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10.猫と生徒

「教科書の119ページ、この解毒薬についてだが…」


 ペラペラと教科書をめくりながら、机と向き合う生徒たちが懸命に羽ペンを動かす。カタカタとペンが紙をこする音はいつ聞いても心地よい。


 多くの生徒が手を動かす中、こくこくと首を動かす生徒が一人。私はそっとその生徒に近づくと、ペシっと顔をはたいた。はっと体を揺らしたその生徒は、左右に視線を動かした後、私に視線を向ける。まだ寝ぼけているのか、そのままふりゃりと顔を緩めた。


 いや、こんなキュートな私を目の前にしてだらしない顔をしない方が難しいと思うけどね。でも、今は授業に集中してほしいかな。教授の顔が怖いし。


 まるでこちらを気にしないと言わんばかりの表情で淡々と授業をこなしている教授だが、意外と彼は一人一人の様子をよく見ているのだ。勿論、目の前のこの生徒がこくこくと転寝をしているのも教授は気づいている。


 授業中眠くなっちゃう気持ちも分かるんだけどさ、でも教授が毎晩寝る間を削って授業の準備をしているのを見ているから、寝ている人を見るとちょっとイラっとしちゃうんだよね。ただ見ているだけの私でもこう思うんだから、教授本人は多分もっとイラっとしてるんじゃないかな。


「ミスタートンプソン」


 ふと、教授が目の前の生徒の名前を呼んだ。しかし、生徒は名前を呼ばれたことに気づいていないのかまだボーっと私を見ている。私はもう一度尻尾で顔をビンタした。


「ミスタートンプソン」

「は、はい!」


 先ほどよりも低めの声で教授が生徒の名前を呼ぶ。目の前の生徒はようやく焦ったように顔を上げると、返事をした。


塞傷薬(エリクレーディル)の調合時にやってはいけないことは何か答えよ。…フィスに構う暇が余裕があるくらいだ。まさか答えられないことはなかろう?」

「え、…あ、はい!」


 テンパってる。めっちゃテンパってる。突然指名され、しかも寝ていて話を聞いていなかったであろう彼は焦った様子で教科書を探り始めた。私はそんな生徒を眺めながら、趣味の悪い教授に肩をすくめる。


 ―また始まったよ。教授の悪戯(生徒いびり)


 教授は偶にわざと寝ている生徒を指名して、説明もしていないことを質問することがある。まぁ、授業中に寝られてイラついている部分もあるだろうし、多少、そうしたくなる気持ちが分からないわけではないのだが。ただ、教授がこれを楽しんでいるというか、趣味にしているところが達が悪い。私が一緒に過ごしてきた限り、これをやっているときの教授の顔が一番生き生きとしているのだ。悪趣味である。


 顔を青くして必死に教科書を探っている生徒に、私は同情する。まだ説明もしていない分野なので、例え授業を聞いていても答えられない部分なのだ。


 私は開かれている教科書にテシっと前足を置くとそれが記載されている項目を示した。生徒は私の意図に気づいたのかその部分を読み上げる。


「…えーと、調合する際に絶対に沸騰させないことです」

「理由は?」

「…ふ、沸騰させると傷を癒す成分が破壊され効果がなくなるからです」

「…よろしい。多少の知識はあるようだな。…だが、それは私の助手だ。愛玩動物ではないので弁えるように」

「…はい。申し訳ありません」


 ほっとしたように息をつくと、口パクでありがとうと私に伝えてきた。私は尻尾を一振りしてそれに返事をする。そして、別の生徒の方へと向かった。



 授業終了の鐘がなり、教室にいた生徒が入れ替わる。次はテストの時間だった。生徒達が全員席に着いたのを確認すると教授はテスト用紙を配り始める。


 紙が全員に行き渡ったことを確認し、始めの合図をする。すると生徒たちは一斉に紙をめくり、ペンを動かし始めた。


 カリカリカリと机をペンがこする音が響く。


 生徒が真剣にテストを受ける中、私は静かに教室を歩き回った。そして、こそこそと袖に仕込んだ紙を除く生徒を発見する。私はその生徒の机に乗り、たしたしと尻尾を机に打ち付ける。


