MEMORY・6 目覚め
4月13日水曜日 午後11:55
ヴゥゥゥゥゥゥ……
なんだろう? 耳障りな音が聞こえる。
冷蔵庫から聞こえてくるようなあの思い重低音。そうだ、機械の起動中の音。
どこから聞こえる? すぐ近くから?
あれ? どうしてわたしはそんな場所にいるわけ?
確か……直人のバイクに乗って……目の前に現れたトラックと……
そこまで考えた瞬間、目を瞑っているはずなのに目の前に光が差した。
周りが色づいていき、衝突した瞬間の情景を映しだす。
なに? これ?
スローモーションのように再生されるリアルな映像。
トラックに乗る驚いた顔の二人の男。真っ赤に色づいた大空。直人は背中から落ちたようだ。近づくアスファルト。
視界がずれた。何かが鳴った。
ごろごろと地面を転がる。
ドンと衝撃。
何かに受け止められるように景色が止まる。
トラックから降りてくる男たち。
『やべぇ、やっちまった』
『どうすんだキョウジ? お前の運転中だぜ?』
『そ、そんな。あんな突然じゃ止まれませんって。バイクに当たらなけりゃ俺等が急ブレーキで止まりきれずに死んでましたぜ』
『ふふ、それじゃあ命の恩人に感謝しないとな。とはいえ、どうせすでに一人やってるんだ。二人増えたところで気にするほどでもねぇだろ?』
『そりゃそうですけどね』
『しっかし、あの女見ろよ』
『外人っすか?』
『ただ染めてるだけだろ? でも遠めでもいい女じゃねぇか。ちょいと曲がっちまってやばくなっちまってるけどよ』
『いや、もう死んでんじゃないすか兄貴』
『だろうな……よし、行くぞ。お嬢は……山でも登ったか? キョウジ、てめぇはお嬢を追いな。俺はこの証拠を隠滅してくる。このトラック、何かヤバいもんでも憑いてんのか、ったく』
そうして二人は分かれていった。
あの時は声なんて聞こえなかった。なぜ聞こえるの?
それからしばらく情景に変化はなかった。
やがて一台の車が通り、慌てたように走り抜ける。
また少しの時間が経過。独特のサイレンを響かせて救急車がやってきた。
私も直人も乗せられて、やがて集中治療室に運ばれた。
救急隊員に「うはっ、この女目開いたまんまだぜ、恐ぇ」とか言われたのはショックだった。
そうして医者がやってきて……うげっ
光る眼鏡を見た瞬間、私は慌てて飛び起きた。
奴だ。あのマッドサイエンティストな容姿の嫌な笑みは間違いない。なら、ここは!
眼を開くと先ほどまでの映像が掻き消える。
変わりに怪しげな機械がうごめく部屋の景色が視界に飛び込む。
目の前には巨大なモニターのようなものが設置されていて、緑色の画面に人の身体に沿ったような線……あれはわたしをモニターに映しだしているようだ。
起き上がったわたしがまずしたこと、自分の手を確認することだった。
「あたっ」
ちょっと動かしたはずなのに、手が顔に当たった。
痛いわけではないけれど……
身体が重い。いや軽い? 軽すぎる? ううんやっぱり重い気がする。
まるで身体と心が合ってないような……
脳から生まれる命令信号と身体の動きが合っていない。そんな感じ。
でも、目の前に来た手は前に見たときと全く変わっていない。
雪のように白いわたしの可愛らしい掌だ。
ゆっくりと首を横に向けてみる。凄い速度で視界が移動した。
頭が変になりそうだ。
カプセル? みたいな機械が目の前にあった。
人が一人くらい入れそうな筒型のガラス管か何かが機械でできた台座に埋め込まれている。
中に何か入ってる?
無意識にカプセルの中身を覗き見ようと身体を乗りだしベットに手を付いた瞬間……
ベギンッ
ベットがわたしを中心に真っ二つに折れ曲がった。
「あだっ!?」
何が起こったか理解する前にベットの真ん中の支柱を押し潰しながら床に激突する。
とっさに痛いと声にはでたものの、実際には全く痛みは感じなかった。
「何が起こったのよ一体……」
先ほどの失敗から、慎重に慎重を重ね身体を起こす。
ゆっくりとカタツムリが這うように。
上体を持ち上げ、腰を浮かせて床に付いた手をずらしながら、なんとかくらくらとした頭のまま立ち上がることに成功する。
床をさらに少しへこませたものの、立つことには成功した。
次は歩行練習。ゆっくり、ちょっとづつ足をすりだしてゆく。
十分くらいかけてようやくカプセルの前にくることができた。
何が入っているのか。今は自分の身体がどうなってしまったのかよりも興味があった。
そっと。腫れ物に触れるように覗き込む。
なんだろう?
煙がカプセル内に蔓延してる。
煙の中から肌色の物体が見える。
一つ、二つ……合計五つ。
その物体は煙の奥でつながっているようで、太く長いモノが伸びている。
これ……手だ。人間の手。なんでこんなものが?
あれ? 待って? 手だけじゃない。もしかして、この中に人が一人入っているの?
もっとよく見ようと身を乗りだしかけたわたしに、男の声がかかった。
「そこまでにしていただけますか、絵麗奈さん」
聞き覚えのある、聞きたくない声がわたしに掛けられたのだった。