MEMORY・41 事故の真相
「二つ……報告があります」
間を空け、真一が眼鏡を直しながら静かに答えた。
わたしの心情を察してか、妙に小さく、しかし耳に届く声だった。
いくらか、怒りも収まったことで、わたしもなんとか声を絞り出す。
「何よ?」
「悪い知らせと良い知らせ……どちらから聞かれますか?」
こ、こいつは……
この状況になっててもふざけてるのッ!
「ふざけないでッ! どっちでもいいからいいたいことがあるなら早く言ってよッ!」
「少し前に保護していた少女……相川螢さんが目覚めました。今、下の医療室でキキが看ています」
「あっそ、それが何?」
怒気を孕んだ呆れ声に、真一は片手をめいっぱい開いて眼鏡の両縁と真ん中を支えて眼鏡を上げた。光が反射して綺麗に右下から左上に光が走る。ええいムカつくッ。
「わかりませんか? 私は葵さんから電話の話を聞きましたが。あ・い・か・わ・螢ですよ。重要な情報だと思われますが?」
……相……川? 相川将蔵!? まさか、それって……
今失踪している相川将蔵の一人娘?
「良い知らせでしょう?」
ニヤリと微笑む真一。
「確かに……ね。ありがと、ちょっと冷静になれた」
わたしは大きく息を吐いてから寝台から降りて立ち上がる。
髪を掻き上げ冷静になるように意識を鎮める。
もう一つの悪い知らせ、心して聞けってことね、いいわ。何でも言いなさい。
「次は悪い知らせだっけ? いいわ、もう何が来ても驚かないから」
わたしの言葉に、真一が頷く。
「先程、暗灯峠で死体が発見されました」
……え?
「ち、ちょっと、それって……」
「警察の調べでは、身元は新見高志」
嘘だ!? だって新見さんは……
「死因は衝突による即死。全身に打撲があり、前面が口ではいえない状態とか」
「ま、待って、待ってよ」
そんなはずない。そんなはずなんてない、だって、だって……
「何か?」
「峠って、わたしはあれだけ探して見つからなかったのよ? どうして……」
「丁度、絵麗奈さんの事故現場、その一つ上の直角で発見されました」
一つ……上? どういうこと? だって新見さんは一つ下って言ってたのよ!?
「さてさて、絵麗奈さんが聞いた場所と二つ上の直角だった実際に死体のあった場所。これがどういう意味を持っているのかは分かりませんが、確実なことはありますよ」
「確実なこと?」
「一つ下と言ったのは被害者で、そのすぐ後に殺害が起こった。ならば被害者は嘘を言う必要があったのでしょうか? 殺害現場は被害者から報告されているのでしょう? つまり殺害現場は被害者があなたと電話していた場所であるということです。たぶん捜査撹乱のために場所をずらしたのではないかと」
真一が言いたいことは時々理解不能だわ。
わかりきったことを言いながら何かを期待したようにわたしを見上げてくるし。
「わたしに分かるように説明して。自分の言葉で完結しないでよ」
真一は困った顔をしながらも、
「つまり、死体がどこで発見されようと、殺人現場は被害者のいた場所ということです。ですから絵麗奈さんの言った死体発見現場から二つ下の直角。これが殺害現場でしょう」
ようやく意味が分かった。
そういうことか。つまり、死体発見現場をいくら探しても証拠はでない。
なぜならそこは死体があった場所でしか無く、事故現場は手つかずなのだから。
警察は上を捜索するはずだから二つ下の峠は誰も捜索していないはず。
「必ず何かがあるはずです。もう一度詳しく調べてみましょう。幸いにも警察は発見現場を捜索中ですから」
「まだ、証拠が残ってる……あの場所に?」
「確証はありません。でも、私たちが調べたのが被害者の存在ならば。他の何かを見落としていてもおかしくありません。そもそも血痕なども良く調べなかったでしょう? それにぶつかったのなら……」
「車の塗装ね。ぶつかったら落ちるってよくテレビでやってるやつ。頭がいっぱいいっぱいで調べるの忘れてたわ」
わたしが答えると、なぜか真一が萎れてしまった。
「そ、その通りです絵麗奈さん」
活躍の場……奪っちゃったかな。ごめん真一。
「で、先にどちらに行かれます」
「もちろん殺害現場……っていいたいとこだけど証言者。まずはあの日に何が起こったのか知る必要があるわ。峠調べてる間にいなくなるなんてことがあるかもしれないし」
「では、ブリーフィングルームに参りましょう」
わたしと真一はすぐに真下の階に向かった。
ブリーフィングルームに下りると、カプセル横のわたしが壊したはずのベットが直っていた。そこに少女が座っていた。キキも隣で丸椅子に座ってる。……あの、私の死体がそこに眠ってるんですが? こんなところに寝かせとくなよダメ眼鏡。
「お加減はいかがです? 相川螢さん」
「悪いに決まってるわよッ! もう、あんな場所で夜を過ごしたから風邪よ風邪! ああ、もう、クラクラするッ!」
真一の言葉に耳を塞ぎたくなるキンキン声で答えが返ってくる。ある意味元気いっぱいだ。
「あなたがなぜあんな場所にいたのか理由を聞かせていただけませんか」
「理由? 理由は……い、家出……いや、あのじゃなくて……」
急に萎れたように声には気がなくなった。
「ありのままにお願い。あのスーツの二人のことも含めて」
わたしの言葉にハッと顔を上げる。
「……知ってるの?」
「ええ。むしろ知りたいの。あなたの協力が欲しいのよ。あなたも助かりたいんでしょ」
考えるように目線を走らせ、やや間をおいて、螢はポツポツと語りだした。
彼女は十二日の夜。あの黒服の二人。名前はギンとキョウジと言うらしい。彼等に無理を言って興味のあったトラックというものに初めて乗ったらしい。
好奇心旺盛な彼女はトラックから見える景色に一喜一憂し、はしゃぎながら彼等の仕事を手伝った。運送する手筈の白い粉の入った袋を運ぼうとしたら怒られたらしいけど。
その帰り道のことだった。
突然あの直角峠で現れた二台のバイク。とっさにブレーキを踏む。
相手もブレーキを踏む。が、一台のバイクが止まりきれずに崖へと転落。
その瞬間を見てしまい硬直するもう一台のバイクとトラック運転手のギン。
結果……衝突。
トラックは止まったが、バイクを巻き込んだ後だった。
彼らは焦ったが、既に起こったことはどうすることもできない。
仕方なく巻き込んだバイクと持ち主を荷台へ、白い粉が破れて出てきた時の証拠隠滅用の掃除道具で散らばった破片をできるだけ集めてその場を後にしたらしい。
で、一緒に見てしまった螢は口封じされるかと逃げだして、いなくなった螢に気付いた彼らが追ってる途中でトラックは二度目の事故。わたしたちと衝突したらしい。
全くいい迷惑だ。
「その夜の事件で何か気付いたことは?」
「えぇ!? そんなのあるわけ……あ、そういえば。森の中に女の人居たかな。気づいたの私だけだったみたいだし、一瞬だけだから気のせいかもしれないけど」
女の……人?
「後ね、道路が濡れてたの。おかげでタイヤが濡れてギンがブレーキがどうのってぼやいてたわ」
質問をいくつかし終わると、真一からドクターストップがかかった。
あまり聞きすぎると知恵熱で病状悪化するんだって。
本当かどうか知んないけどわたしには確かめようもないし、螢が辛そうな顔をしていたので真一の言葉に従った。




