MEMORY・39 邪魔しないで
ドアを閉じると、そのままそこにもたれかかる。
不安だった。何が不安なのかは分からない。
でも真一を好きな女の子が存在していた。
真一はその娘のためにわたしの誘いすら断わった。
毎日のようにどうでもいい検診をしてる。
その姿はとても親しい間柄みたいで、まるで……
なんだろう。このままじゃ大切なものが取られてしまいそうな気がする。
当たり前に在ったはずの何かが……
わたしにとって有って当たり前だった何かが……
わたしだけの……わたし……だけの?
ガラリとわたしの後ろでスライド式のドアが開き、真一がわたしの後頭部に眼鏡をぶつけた。
「あ、ゴメン、真一」
「……い、いえ、いいですけどね、別に」
目頭を痛そうに押さえつつ、真一はドアを閉める。
「終わったの? 検診」
「ええ。それでですね、葵さんが絵麗奈さんに話があるそうです、私はこれから手術の予定がありますので失礼しますが、なにかあればナースコールのボタンを押してください」
葵がわたしに話?
嫌な……予感がするんだけど。
「それでは、私はこれで」
眼鏡の位置を直しながら、真一が白衣をなびかせ去っていく。
「あ、真一ッ」
とっさに引き止めていた。
真一は足を止めてわたしに振り返る。
「何か?」
「え、あ……」
わたし……なんで呼び止めたんだろう? わたし、なんか変だ。何か、こう、空中に有る何かを掴み損ねているみたいな、変な気分だ。
「なん……でもないから、さっさと手術してきなさいよ」
「はぁ、わかりました」
何が分かったのよ。
わたしの声に成らないツッコミと共に真一は廊下の曲がり角に消える。
何を言おうとしたのか自分でも分からないまま、わたしは葵の病室のドアを開いた。
「待ってました。絵麗奈さん」
そこにいた葵は……初めて会ったときと変わらない嫌な雰囲気を醸しだしていた。
「何の用?」
葵は椅子から立ち上がると、ベットに立てかけられていた杖を手探りで探して持ち上げた。
「少し、話をしたいと思いました。外にでません?」
「え? 外……なんでまた」
「ナースコール。押されて他の人に邪魔されたくないですから」
ニヤリと悪魔のような笑みで笑う葵。わたしは知らず息を呑む。
「い、いいわよ。あんた一人で出られるの?」
「いえ、そこは絵麗奈さんに期待してます」
わたしに敵意を抱きながらわたしに依存する……なんなのよ、この娘?
わたしは仕方なく葵と一緒に外にでる。
看護婦や医者に見つからないよう裏口を通り、中庭にでたわたしと葵は、隅の方にあるベンチに座った。
四つの棟の真ん中に据えられたこの裏庭は、患者たちの唯一の憩いの場だそうだ。
でも、今の時間は幸か不幸か人っ子一人いやしない。
「この時間は昼食が配られる時間帯なんです。ここの病院配給遅くて。だから殆ど中庭にでる人はいないし、注意を払う人もないんです」
耳がいいせいか病院内のことには詳しい葵。無垢な笑みで笑って見せた。
っていうか昼食遅すぎじゃない?
「で、ここに呼んだのはなぜ?」
「前と一緒のお話です」
笑みだけはそのままに、でも、目元が鋭くわたしを睨む。
「言いましたよね。城内先生と私がどうなろうと自分に関係がないって」
「言ったわよ、それが何?」
「だったら邪魔しないでください。それとも……本当は恋人だったりするんですか?」
もう、葵は笑っていなかった。敵意だけをわたしに向ける。
「だ、だから、別にわたしは真一と付き合ってるわけじゃないし、恋人でもなんでもないってば。だから真一なんてわたしには必要ないのよ。前にも言ったでしょ」
「なら、どうして未だに城内先生と一緒に居るんですか。そんなに一緒に居るのが嫌なら避ければいいじゃないですか」
「そ……それは……」
それは……何故だろう?
自分でも分からない。
でも、一つだけ、今彼女に言った事は嘘だ。
わたしは真一を必要として……いや、エヴァープロフィトを受け取るためには製作者である真一を遠ざけることはできないわけで……わたしは真一と離れるわけにはいかない。
たぶん離れられない理由なんてその程度だと思う。
葵の疑うようなものじゃない
でも……そんなこと言えるわけもない。機械の身体なんて誰が信じるだろう。
だからだろうと思う、葵の話には反論できなかった。そのまま嫌な沈黙が流れる。
どれ程経っただろうか? 一分? あるいは一時間? すごく長い時間だったように思う。
ピピピピ……
不意にそれが鳴りだしたのは、天の助けだった。
わたしの内側から聞こえる電子音。真一の言っていた内臓電話という奴だ。
そういえば完全に忘れてた。
病院内で電源オンにしてたよ。
あれ? ってかわたし自身が電子機器だけどいいのかこれは? まぁわたしの周りで心臓発作起こしてる人居ないし、深く考えないでおこう。真一に聞くのもめんどくさいし。
でも、電話か……質問逃げるにはいい口実ではあるけれど……




