MEMORY・48 最後のピース
4月17日日曜日 午後2:43
「嫌ぁぁぁぁぁぁッ!」
悲鳴と共に、わたしは一気に飛び起きた。
「ど、どうしたのですかッ!?」
目の前にいた真一が驚いて飛びのいた。あまりの驚きように眼鏡が半分ずれている。
何アレ何アレ何アレっ!?
全身舐められるようなゾッとする感覚に両手で肩を抱いて思わず震える。
「あ、あれ? ここ……メンテナンスルーム?」
あまりに叫んだせいか声が変な気がする。たぶん気のせいだ。
「そうですが?」
真一の肯定。ということは……さっきのって夢?
そ、そうよね。わたしが炎に包まれて死んじゃうなんて、そんな……
ほう、と一息。額を拭って気づいてしまった。
この手……わたしの手じゃない?
それはわたしが今まで使っていた手よりも短かった。掌を広げる。とても小さかった。
視線をずらして服を見る。紫色の服。紫色のスカート……これは……まさか……
慌てて部屋に備え付けの鏡の前に立つ。愕然とした。
目の前にいるのはキキだった。
キキの容姿をしているわたし? これって……
「ようやく気づいた? 姉さん」
どこからか聞こえたキキの声。周りに響く。
「キキはこちらです、絵麗奈さん」
と、真一がモニターを指す。そこにキキの姿はない。ただ音声だけが響いてる。
「予備の体がないのでこちらに移って頂きました」
「私の体、姉さんの身体みたいに壊したら承知しないから」
姉さんの身体みたいに……つまり、あれは夢じゃなかった?
「幸い燃え残った素体を回収できました。設計図などは既にあるので一週間ほどで新しい体が完成すると思います」
つまり……さっきまでのは夢なんかじゃない。
わたしはやっぱりあいつ等を取り逃がしたんだ。
「ああ、それと、キキが逃れた犯人の二人を捕まえました。後でお礼を言ってやってください」
……は?
「姉さんの不始末はフォローした。自分で仇を打てなかったと怒らないで欲しい。逃がさないよりはマシでしょ?」
……まぁ、そうなんだけどさ。
「犯人を捕まえることはできました。絵麗奈さんも暴れまわって少しは気がすんだのではないですか?」
「……う、す、少しはね」
「では、これであなたがすべきことは全て終了したわけです。この後は……どうなさいますか?」
「どうって?」
「私は個人的感情からあなたを機械の体として甦しました。あなたの意思など関係なくです。あなたから私は食べる楽しみを。寿命を。シャワーや風呂といった生活を。そして恋愛を奪ってしまいました。もうあなたは成長すらできません。もし、もしも……あなたが望んでいなかったなら……」
わたしを元の死に戻す……とでも?
確かに、真一は優しい。優しすぎるくらいに。
でも、優しすぎるってのは他人にとってはただのいい迷惑でしかない。
有難迷惑だ。誰もそこまで求めてない。
「確かにね、あんたのせいでいろいろ苦労してるわ」
真一は項垂れる。
「でもね。正直、感謝してる。あんたに感謝なんてわたしにしちゃ星に生命が生まれるくらい珍しいことなんだから。それにさ、まだわたしがすることは終わってないわ」
わたしは真一の前に来ると、真一を見上げた。
「少なくとも。後二つ。岩倉武琉の死の真相と……」
赤坂葵への答え。そして、やっとわかったから……自分の気持ち。
新見さんは言った。探偵は真実の探求者。
わたしは無知だ。自分の本当の感情すら勘違いしてるくらいに無知だった。
だから……捜し求める。見つけ続けようと思う。
「真一、もしもだけどさ、提示された前提が間違ってたら……答えなんてでるわけないよね?」
「そうですね。いくら探しても答えは出てこないでしょう」
真一の言葉にわたしは頷く。
キキの記憶を見て、ようやく分かった。
最後のピースが……ううん。全部、答えは最初から出てたんだ。わたしが馬鹿だから……気付くのに時間がかかった。
「真実に辿り着くわよ、真一」
わたしは前に記憶を見せるためにキキが座った椅子に座る。
「実はね。今の状態はキキのロックしてた記憶見れるみたいでさ。面白い記憶見つけたの。これが多分……答えだと思う」
「ま、待って姉さん。まさか……」
あまりにも震えた声が室内に響く。
やっぱりあれはキキの記憶だ。
キキの機械の体の中にインプットされたロックのかかっていた記憶。
彼女の骨折の原因。
犬に追われて車に轢かれ、犬に咥えられてわたしの所に戻ってきた記憶。
唾液塗れでめちゃくちゃで。でろんっと助け出された恥辱の記憶。
わたしの記憶じゃ犬に咥えられてたキキを真一が見つけたんだけど……大方あの犬が永久の飼ってた犬なんだろう。
「記憶……あんたも見て、真一」
「分かりました。そちらの椅子にお座りください。やり方はわかりますね」
わたしは促されるままに椅子に座り、記憶を見せる。キキの罵詈雑言なんて知ったことか。