 生徒は驚いたように目を丸くして私を見つめる。その間に私は生徒の袖からはみ出ていた紙を咥えて引き抜いた。


「あ!」


 生徒は慌てて取り返そうとするが、私はそれをひょいと避ける。そして、背後に来ていた教授に渡した。


「ご苦労。…其方の評定はなしだ。皆の集中の妨げになる。出て行きなさい」

「…はい」


 カンニングペーパーに視線を落としながら、教授はそう言って生徒を追い出す。当の生徒も見つかってしまい何も言えないのか、しおれたように出ていった。


 ―カンニングしても良いことないのにね。なんでやっちゃうのかなぁ。


 その後、他にカンニングをする生徒はおらず、無事にテストは終了した。


 今日の持ち授業はこれだけだったので教授と共に部屋に戻る。教授は魚のペーストを皿に盛ると、テーブルに置く。ご褒美ということらしい。私は喜んで皿に飛びつき、ご馳走を堪能した。


 教授はそんな私を見ることもなく、さっさと自分の席につくと本を読み始める。そして、論文を書き始めた。最近、教授はこうして論文を書いていることが多い。なんでも締め切りが近いのだそうだ。


 あ、そうそう。ここ最近、私の中で大きな変化があった。少しずつ教授の発する言葉の意味や、紙に書かれた文字の意味が分かるようになってきたのだ。これも、単に教授の実験の賜物である。


 ある日、教授は何を思ったのか私に言葉を教え始めたのだ。どうやら、私がほかの生き物より賢いらしいというこのに気づいたようだ。それで、私がどこまで人間の言葉を理解できるようになるのか気になったらしい。


 毎日のように物や絵を指し示しながら、私に単語を教え続けた。私がある程度、言葉を理解できるようになると、今度は文字の一覧表を持ってきてひたすら文字が読めるようになるまで教え続けた。教授は一度実験のスイッチが入るととことん追求するタイプだ。そのため、かなりのスパルタ教育で私は疲弊したが、おかげで日常生活に支障が出ない程度には言葉が理解できるようになったというわけである。


 いやぁ、言葉が分かるって本当に素晴らしい。言葉が分かるようになったおかげで私の生活レベルは格段に上がったし、この世界についても色々と分かるようになってきた。


 まず、この世界は魔法が使える人とそうではない人に分かれる。魔法が使える人は魔法を使えることを活かした職業に就くことが多いらしく、ここはそんな魔法を使った職業を目指す人たちが通う魔法専門の学校のようだ。


 ここは前世でいう大学のようなところで、生徒の年齢も20代前後といった感じだ。下は1年生から上は4年生まで、留年という制度はないようで卒業事態は4年間通い続ければ自動的に卒業になるらしい。ただ、前世の大学と違う点は就職の際に専門分野の単位を履修していることが重要視されることだ。


 そのため、この大学に通う生徒は1年生の時からある程度将来なりたい目標が決まっていて、それに合わせて授業を履修しているらしい。前世ではなんとなく適当に大学を選んだ記憶がうっすらと残っているので、彼らの熱意には非常に関心である。


 そして、私を拾ってくれた黒いローブの男性ことブリートン教授は、生物や薬学の分野を研究している先生のようだ。「魔動植物精製薬学」という授業を担当していて、この世界特有の魔力を保有した生物から薬を精製する方法を授業で教えているらしい。


 ちなみに、今書いている論文の内容は「フィスの言語能力保有の可能性とその限界について」。つまり私のことだ。ようは研究の対象として飼われているらしい。まぁ、今のところ解剖とかはされなそうだからいいんだけどね。解剖されそうになったらその時は全力で逃げるよ。


 それまでは、衣食住保証されたここでの生活は快適だし、魔法大学でのキャンパスライフも中々楽しいのでしばらくはここでの生活を満喫したいのである。


 ふと、扉の外から何かが勢いよく駆け寄ってくる足音がした。私はピクリと耳を動かし扉の方へと視線を向ける。教授も何かに気が付いたようで扉へと視線を向けた。その時、バタンと物凄い勢いで扉が開けられる。そこには、緑色のリボンローブを身にまとった女子生徒が血相を変えた様子で立っていた。


「教授!実験室が大変です!来てください!」


 彼女の言葉に私たちは顔を見合わせると、スッと立ち上がり実験室へと急いで向かうのだった。

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