MEMORY・36 重要参考人
4月15日金曜日 午後11:30
「エッちゃぁぁぁんッ! お帰りぃ~やッ!」
家に帰ると、いつものようにお姉ちゃんの元気いっぱいな声が聞こえてきた。
【危険物接近 目標距離10メートル 炊飯器 予想破損率63% 最適迎撃方法 ハンドキャノン】
誰がやるかッ!
ハンドキャノンを即座に否定して飛んできた物体を避ける。わたしの真横を通り過ぎ、向かいの壁にぶち当たるのは、なぜか焼け焦げている炊飯器。弾みで中身のシチューらしき汚物が道路にぶちまけられる。
「な、何投げてんのよッ! お姉ちゃんッ!」
「だ、だって~炊飯器でシチュー作ろうとしたら炊飯器から火が上がって……お姉ちゃんは悪くないのよ、炊飯器が、炊飯器がねっ」
わたしより機械オンチここにあり。
どうやったら火なんて上がるのよ?
というかもうお姉ちゃんは炊飯器触んな。また買換えじゃない。
「絵麗奈~作ってェ~」
「あ、あのね……お姉ちゃんが炊飯器殺害したからご飯ないわよ」
「それでもいいから~」
ったく、どうしてこうお姉ちゃんは物に当たるんだろう。
ぶつくさ言いながらわたしは冷蔵庫を開く。
うあ、何これ……牛乳とバターしかないし、これで何を作れと?
「お姉ちゃん、これで何作るわけ? バター齧る?」
「あらま、気づかなかったわねぇ。しゃぁない、今日は近くのビニ弁でいいか」
「コンビニ弁当? まぁいいけどさ。わたしが食べるわけじゃないし」
「まぁね。でも、あんた最近ちゃんと食べてる? 私あの薬飲んでるとこくらいしか見てないんだけど」
あ……わたし何も食べてないの……気づいてたんだ。
ちょっと嬉しいと思ってしまう自分がいたりした。
ごめんねお姉ちゃん。わたし、また普通に食事できるように、なるからね、それまで、それまでは、ごめん。
「いいのいいの。ダイエット中」
「それ以上痩せてどうするのよ。ガリガリ女はモテないわよ。ちょっとぽっちゃりくらいが男にはいいんだから」
「大丈夫、この体型の維持のためだからさ」
冷蔵庫を閉めたわたしは、お姉ちゃんと家をでた。
姉妹揃ってでかけるなんて何年ぶりだろう?
星空を見上げながらシンと静まり返った道路をお姉ちゃんと歩く。
「ねぇ、エッちゃん……」
「何、お姉ちゃん」
「お母さんたちみたいに、いなくなったりしないよね?」
その言葉は……何を思っていった言葉だったろう?
なんだかすごく寂しそうで、私が死んだ事を、本能的に理解してるんじゃないかって、気付かされた気がした。
だから、心配させないようにおどけて見せる。
「行かないってば。わたしよりお姉ちゃんが結婚してでて行くのが先だと思うけど? それにお母さんたちも別に縁切ったり死んだりしたわけじゃないんだから、そのうちまた戻ってくるって」
「そっかなぁ」
「どうしたの? いきなり」
不意にお姉ちゃんは押し黙る。しばらく無言のまま二人星空を見上げながら歩いた。
「ちょっと、エッちゃんが事故ったって聞いた時にね。このまま帰ってこないんじゃないかって……心配しちゃっただけ。一緒に食事もしないし、お風呂にも入らないし……まるで……まるであの事故から別……ううん、やっぱ、なんでもない」
別……それは何を言おうとしたのだろう? お姉ちゃんは自分が言おうとしたことを払拭しようとでもいうようにう~んと背伸びをして、
「んじゃ、コンビニ行ってくるね、エッちゃんはなんか買う?」
わたしといることが居たたまれないとでもいうように慌てて走っていく。その頃には、すでにコンビニの目の前の道路にまでやってきていた。
わたしもなんだかお姉ちゃんと一緒にコンビニに入る気になれず、コンビニの駐車場に突っ立ったまま、お姉ちゃんがでてくるのを待った。
「朧月さん?」
ふと、コンビニからお姉ちゃんと入れ違いにでてきた男の子が声をかけてくる。
【真田永久 人間 性別エラー 詳細?】
真田……永久?
「永久君! アンタ今日学校を休んでたんじゃ!?」
「あ、ああ、うん。まぁ……ね……行きたい気分じゃなかったんだ。ごめんよ」
照れくさそうにへへへと笑う。行きたい気分じゃないって、あんた……登校拒否かよ!?
「あ、そうだ、アンタに聞きたいことあったのよ」
「僕に? 何?」
「岩倉武琉」
その言葉だけで、何が言いたいのか察したのだろう。
「やっぱりそのことか……うん、たぶん彼の死体の第一発見者だよ。少なくとも絵麗奈さんよりは早く見つけた」
「あの時何か持ってたでしょ」
永久はビクリと身体を震わせ、でも、やり切れないといった表情をわたしに向けた。
「燃やしてやろうと思った……許せなかったんだ」
許せなかった? 何が?
「幸いガソリンはバイクから流れていたし、丁度いいかなって、傍にあったマッチ箱から取りだしたマッチを使って、ね」
「傍にって……なんでそんなものが? 第一、何であそこにいたのよ」
「それは……」
口籠る永久。そこへ……
「絵麗奈、お待たせ~」
いつもの調子でお姉ちゃんがコンビニからでてきた。
「それじゃ、僕はこれで」
「ち、ちょっと、まだ答えを聞いてな……」
逃げるように走り去る永久。わたしは追うこともできず、寄ってきたお姉ちゃんに疲れたような笑みを見せるしかできなかった。
彼は……なぜあそこに行ったんだろう? なぜ、岩倉武琉を許せなかったんだろう?
新たに見つけたはずの事実が、より複雑に真実を隠してしまう。
わたしはお姉ちゃんと家に帰ってからも、永久の言葉の意味を考えてしまうのだった。




