言った。
「でも、もう大丈夫だよ。話聞いてくれてありがとね。また、今度会った時はこうして撫でさせてくれると嬉しいな」
もう満足したと言わんばかりに去っていこうとする青年を私は咄嗟に引き留める。まだ私を聞き終わっていないのだ。話してもらえなければ私は協力すらできない。
「…え?どうしたの?もしかして引き止めてる?凄く可愛いんだけど…」
服の端を咥えて引き留めようとする私を男子生徒は驚いたように見つめた。私は男子生徒の服を引っ張り話の続きを要求しようとする。
「…って、ちょっと!引っ張らないで!服伸びちゃうよ!これ一着しかないのに!」
男子生徒は困ったように私に向き合うと眉を下げながら言う。
「えーと、どうしたの?僕に何か伝えたいのかな?…あー、どうしよ。そろそろ次の授業に向かわないといけないんだけど…」
なるほど。もうそんな時間なのか。…は!彼についていけば相手が誰なのか分かるのでは!
ならば、彼についていこう!とりあえず私は彼と行動を共にするため、彼に前足を乗せ抱っこを要求した。
「…やばい、可愛すぎるんだけど。これは抱っこしてほしいってことでいいんだよね?持ち上げるよ?…よいしょっと」
青年は猫に抱っこを要求されたことが余程嬉しかったのか頬を赤らめながら、慎重に私を抱っこした。
「あれ?結構重…いてて!ごめん!ごめんって!軽いよ、軽い!だから、パンチしないで!」
失礼なことを言いかけた青年に私は思わず猫パンチをくらわす。ふんっ!少女に向かって重いだなんて失礼な!そんなんじゃ気になる子にも相手してもらえないぞ!
「あははは…なんか、君、本当に不思議だね。教授の授業受けている時から思っていたけど、まるで人間の言葉を理解しているようだ。賢い子なんだね」
男子生徒は私を抱えながら歩き出した。見た目はひょろいけど、意外としっかりしていて安定感がある。ふと、彼は何かを思い出したように声を上げると、納得したように私を見た。
「…そっか。次、クラットン先生ギックリ腰で授業出られないからブリートン教授が代わりに授業やるんだっけ。もしかして、君、それで僕に連れてけって指示したの?だとしたら君相当小悪魔だね」
…いや、それは聞いてない。今日、ブリートン教授が代理で授業をするなんて私は聞いていない。青年よ、それは早く言って欲しかった。危うく職務放棄するところだったぞ。
内心冷や汗をかきながらも私は男子生徒と共にブリートン教授が代理授業を行う教室へと向かうのだった。




