1.教授と朝
教授の朝は早い。
締め切ったカーテンを開け、冷え切った部屋に温かな日差しを入れると、アルコールランプに火をつけビーカーでお湯を沸かす。
お湯を沸かしている間に、机に積まれた書類をかき分け手帳を取り出すと、さっと中身を確認する。
机の書類を整理しているうちに、フクロウがやってきて窓をつつく。すると教授は窓を開けてフクロウから今日の新聞を受け取る。
こうしている間にお湯が沸くので、教授は茶葉の入ったポットにお湯を移し替え、カップに注ぐ。注がれた透き通った黄金の液体はジリンというらしい。きっと紅茶のようなものなんじゃないかと思ってる。飲んだことないけど。
それから教授は、カップを持ったままソファに移動し、寛ぎながら新聞を読む。視線は忙しなく新聞に向けられたまま、カップは優雅に口元に運ばれ、ずずずと心地よい音が部屋に響く。
忙しなく動く視線と緩慢な動きをする胴体のギャップを面白く思いながら、部屋がよく見渡せるお気に入りの棚の上で、のんびりと毛繕いをするのが私の朝の日課であった。
かさりと紙の擦れる音が止み、教授がソファから立ち上がったところで、私は棚を降りて教授の元へ向かう。
教授は小さな器に茶色の粒を盛ると、ことりとテーブルに置いた。私はお礼に一鳴きすると、その茶色い粒に齧り付く。
初めてこれを出された時は戸惑ったが、口に含んでみると意外と美味しい。どうやら、魚の粉末を固めたようなもののようだ。噛めば噛むほど旨味がでてきて、口一杯に魚介の風味が広がる。その感動に思わず喉がゴロゴロ鳴ってしまったのは仕方のないことだと思う。
私がご飯を食べている間に、教授は自分の朝食を作り始める。教授の朝ごはんはいつも同じだ。アルコールランプの上に薄い鉄の板を置いて、そこに卵をおとす。
私はパンをこんがり焼く派なのだが、教授は違うらしい。ふんわりと柔らかいバケットを食べ切るサイズに切り分け、先程焼いた卵をのせる。そして、頬張る。
―その間、二口。
いや、もっと味わおうよ。せっかくの美味しい朝ごはんなんだからさ。
一粒一粒を丁寧に味わい、ゆっくりとフードを堪能した私は、尻尾をテーブルに打ち付けながらその行動を見る。教授には朝ごはんを楽しむという概念がないらしい。彼にとっての朝ごはんはエネルギー摂取の作業であり、手早く終わらせるもののようだ。
おかしいなぁ、私が人間の時は立ちながら食事なんて怒られたのに。
国が違えば文化も変わる。ここではそういうマナーはないらしい。いや、教授が特別なだけかもしれないけど。
「フィス」
「にゃー」
教授が私を呼んだ。私はそれに応えるように一鳴きして、教授の元へ向かう。
教授が開けた扉の隙間をかいくぐり部屋の外にでる。教授は扉の鍵を閉めると長い廊下を歩きだした。私も彼の後に続きとことこと歩き出す。
年季の入った木造づくりの廊下。朝の静けさに包まれた少し薄暗い空間を私と教授は歩き続けた。
フィスとはこの国の言葉で猫という意味だ。名前なんてものではない。教授は私を猫と呼ぶ。私もそれを受け入れていた。私達の関係にはそれがちょうどいいと思ったからだ。
私たちの出会いはそれはそれは微妙なものだった。