MEMORY・44 逃しはしない
「そう、かぁ。じゃあ、教えてあげる。理由は十二日の深夜。黒塗りのトラックに座っていたから。スーツの男二人と一緒にね」
「ギンとキョウジか?」
「その日、直角峠では二人の走り屋が峠越えにチャレンジしていたの。そしてその一人、岩倉武琉は何らかの原因で崖から転落。もう一人の拍木稔は対向車のトラックと衝突して即死」
「そ、そのトラックというのは……」
「そう、それこそが娘さんの、相川螢の乗ったトラック。ギンとキョウジ……だっけ? 二人は事件が公にでるのを恐れて事故を隠蔽した。でも、もう一人、放っておけば何かの拍子で喋ってしまいかねない小さな女の子が目撃していた。だから、その女の子はこう思った。彼等に消される前に逃げなきゃいけない。そうして姿を消したもんだから、会長の娘だし、と放っておくはずだった……かもしれない残りの二人も焦った。もし、彼女が誰かに告げ口をしたら? 自分たちのしでかしたことが表沙汰になる。いくらこの商店街が治外法権とはいえ、表で事件起こしたら確実に裁かれる。だったわね」
「そんな……あの二人が?」
「彼らは慌てて少女を追いかけ、次の日、同じ場所で今度は二人乗りのバイクと衝突してしまった。これが私の乗ってたバイク。そのおかげか、彼女は無事に逃げたみたいだけどね」
わたしは椅子から立ち上がり、相川会長に詰め寄った。
「わたしの前に、出して頂けますね。そのギンとキョウジ」
「う、後ろの部屋だ。泣きついて来たので隠れさせておいた。まさか、あいつ等がそんなこと……私も問い詰めねばなるまいな」
と、相川会長が会長室のドアを開く。
後ろの部屋は……本棚しかない。書庫のようだ。誰もいない? あれ? 誰も?
「あ、あいつら、逃げおったか!?」
「ちょっと、逃げるったって、出口ないじゃん。窓からったってここからじゃいくらなんでも……」
「隠し通路だ。襲撃があったり警察のがさ入れなどのもしもの為と作ったやつが……」
「案内して、あいつ等逃すわけにはいかないの!」
戸惑いながらもわたしを案内する相川会長。相変わらず顔は仏丁面だ。
落ちてる本を拾い上げ、本棚にセット。
音もなくスッとスライドする本棚から現れたのは、奥へと続く薄暗い通路だった。
「地下駐車場への直通エレベーターね」
「良く調べているな。その通りだ。ギンと私だけがパスワードを知っている」
ギンが知ってるならダメじゃん。そりゃ逃げるでしょ。
エレベーター前に着くと、手早くパスワードを入力する。
ドアが開いた瞬間、わたしは中に入ろうとした相川会長を引っ張りだし、替わりに自分を滑り込ませる。
「な、何をする!?」
「いい? あの二人は今、地下駐車場にいるの。当然、このエレベーターの作動も音で分かるわ」
「だからなんだと言うのだ」
わっかんないかな。わたしより頭悪いねこの人。
「犯行を知ってるのは今、ここにいるわたしと会長さん。仲良くエレベータで降りてみなさい。出口にトラックでも突っ込まれた日にはどうなると思う」
言われて相川会長は顔を青く……顔変わんないけど多分させてるんだと思う。
「そ、それなら君とて……」
わたしを引きとめようとする相川会長。根は良い人なのだろうか?
いや、こんなとこで商売してるんだろうし、悪人なのは確定よね。
「わたしは……」
機械だから。そう言いかけて口籠る。
目を瞑り、答えを探す。うん、そうだね。
わたしは人間じゃない。確かに人間じゃないけれど。機械でもないんだ。
わたしはわたしを考えられる。命令どおりに動く機械じゃない。意志がある。だから……
「わたしは、探偵だから」
新見さんは言っていた。
探偵とは真実の探求者。真実を暴く者。
そして、死地に飛び込み生還する者。
誰も死なさず自分も還る者なんだって。
そう、わたしは今、死地に向かおうとしている。一歩間違えば死が待っている。
でもね、それは人であるということが前提。
今の私には。鉄の塊だって豆腐と同意。
まだ何か言おうとしている相川会長を無視してエレベーターを閉める。
目指すは地下駐車場。最後の決着、付けようじゃないの!
4月17日日曜日 午前3:21
『地下一階に止まります』
音声が再生され、エレベーターが止まる。
見計らったようにへしゃげる入り口のドア。もう開きそうにない。
エレベーター全体を揺るがす衝撃に、わたしは近くの出っ張りにしがみついた。
少し間を空けて二度目の衝撃。
ドアがさらにヘコミを作り、三度目の衝撃でドアをぶち破り巨大なトラックがエレベーターを押し潰す。
わたしは内部調整で拾える音量をあげた。
「だ、誰もいねぇですぜ?」
「バカを言うな、それならなぜエレベーターが動く?」
動揺してるわね。わたしは自然とこぼれる笑みを浮かべて出っ張りから手を離した。
エレベーター外の出っ張りから。
一階分の落下速度を利用して、トラック向かってダイレクトアタック。
助手席と運転席の間を狙う。
「でぇぇぇりゃぁぁぁッ!」
気合と共にわたしの足がトラックの頭部を打ち抜く。
硬いはずのトラック。巨大な弾丸でも打ち込まれたように内側にへしゃげ、大穴を作った。
自分たちの間に降ってきたわたしに、唖然と見つめ合う二人。
「お久しぶりねお二人さん。探したわ」
とびっきりの笑顔を見せて、わたしはとても会いたかった二人に微笑むのだった。




