MEMORY・45 わたしは逃げない
「あ……あう……ば、ばけ……」
「ひ……ふ……ば……ば……」
二人は震えるように、そうして一斉に言った。
「「ばけものだぁぁあぁぁッ!!」」
シートベルトを急いではずして、慌てふためきながら車外へと転がりでる。
エレベーター内にでた彼らは、体が傷つくのも気にせずドアとトラックの狭い隙間を無理矢理通り、駐車場へと逃げだした。
それを確認すると、真後ろにあった窓ガラスを叩き割る。
狭いガラス窓を無理矢理広げ、後ろのコンテナを蹴り倒して駐車場に躍りでた。
どこ行った、あの二人?
サーモグラフィー、X線。視覚機能フル活用で調べるわたしの靴に、ピチャリと触れる液体。
これは……お、オイ……ル?
認識した瞬間、どこからともなく火の気が上がる。
燃える柱が油路を走りだす。蒸気化したオイルが爆発的に燃え広がって……っていうシュミレーションが頭ん中で繰り広げられてくる。
これって……未来予測?
人間なら確実に丸焼き間違いなしの炎の海。わたしを飲み込もうと押し迫る。
う、うあぁ、これは確実にヤバいわ。
危険……危険危険危険危けんきけんキケ……
【PERIL】
まだ予想してるだけなのに、わたしの意志が一瞬で押し流される。体の制御が利かなくなった。
【SAFERY LOCK OPEN】
頭に浮かぶ文字文字文字。
永遠にも似た刹那の計算。
【EVASIONPATTERN COMPUTATION……PROCESS START THREE DIMESIONS SPACE RANGE COMPUTATION】
幾つもの数式が頭を巡る。
【PROCESS COMPLETE……ACTION START】
タンッと地を蹴り空中に逃れる。
足裏の油はこの瞬間に謎の液体が足に流れて洗い流す。洗剤液か何かだろう。確かめてる暇は無い。ブロアーで瞬間的に乾かし、宙で反転、天井に着地。
入れ違いに起こった爆発にも似た炎。予測通りだ。
付けられた瞬間、一気に燃え広がって床一面を嘗め尽くす。
油路なんてまったく意味なく、瞬間的に全体に火が付いた。おそらく火付け役だった人物は焼け死んだんじゃないだろうか?
燃え広がるのは一瞬だ。あとはところどころで可燃物から燃え始める。
床は油がないとこは大丈夫そうね。
そのまま勢いを溜めて蹴り上げる。
天井がへこむ。
光を思わせる高速で、わたしは止まっていた車の一つに向かって反転する。ボンネットを突き破って後部座席に穴を開けた。
ようやくスプリンクラーが作動する。
天井からのシャワーが炎をさらに猛らせる。
後部座席を足にくっつけたまま、車から転がりでた。
急いで足を引き抜きシートを蹴り捨てる。靴はシートの中に脱ぎ捨てた。その場を離れるように飛ぶ。
一瞬遅れてわたしが突っ込んだ車が爆発した。
【右に予想される危険有り 予想爆破時間2・3秒 爆発による自機損傷率85% 現状での回避 不可】
機械的に右に手を向ける。
【ハンドキャノン開放 エネルギー充填】
掌に砲口が現れ、熱い何かが集まっていく。
【発射】
光の束が一直線に車に向かう。
一瞬の沈黙。次いで……爆発。
爆風に押され、わたしはあとずさる。周りの炎が蹴散らされた。
こちらから力を加えて爆発の方向をずらしてさえ、わたしを吹き飛ばしかねない威力。ニトロでも積んでたのかな。
【目標消滅 安全確認 危険域を脱しました 通常モードに移行します】
なかなかに貴重な体験だった気がする。
もう二度とやりたくないけど。
あとは早くあの二人を見つけて……
そう思い立ち、歩きだそうとしたわたしの後ろ。急にライトが照りつけた。
「な、何?」
振り向いたわたしを待っていたのは……
あの二人のうちの一人だった。
ギンっていう兄貴分みたいな奴。またトラックに乗っている。トラック好きめッ!
わたしに向かって突っ込んでくる。
まるであの時みたいに……
ギンは決死の表情、青ざめて……わたしを轢くと分かっていながらアクセルを踏み込んでいる。
危険……また危険が……
走馬灯のようにフラッシュバックする記憶。
トラック、直人、へしゃげたバイク、回転する大空。アスファルト、死に逝くわたし……
……危険……死ぬ……また……轢き殺される?
【SAFERY LOCK OPE……】
五月蠅いッ!
流されかけた意識をかろうじで堰止める。
わたしはトラックをしっかりと見据えた。
こいつはわたしの問題だ。機械に任せるわけには行かない。
この決着は、わたし自身が決着をつけるッ!
【トラックの速度算出……】
「重量と速度による衝撃力マイナスわたしの耐久力イコール……」
【出力開放35%】
まともに受ければ機械であっても大破は避けられない。でも、
「でもね、力は逸らすことが……できるのよっ」
覚悟を決めよう。
機械であるからこそ、今のわたしならきっとできる。




