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MEMORY・5 手遅れです

 第三手術室に着いた私と主人の元に、看護婦がやってきた。


「せんせ~い、ああ、よかったぁ~。もうだめかと思いました~」


 全く慌てているように見えない彼女は、誰だったか? 網膜から取り入れた映像を人物検索すると、三石唯梨という名が現れた。

 この体、記録した人物名が網膜映像に出てくるから名前の呼び間違いせずにすんで便利である。

 猫の身体だった時は色彩すらもこんなに鮮やかではなかったし、各種機能も存在してなかった。


「おや三石さん。どうなさったのです? そんなに血相を変えて」


 言うほど血相は変えてないように思う。

 むしろいつも見ている穏やかそうな顔にしか見えない。


「せんせ~い、しゅじゅちゅの担当おねがいしま~す」


「しゅじゅちゅ?」


 思わず洩らしてしまった私に、主人が小声で手術ですと教えてくれた。

 分かってる。この女の言い方が理解できなかっただけである。

 滑舌が悪いという訳ではなく、こいつが雄相手にだけ使っている舌ったらずな言葉遣いだ。

 前に雌同士で話をしているのを見たが、とても流暢だったと記憶している。ついでに記録もしているので証拠映像はばっちりだ。


「放送を使ったのは貴女ですね。まったく、私はモグリとはいえ、眼科以外の手術をするには指導医が必要なのですが。父に怒られますので」


「他にいないの?」


 私の問いに困ったような顔をする。

 できれば真一には目立つ手術などはさせないでほしい。親の病院とはいえまだ学生なので身バレすると病院自体に大打撃だ。基本揉み消す手段はあるらしいけど。


「いたら~、せんせ~に頼みませ~ん」


 なぜだろう。唯梨の言葉を聴いていると頭が痛くなる。

 私の頭に脳みそとやらは入っていないはずなのに……


「熊井せんせ~はぁ第一しゅじゅちゅ室で~トメさん(72歳)を担当してますし~、青森せんせ~と新田せんせ~は第二しゅじゅちゅ室で~死んだ~生き返った~って遊んでました~」


「真一、今スケジュールを検索、他の先生は休暇などで今日はいない」


「一人くらい残っている先生がいるでしょう?」


「小児科と耳鼻科」


「交通事故なのに~そんなとこ必要ないですよ~」


 どうやら主人以外はできそうにない手術らしい。


「仕方ないですね。まずは患者を診てからです」


 眼鏡を片手で直し、きらりと光らせる。


「三石さん、患者は?」


「しゅじゅちゅ台ですよ~。数人の新人看護婦だけは~用意できました~。別室に待機させてます~」


 どれだけ人手不足なの、この病院は?

 町の人が現状を知ったらこの病院には殆ど来ないでしょうねきっと。

 私は白衣を着て滅菌した主人が入っていった手術室のドアを開く。

 私が入るのを待って、唯梨が入ってくる。


 中にいたのは主人と患者のみ。

 これから手術を受けるだろう哀れな患者に十字を切って祈りをささげ、主人は手術台の患者を診た。

 眼を見開く。

 視線を落とし眉間に片手を当て、眼を瞑る。その姿は立ったままの考える人といった様子。


「真一?」


 堪らず私は声をかけ、背伸びをして患者を見る。

 金色に染まった髪。どこかで見た気がする。

 細い折れ曲がった四肢。見覚えがある。


「姉さん?」


「昼前は元気だったんですがね……全く……」


 主人は沈痛な面持ちで言葉を吐きだす。

 きっとすがりつきたいはずだろう。泣いてしまいたいはずだろう。

 主人にとって最愛の人物が既に死に体で搬送されてきたのである。泣くだろう普通は。

 それが人間というものだ。


 よく昼ドラでやっているワンシーンのように……でもそれを主人はしなかった。

主人は涙すら流さなかった。

 的確に生かす道を考えている顔をする。


「治りますか、真一」


「……無理……ですね。すでに肺が潰れているようですし……脳の方が未だ無事なのが幸いといったところですか……」


「脳?」


「治療は不可能ですが……移動はまだ可能かと」


「やるの? 私と同じように?」


「声がまだ不完全ですが……声帯の現物が手に入ったので何とかしてみましょう。輸血と車の用意それと……三石さん」


「はい~」


「この患者については私に一任していただきます。また、この手術の内容は秘密にしていただきます。新人看護婦にも持ち場に戻るよう指示してください」


「おっと闇医者モードですね~了解です~」


 主人は私に向き直る。


「B型の輸血パックをお願いします。絵麗奈さんを運びますよ」


「了解。家までの距離と姉さんの出血量を計算。さらに処置手術の時間から三パック以上と断定。唯梨、パック四つ貰います」


「いいですよ~持ってってくださいキキちゃん、台帳記入は任せてください~」


 慣れ慣れしく呼ばれることに反抗したい気持ちが生まれたけれど、それに気づかないフリをして、私は唯梨の持ってきた輸血パックを貰い受けた。

 さて、後はコレを誰にも見付からずに輸送しなきゃいけない訳か。

 主人は車持ってないし。唯梨、運転お願い。

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